書名:金庫破りときどきスパイ
原題:A Peculiar Combination
作者:アシュリー・ウィーヴァー(アメリカ作家)
出版:創元推理文庫
内容:1940年8月、英国ロンドン。24歳のエリーことエレクトラ・ニール・マクドネルは、黒髪に緑の瞳のアイルランド系美人。孤児のエリーはおじのミックに引き取られ、年上の従兄のトビーとコルムとは兄妹のように育った。第二次世界大戦が始まると二人の従兄は家を離れ、エリーは彼らの代わりにミックおじの家業を手伝うようになる。ミックおじの仕事は表向きは錠前屋、その裏で金庫破りを行っていた。灯火管制下の闇に乗じて、エリーは解錠技術の師匠でもあるミックおじと共にとある屋敷に侵入する。下調べしたうえで計画を立て、難なく屋敷のドアと金庫を開けた。簡単に手に入った宝飾品を持って退散しようとした時、エリーとミックおじは数人の男たちに囲まれ、手錠をかけられて車に乗せられてしまう。連行された先は、警察署ではなくベレグレーヴィアに建つ立派なお屋敷。おじとは別室に通されたエリーの前に現われたのは、30歳をすぎたくらいの金髪に青い瞳の眉目秀麗な陸軍少佐ゲイブリエル・ラムゼイだった。ラムゼイ少佐は名乗る前からエリーの本名と、彼女がホロウェイ刑務所で生まれたことを知っていた。出生の秘密を知られたことにショックを受けたエリーだが、おじと一緒に泥棒を働いた屋敷が罠だったことに気づく。ラムゼイ少佐は解錠の腕を見込んである作戦に協力してくれれば、今回の犯罪の件は見逃すと提案する。現行犯で捕まったのだから断れるはずもなく、ミックおじを人質に取られた状態でエリーは作戦に参加することになる。提示された任務は、ドイツに通じるスパイの嫌疑がかかっている紳士が所有する機密文書を金庫から回収して偽造文書と入れ替えること。ラムゼイ少佐に協力すれば、祖国のために力になれると思ったエリーはやる気になる。従兄のコルムは空軍の整備士として国家に奉仕し、出征したトビーはダンケルクの戦い以降は行方不明になっており、幼馴染みの友人フェリックス・レイシーは海軍の兵士として出征したものの左足の下半分を失って除隊になっていた。女性のエリーは銃後にいる身の無力を感じていたため、いけ好かない少佐であっても協力しようと決意する。作戦実行の夜、ラムゼイ少佐の手配した車で目的地まで移動したエリーは、彼と二人で無人の屋敷に侵入する。お目当ての金庫がある書斎に入ると、なんとすでに扉が開けられて文書が消えていた。そのうえ室内には喉を掻き切られて殺された男性の死体が転がっていた。仕方なく二人はそのまま撤退する。翌朝、約束通りミックおじが帰宅した。改めてラムゼイ少佐に呼び出されたエリーとミックおじは、殺された男トマス・ハーデンがドイツの宥和政策を支持していた新聞王サー・ナイジェル・ランドルフ主催のパーティでドイツ側の連絡員と会う予定だったことを教えられる。そして、そのパーティの最中にサー・ナイジェルの金庫を開けてほしいと依頼された。ラムゼイ少佐のパートナーとしてパーティに潜入することになったエリーは、「エリザベス・ドナルドソン」という偽名を名乗って少佐の交際相手のふりをするが……。凄腕の女錠前師と堅物の青年将校の活躍するコージーミステリ。
※2021年初版
※作者はルイジアナ州オークデール在住。14歳のときから図書館で働いているという大の本好きで、ルイジアナ州立大学で図書館情報学の修士号を取得し、現在はルイジアナ州アレン郡図書館で図書館員をしている。
「急がないで、ラブ(きみ)」
幼いころのわたしが『ナンシー』と発音できなかったために『ネイシー』となり、そのあだ名で彼女を呼ぶようになった
暖炉の明かりのなかで、彼の瞳がただの青ではないことに気づく。ラベンダー色に近く、紫色が混じっていた
紫がかった青い目
彼の目がものの一瞬で黄昏どきの青色から冷ややかな鉄灰色に変わる
落ち着いているように見えたけれど、目が銀の色味を帯びていた
窓から射しこむ陽光でライラック色に見える目
「エリザベス」
「リジーって呼ぶのはどうですか?ベスとかベッツィでもいいけど」
「錠がかかってる?」
髪に手をやってヘアピンを一本抜いた。小説や映画のなかで定番の展開だけど、ほんとうにそれで開けられるのだ。正しい角度と力の入れ具合がわかっているだけでいい。
開けた引き出しのところへ行き、ヘアピンを使ってもとどおりに錠をかけた。曲がったヘアピンをまっすぐにして、髪に挿す。
目だ、と気づく。まっ黒に見え、瞳孔と虹彩の境がわからなかった。
ジェローム・カーティスが
「ジョリー・ジェリーがよろしくと言っていたと伝えてくれ」
ジョリー(陽気)なジェリーですって。
壁の突き出し燭台に飛び飛びに明かりが灯っている
書名:日記は囁(ささや)く
原題:Whisper
作者:イザベル・アベディ(ドイツ作家)
出版:東京創元社
内容:ノアことノラ・ターリスは、写真家を目指す16歳の少女。2005年夏、友達との旅行を断ったノアは、母親とその友人ギルベルトと一緒にバカンスを過ごすことになった。ノアの母親は有名女優カタリーナ・ターリスで、若くして娘を産んだ彼女はまだ33歳の魅力的な女性だが、数え切れないほどの男性遍歴を重ねている。53歳のギルベルトは同性愛者であるためカタリーナと恋愛関係になることはなく、ノアにとっては親代わりの存在だ。気まぐれなカタリーナが決めたバカンス先はドイツ西部のヴェスターヴァルト地方の村で、そこに建つ築五百年の家を借りて滞在することになっている。ノアたちが到着すると、家は汚れて荒れ放題で、改装する必要があった。三人が夕食に出かけた村のなかは閉鎖的な様子だが、それを気にもとめないカタリーナは、さっそく女優の魅力をふりまいて村人を虜にする。カタリーナのファンだという酒場の店主グスタフからは、改築作業の手伝いにダーヴィト・シューマッハーという青年を紹介される。ダーヴィトは酒場のコックを務める女性マリーの息子で、障害のある弟の面倒をよく見ているようだ。ダーヴィトに心惹かれるノアは、翌日から家に出入りするようになった彼を意識せずにはいられない。ある夜、ダーヴィトとともに夕食をとった後、超心理学に詳しいギルベルトに影響されて四人で降霊術を行った。カタリーナとギルベルトが抜けた後も降霊術を続けた二人は、18歳の少女エリーツァの霊を呼び出してしまう。彼女は『1975ネン8ガツ21ニチノシンヤ アタシハ コノイエノヤネウラデ コロサレタ シンジツハ アカルミニデナカッタ』と答える。すると、ダーヴィトは「ふざけんな」とノアに怒鳴って帰ってしまうが、心当たりがない彼女もショックで身をこわばらせた。ノアがのちに「ウイスパー(囁き声)」と名付ける家で、たびたび香る女性用の香水や深夜の足音。大家が決して開けたがらない屋根裏には、以前住んでいた家族の高価な家具が詰め込まれていた。この家に住んでいたという医者の娘エリーツァは三十年前に行方不明になったというが、彼女を知るはずの村人たちは口をつぐんで教えてくれない。天体観測が趣味のダーヴィトと写真家になる夢を抱く少女ノアは、密かに真相を探り始める。そして、過去の恋人ハイコとのトラウマを抱えるノアとダーヴィトの恋の行方は……。
※2005年初版
※作者はドイツのミュンヘン生まれで、本書の舞台のひとつになっているデュッセルドルフで子供時代を過ごし、ハンブルクで13年間コピーライターとして活躍したのち、児童文学作家としてデビューした。
カート:カタリーナの愛称
ノアはこの名を嫌っていた。ラ行の音の響きがきつく感じられてしかたなかったのだ。十一でラをアに変えて、ノアを名乗り、以来、母がノラと呼んでも無視している。
書名:リトル・ドリット4
原題:Little Dorrit
作者:C.ディケンズ(イギリス作家)
出版:ちくま文庫
内容:ようやく訪れた幸せも長くは続かなかった。父親の急死により、リトル・ドリットはイタリアから帰国する。そのうえアーサー・クレナムは破産をし、獄中生活をおくることになる。クレナム屋敷の崩壊、獄中での病気……。アーサーに献身的な愛をささげるリトル・ドリットの行末は?
※本作は月間分冊という形式で発表された。1855年12月1日に第一分冊を出し、1857年6月1日に最終分冊が出て完結。5月30日に、一冊にまとめた単行本の初版が発売され、これには著者による序文が付記されていた。
「ドイツのどこかのBの字のつく有名なお化け(ハルツ山中で見られるブロッケン現象のこと)」
マードルという名はフランス語の「メルド」、すなわち「くそ」という、最悪の侮辱語から出たもの(と考えられる。と本書の解説。)
十九世紀の人が「ジェイル・フィーヴァー(牢獄熱)」と呼んでいたもの:牢獄の悪い空気で感染する熱病と信じられていた。実は不潔によるシラミから感染する発疹チフス(であろうと解説されている)。
ペンナイフ:当時は鵞鳥の羽根の根元を鋭く尖らせてペンに使っていたから、削るためのペンナイフが必需品であった。
真珠貝の箱を開けて、真珠貝のペンナイフ
もっと暗い色の柄のついたナイフ→鼈甲の箱を開けて、鼈甲柄のナイフ
当時は貴族や金持ちが権勢を誇るために、召使のお仕着せを制服を豪華絢爛に見せようと競い合っていたことが作中に諷刺されている。
まぐさ桶に入った犬:イソップの寓話に出て来る犬で、自分に役立たぬ、自分の欲しくないものであるのに、それを他人には与えたがらぬ意地悪な人間をさす。
セント・ポール寺院墓地のそばに「民法博士会」という事務所があって、特別の結婚許可書を発行してくれる。イギリス国教会の正式のやり方に従えば、新郎か新婦のどちらかが住む教会が日曜日ごとに三回結婚告示を出し、どこからも異議申立てがない時にはじめて教会は結婚式を挙行してくれる。しかし、そのような手続きを踏めない事情がある時には、この民法博士会に許可書の発行を依頼するという方法があり、この許可書があれば教会はすぐに式を挙げてくれる。なお、この「民法博士会」は1867年で廃止になった。
ジョン:ジョヴァンニの愛称
書名:リトル・ドリット3
原題:Little Dorrit
作者:C.ディケンズ(イギリス作家)
出版:ちくま文庫
内容:アーサー・クレナムの尽力とパンクスの調査の結果、ウィリアム・ドリットは莫大な遺産を相続し、25年にわたる監獄生活から解放されることになった。ドリット一家は何人かの女中と従者をつれて豪華な旅へと出発する。監獄暮らしを思い出させ、暗い影をおびたロンドンから明るい陽光をふりそそぐイタリアへ。旅の途上、アルプスの修道院に宿泊したドリット一家。其処には画家ヘンリー・ガウワンと結婚したミニー・ミーグルズ(ガウワン夫人)やブランドワ氏がいた。クレナムという共通の友人がいることで打ち解けたリトル・ドリットとガウワン夫人は談笑する。山を越えてイタリアに到着したドリット一家は宮殿への宿泊、観光や観劇、上流階級の晩餐会など社交界のつきあいを楽しむ。だが、環境の変化に適応出来ないリトル・ドリットは、父親の雇った家庭教師ジェネラル夫人にたびたび注意される。リトル・ドリットはとまどいや不安をアーサー・クレナムへの手紙で切切と訴える。そんなリトル・ドリットとは違い、兄姉は上流階級の暮らしに適応してさかんに出歩く。姉のファニー・ドリットは、劇場で踊り子をしていた頃の知り合いである資産家の息子スパークラー氏と再会し……。ドリット一家に訪れる幸せとは?
※本作は月間分冊という形式で発表された。1855年12月1日に第一分冊を出し、1857年6月1日に最終分冊が出て完結。5月30日に、一冊にまとめた単行本の初版が発売され、これには著者による序文が付記されていた。
大セント・バーナード峠:現地音ではイタリア語でサン・ベルナルド峠。フランス語でサン・ベルナール峠の英語読み。モンブラン山の北東25キロのあたり、スイスとイタリアの国境にある峠。北はスイス、ローヌ川の谷にあるマルティニーから山道を登って峠に達し、南はイタリアのアオスタの谷に下りる。この道は以前はアルプス越えの往還路として、1800年のナポレオン軍を含む多くの人が利用したが、激しい吹雪のために遭難する旅人も多かった。そのため峠には修道院が設けられて旅人に宿泊と食事の便を与え、また遭難者を救助するために特に訓練を施した犬(セント・バーナード犬として有名)を飼っていた。ディケンズは1846年9月にこの峠を訪れており、作中に描写されている別棟の建物に保存されている身許のわからぬ遭難者の凍死体(その後公開されなくなった)は、作者がその時見たままのものである。
ロケット:婦人が首から吊す装身具で小さな肖像画などが描かれている
この当時はテムズ河には蒸気ランチは走っていなかったし、(略)すぐ近くの石造の橋はほとんど車の往来がなかった。河の上を動くものといえば、船頭の漕ぐ小舟と石炭を積んだ艀(はしけ)だけだった。
※テムズ河にかかるロンドン橋の南側にロンドン最初の鉄道が敷けて、ロンドン・ブリッジ駅を設けたのは1836年のこと。現在のチャリング・クロス駅の鉄道橋のところには、それ以前ハンガーフォード吊り橋があったが、これが架けられたのは1845年である。「すぐ近くの石造の橋」とは1817年完成のウォータールー橋(現在ある橋の一代前のもの)で、本書で設定されている1827年頃これは通行料金が必要だったため、車馬の往来は少なかった。1831年に新しいロンドン橋ができる前の古いロンドン橋は、橋桁がたくさんある橋だったため、大きな船はそれをくぐって上流まで行くことができず、石炭や荷物は下流で艀に積み変えねばならなかった。
エドガルド:エドワードのイタリア読み
「学校の校長さんは大学出のバチェラーだったのだそうですけどどうしてバチェラーの方が結婚した男より頭がいいのかその時もいまもわからないんですよ」
※バチェラー:「学士」と「独身者」の意味がある
先導馬丁:馬車を引く馬の先頭の右の馬に乗って先導する役
馬替え駅亭のある町:馬車旅行で馬を替えるため
3/11・3/12・3/13・3/14は、YouTubeでアニメを視聴。
《24時間限定公開》『モノノ怪』海坊主【『劇場版モノノ怪 第二章 火鼠』公開前夜祭!】
『劇場版モノノ怪 第二章 火鼠』公開直前!前夜祭として、TVシリーズ24時間限定公開!
公開期間
3月10日(月)21時~3月11日(火)20時59分
《24時間限定公開》『モノノ怪』のっぺらぼう【『劇場版モノノ怪 第二章 火鼠』公開前夜祭!】
『劇場版モノノ怪 第二章 火鼠』公開直前!前夜祭として、TVシリーズ24時間限定公開!
公開期間
3月11日(火)21時~3月12日(水)20時59分
《24時間限定公開》『モノノ怪』鵺【『劇場版モノノ怪 第二章 火鼠』公開前夜祭!】
『劇場版モノノ怪 第二章 火鼠』公開直前!前夜祭として、TVシリーズ24時間限定公開!
公開期間
3月12日(水)21時~3月13日(木)20時59分
《24時間限定公開》『モノノ怪』化猫【『劇場版モノノ怪 第二章 火鼠』公開前夜祭!】
『劇場版モノノ怪 第二章 火鼠』公開直前!前夜祭として、TVシリーズ24時間限定公開!
公開期間
3月13日(木)21時~3月14日(金)20時59分
書名:リトル・ドリット2
原題:Little Dorrit
作者:C.ディケンズ(イギリス作家)
出版:ちくま文庫
内容:リトル・ドリットの父ウィリアムは、破産して長いあいだ家族とともに債務者監獄で暮らしていた。リトル・ドリットに同情したアーサー・クレナムは、何とか助け出せないものかと事情を調べ始める。クレナム夫人(アーサーの母)がリトル・ドリットを雇う際に仲介した人々に話を聞こうと、クリストファー・キャズビーを訪ねたクレナムは、キャズビー氏の娘で青年時代の初恋の女性フローラと再会する。フローラは未亡人になっており、父と同居しているという。キャズビー氏から大した話は聞き出せなかったが、キャズビー氏の事務員パンクスがドリット一家に興味をもち個人的に調べ始める。パンクスは調査の助手として、監獄の門番の息子でリトル・ドリットに失恋したジョン・チヴァリーを雇う。クレナムの方は役所に出向いてドリット一家について調べようとするが、埒が明かない。そして、発明の特許申請をしているダニエル・ドイスの付き添いで役所に来ていたミーグルズ氏と再会したクレナムは、彼の家に招待される。週末、ミーグルズ氏の家に出かけたクレナムは、画家の青年ヘンリー・ガウワンと知り合う。ガウワンはミーグルズ氏の一人娘ペットと恋仲らしい。ペットに心惹かれていたクレナムだが、自分は彼女には年を取り過ぎていると考える。ドイス氏が共同経営者を探していると知ったクレナムは自薦する。同じ頃、マルセイユの牢獄を釈放されたリゴー旦那は「ブランドワ」と名を変え、クレナム夫人の事務所に現われる。リゴー旦那と同じ監房にいたイタリア人水夫もロンドンに来ており、事故に遭ったところをクレナムに助けられ……。19世紀イギリス社会における影の部分を描き出す問題作。
※本作は月間分冊という形式で発表された。1855年12月1日に第一分冊を出し、1857年6月1日に最終分冊が出て完結。5月30日に、一冊にまとめた単行本の初版が発売され、これには著者による序文が付記されていた。
オットマン:背のない長椅子
「いえ、どうぞそのご挨拶はおやめください」というのは、彼が明らかにその挨拶をやりそうに見えたからである。「どうかロンドン滞在をお楽しみくださいますようお祈りいたします」
ブランドワ氏はお礼を言ってから何度も自分の手にキスをした。それからドアの近くまで来ると、急に明るい態度になって振り返った。
(略)そこでブランドワはもう一度自分の手にキスをしてクレナム夫人の方に投げると、二人一緒に出て行った。
※フランス人がよく行なう婦人の手にキスをする挨拶のことであろう。だから後でブランドワはその代りに自分の手にキスをして、それを相手に投げる真似をしたのである。
疝気(せんき)
スパークラー氏(ひらめく人の意)
書名:リトル・ドリット1
原題:Little Dorrit
作者:C.ディケンズ(イギリス作家)
出版:ちくま文庫
内容:1826年8月、フランス・マルセイユの牢獄に二人の囚人が居た。一人は密輸で捕まったイタリア人水夫ジョン・バプティスト・カヴァレットで、もう一人は「リゴー旦那」と呼ばれる妻殺しの嫌疑で投獄された男である。国籍不明のコスモポリタン(世界市民)である35歳のリゴー旦那は紳士を自称し、自身の無罪を主張していたが、世間からは有罪だとみなされていた。同じ頃、マルセイユの港で船客が検疫抑留されていた。船客のひとり、40歳のイギリス人紳士アーサー・クレナムは父に従って中国で20年間働いていたが、父の死をきっかけに帰国する旅の途上にある。クレナムは同じ船の旅客ミーグルズ氏に話しかけられる。55歳のミーグルズ氏は仕事を引退したイギリス人で、家族を連れて世界各地を旅しているという。ミーグルズ夫妻の一人娘ペットことミニー・ミーグルズは20歳の魅力的な女性で、クレナムは心惹かれる。抑留所を出た船客たちは、お別れの食事会を開く。一同は和やかに過ごすが、一人だけ人を寄せ付けない態度の年若い美女が居た。孤高のウェイド嬢はミーグルズ氏の親切を拒否して立ち去るが、途中で別室にいたミーグルズ家の小間使いの少女タティコーラムと遭遇する。孤児院から引き取られたというタティコーラムは情緒不安定で、ミーグルズ家に対する鬱屈を抱えて癇癪の発作に苦しんでいた。タティコーラムに自分との共通点を見出したウェイド嬢は、彼女に声をかけてから出て行った。9月、イギリス・ロンドンに帰り着いたクレナムは生家を訪ねる。長年クレナム家に仕える使用人ジェレマイア・フリントウィンチに出迎えられたクレナムは、未亡人となった厳格な母親と再会する。病で足を悪くした母親は車椅子に座っており、ずっと館から出ることのない生活を続けているという。クレナムは父親の形見の懐中時計を母親に渡し、とある質問をする。クレナムは父親の死に際の様子から、彼が相続した財産は不当な方法で得たものではないかと懸念しているのだ。だが、母親から納得できる返答はなかった。そこでクレナムが父親の事業を継がず手を引くと決断すると、母親は息子の代わりに共同経営者としてフリントウィンチ氏を迎えると答えた。母親との会見を終えたクレナムは、部屋の隅に控えていたひどく怯えた顔の若い女性のことが気になる。フリントウィンチ氏の妻でクレナムが少年の頃から家に仕えているメイドのアフェリーに訊ねると、娘は「リトル・ドリット」というあだ名で呼ばれ、母親のもとでお針子として働いているという。クレナムは父親が犯した後ろ暗い行為の犠牲者がリトル・ドリットではないかと疑い、ある夜尾行し、彼女がとある建物に入って行く姿を見届けた。リトル・ドリットことエイミー・ドリットは、か細い身体つきの22歳の娘だ。彼女の父ウィリアムは紳士階級の生まれだが、破産して長いことマーシャルシー債務者監獄で暮らしている。リトル・ドリットは債務者監獄で生まれ育った「マーシャルシーの子」なのだ……。19世紀イギリス社会における影の部分を描き出す問題作。
※本作は月間分冊という形式で発表された。1855年12月1日に第一分冊を出し、1857年6月1日に最終分冊が出て完結。5月30日に、一冊にまとめた単行本の初版が発売され、これには著者による序文が付記されていた。
「孤児院ではハリエット・ビードルという名で呼ばれていました――もちろん、いい加減につけられた名前です。そこで、ハリエットをハティに、それからタティに変えました。それからビードル(教区役人という意味)ですが、威張りくさった馬鹿馬鹿しい小役人の典型。(略)ビードルという名がお話にならないので、あの孤児院の創立者の尊いお名前がコーラムでしたから、その名前をつけました。ある時はタティ、ある時はコーラムと呼んでいましたが、二つがくっついてしまって、今ではいつもタティコーラムなんです」
兄の名前はエドワードで、その愛称テッドが、監獄内ではティップに変っていた。
「青い目の乙女」と名づけられた乗合馬車:ロンドン橋の南側サザーク地区に実在した宿屋「青い目の乙女」に発着する駅馬車で、南東方面ドーヴァーまで通っていた。当時駅馬車の発着所はロンドン各地にある宿屋の中庭にあった。
当時の郵便馬車というのは郵便袋のほかに乗客を乗せていたが、ある区間を走る交通機関として最も速いものだった。ウッド街にロンドンから東南へ行く郵便馬車の発着所があった。
当時(本作は1826年が舞台)世界中で汽車といったら、ストックトンとダーリントン間の不完全な鉄道しかなかった
※鉄道投資時代:鉄道王ジョージ・ハドソン(1800~1871年)は、一介の服地屋の徒弟から身を起こし、投機によって巨万の富を得、つぎつぎに鉄道会社を買収して一大王国を築き上げ、国家的名士となったのが1840年代中頃であったが、公金を私物化していたことが発覚し、1849年に失脚した。同時に鉄道株の大暴落など、全国的パニックを生んだ。
※銀行スキャンダル:ジョン・サドラーはティペラリー(アイルランドの都市)合資銀行の設立者で、アイルランド選出の議員でもあったが、後1848年からロンドン・アンド・カウンティ合資銀行の頭取となり、首都の経済界の大立者となった。しかし、二十万ポンドの公金を費消していることがわかり、1856年2月16日の夜、ロンドン郊外ハムステッドの自宅で服毒自殺をした。この騒ぎで多くの預金者が破産し、『タイムズ』紙の表現によるなら「全国的災難」をひき起こした。1849年に創立されたロイヤル・ブリティッシュ銀行は、銀行取締役の一人に巨額の融資をしたのがこげついたり、その他危険な投機をしたため、1856年9月に倒産してしまった。そのために多数の小口預金者が大損害を受けることとなった。
※作中における描写の時代背景:当時のイギリスは極端な安息日厳守主義が横行し、日曜日には芝居や娯楽場はもちろんのこと、美術館、博物館、植物園、動物園など、およそレクリエイション(などという語は当時もちろんなかったが)に関係のある場所は、すべて閉鎖されていた。
鉄橋:現在のサザーク橋のところにかかっていた橋で、1819年に完成。当時多くの橋が石造であったのにこの橋は鉄製であったために一般にこう呼ばれた。この橋は通行料金が必要だったため、多くの交通はすぐ下流にある無料のロンドン橋の方に流れてしまい、こちらは静かだった。
「結婚告示のことだが、次の日曜で三回目になるから――というのは、二週間前からおれが出すように頼んでおいたのだ――だから、月曜に式を挙げようと言ったのだ」
※結婚告示を日曜ごとに三回教会に出さないと、式は挙げられない
※かつてスコットランドはイングランドよりも結婚についての法律がゆるやかだったため、イングランドとスコットランドの国境のスコットランド側にある小さな村グレトナ・グリーンは、イングランドから駈け落ちしてきた男女が結婚式をあげてもらうことで有名だった。
蠟燭の芯切りをつかむと、キャベツ頭の蠟燭(長いこと芯を切らないでおくと、こうなった)に対して
スカイ・パーラー:屋根裏部屋のこと
グロッグ:お湯割りのラム酒
パイプ・ライト:火をつけるための紙こより
スクエア:広場
ロイヤル・パレス:王宮
コート:法廷
死を呼ぶ下水:テムズ河のこと。1850年代以前はロンドンにまともな下水道の施設がなく、汚水やごみや、時には動物の死体までを市内の溝川に放り込み、これがすべてテムズ河に流れ込んだため、汚染がひどいだけでなく、潮の干満に伴って逆流するため、疫病のもととなったから、文字通り死を呼ぶことにもなった。
広間を掃除しておが屑を撒いた
※当時酒場では床におが屑をまいてあった
ダン:ダニエルの愛称
バーナクル一族(「ふじつぼ」「しがみついて離れない者」の意)
書名:消えた修道士 下巻
原題:The Monk Who Vanished
著者:ピーター・トレメイン(イギリス作家)
出版:創元推理文庫
内容:モアン国王とオー・フィジェンティ大族長暗殺未遂事件の調査のためにクノック・アーンニャに向かったフィデルマとエイダルフは、イムラックの大修道院を訪れる。フィデルマたちを出迎えた修道院長セグディーは、聖アルバの聖遺物が消え失せ、聖遺物管理僧侶モホタも失踪したことを話し、この事件の調査を依頼する。国王と大族長を襲撃した暗殺犯の一人が元修道士であったことから、二つの事件の繋がりを感じたフィデルマは院長の依頼を受ける。そして、暗殺犯の所持していた磔刑像十字架のスケッチを見せると、院長は消えた聖遺物の一つであると答えた。さらに元修道士の身体的特徴と失踪した修道士モホタの容姿が一致する。死んだ暗殺犯はモホタかと思われたが、実はトンスラ(剃髪)の型が違うことが判明する。暗殺犯はローマ・カトリック派の聖ペテロ型トンスラをしていたが、アイルランド・カトリックの修道士であるモホタは聖ヨハネ型トンスラをしているというのだ。また、暗殺犯の一人である射手が狙撃場所として使用した建物の所有者である商人サムラダーンが、イムラック大修道院に宿泊していることをフィデルマたちは知る。イムラックの町で狙撃に使われた矢を作った職人を探し当てたフィデルマたちは射手について事情聴取をするが、射手の身元が判明するような情報は得られなかった。さらなる聞き込みのために射手が泊まった旅籠へ出向いたフィデルマたちは、商人サムラダーンの御者と出会った。御者から内密に呼び出されたフィデルマたちは、いまわの際の御者から射手に関する情報を伝えられた。事件の犯人の目を誤魔化すために御者の遺体を放置し、フィデルマたちはひそかに修道院に戻る。しかし、真夜中にイムラックは正体不明の戦士たちに襲撃され、モアンの民の繁栄の象徴である神聖なるイチイの大木が切り倒されてしまう。クノック・アーンニャの戦士団が駆けつけると襲撃者たちは逃げていったが、イチイの残骸にはオー・フィジェンティ大族長の紋章が彫りこまれているのが発見され……。
※1999年初版
※本書は『修道女フィデルマ』シリーズの長編第七作
※著者の本名は「ピーター・ベレスフォード・エリス」。有名なケルト学者。
「我々は、修道院で、皆、ブラザー(兄弟)であり、シスター(姉妹)ですぞ」
写本作業は、薄く滑らかな長い板の上に上質皮紙を広げて、行われる。これには、普通、羊、山羊、仔牛などの皮が用いられていた。スクリプトル(書記僧)たちは、木炭から作ったインクを牛の角に入れ、鵞鳥、白鳥、時には鴉の羽根で作る羽根ペンをこれに浸して、書物を書き写すのである。
モアン王国の司教の長であるセグディーが立ち上がり、片手を上げて、一同に祝福を与えた。人差し指、薬指、小指の三本の指を伸ばしているのは、『三位一体』の象徴なのである。ローマ・カトリックの祝福は、親指、人差し指、中指を伸ばした形で、『三位一体』を象徴する
スキュラを逃れて、カリュブディスに捕らえられる:前門の虎後門の狼という意味の表現
スキュラ:ギリシャ神話のニンフ。魔女キルケによって、海の怪物にされた。カリュブディスの渦巻きを避けて近寄ってくる船の水夫を捕らえて食べる妖怪。
カリュブディス:ギリシャ神話の海神ポセイドンと大地の女神ガイアの娘。海の渦巻きの擬人化か、とも考えられている。
理にかなった
憤(いきどお)ろしげな
困(こう)じ果てた
書名:消えた修道士 上巻
原題:The Monk Who Vanished
著者:ピーター・トレメイン(イギリス作家)
出版:創元推理文庫
内容:666年9月、アイルランド五王国の最大王国モアン(現マンスター地方)。モアン王国にキリスト教を伝えたとされる守護聖人・聖アルバを祝う日に事件が起きた。聖アルバが創設したとされるイムラック大修道院で、聖アルバの聖遺物が消えたのだ。聖遺物はモアン王国における信仰の精神的支柱となるものだった。修道院からは聖遺物の管理を任されていた修道士モホタも行方不明になっている。修道院長セグディーがモホタの部屋を調べると、室内は荒らされており敷布団には血痕が残されていた。一方、同じ日の王都キャシェルでは、モアン国王コルグーが領内の小王国オー・フィジェンティの大族長ドネナッハを出迎えていた。オー・フィジェンティは王位を巡ってオーガナハト王家と対立してきたが、このたび和平協定を締結するために大族長を招いたのだった。だが、両者が町中を行進中に、突然コルグーが射られ、続いてドネナッハを狙って矢が放たれる。二人は負傷したものの命に別状はなく、暗殺犯二名もその場でオー・フィジェンティ側の戦士によって殺害された。しかし、死んだ射手はキャシェルの精鋭戦士団の証である『黄金の首飾り戦士団』の徽章を付けていた。しかも、射手の用いた矢がクノック・アーンニャの物だと判明する。クノック・アーンニャを治める族長フィングィンは、コルグー王の従弟にあたる。それを根拠に大族長の暗殺を国王が企てたと訴えるオー・フィジェンティ側に対し、コルグー側は暗殺犯が戦士団の者ではなく、襲撃は別の者が仕組んだものだと主張する。オー・フィジェンティ側の訴えでラーハン王国(現レンスター地方)からブレホン(裁判官)を招き、九日後に調停法廷が開かれることに決まった。モアン国王は自国の潔白を証明し、オー・フィジェンティとの衝突を避けるために襲撃の黒幕を突き止めることを、王妹であり法廷弁護士でもある修道女フィデルマに命ずる。薬学を修めたサクソン人修道士エイダルフを伴って暗殺犯の遺骸を検死したフィデルマは、伸びかけの頭髪からトンスラ(剃髪)の痕を認め、暗殺犯の一人が元修道士だと知る。さらに元修道士の財布からはエメラルドの嵌めこまれた磔刑像十字架が見つかった。ただの修道士が持つには高価すぎる十字架のスケッチを描かせたフィデルマは、犯行に使われた矢を作った職人を見つけて事情聴取するためにクノック・アーンニャに向けて旅立つ。ところが、渡河しようとしたフィデルマとエイダルフを、オー・フィジェンティの戦士たちが阻み……。
※1999年初版
※本書は『修道女フィデルマ』シリーズの長編第七作
※著者の本名は「ピーター・ベレスフォード・エリス」。有名なケルト学者。
※巻頭の『歴史的背景』によると、主人公「フィデルマは、アイルランド島南西部に位置するモアン王国の王都キャシェルで、ファルバ・フラン王の王女として636年に誕生。しかし、父王は、彼女が一歳前後という幼い頃に亡くなってしまった。父王の没後、彼女は遠縁に当たるダロウの修道院長ラズローンの後見の下で育った。だが『選択の年齢』に達した時、フィデルマは、『詩人の学問所』で、さらなる勉学を続けることを望み、タラのブレホン(裁判官)であるモラン師が営む『詩人の学問所』、すなわち『タラのモランの法学院』に入り、彼の下で法律を学ぶという選択をした。八年間の研鑽を経て、彼女はアンルー(上位弁護士)の資格を取得した。フィデルマは法典『シャンハス・モール』に基づく刑法と、法典『アキルの書』に基づく民法の両方を学んだ法律家であるので、ドーリィー(弁護士)として、アイルランド五王国のいかなる法廷にも立つことができる。」と設定されている。フィデルマはモアン王国の人間であるが、ラーハン王国(現レンスター地方)のキルデアに建つ聖ブリジッド修道院に所属して、ここで数年間暮らしていたため、一時は「キルデアのフィデルマ」修道女と呼ばれていた。だが、短編集『修道女フィデルマの洞察』に収録されている「晩禱(ばんとう)の毒人参(ヘムロック)」の事件の後、修道院を退き生家であるキャシェル城に戻り、モアン国王に即位した兄コルグーのもとで暮らしている。
※主人公フィデルマの相棒役エイダルフ修道士の設定は、ブリテン島南部に位置するサクソン人王国の一地方、サックスムンド・ハムの出身とされている。エイダルフは若い頃にアイルランドに留学して学んだが、後にローマ・カトリックに帰依した。エイダルフはシリーズ第四作『蛇、もっとも禍(まが)し』で、カンタベリー(ケント王国の大寺院)の大司教テオドーレからキャシェルの王への特使として派遣され、モアン王国に滞在している。
※本書の前提として、シリーズ第四作『蛇、もっとも禍(まが)し』で、オー・フィジェンティ大族長たちのモアン王国への謀略と叛乱を未然に阻止して王国の危機を救った事件(666年1月の出来事)がある。
※聖アルバ:六世紀初期のアイルランド人司教。主にアイルランド南部で布教。その祝日は9月12日。
バトルメント:胸壁
コリダー:通廊
クロイスター:回廊
クルシフィックス:磔刑像十字架
トンスラ:剃髪
トーテム:象徴
ステイタス:地位
リネン:亜麻布
ジャーキン:革の上着。丈の短い、男性用の上着
東方で発明された紙が渡来してから、まだ二、三世紀であり、ごく高価でもあるので、エール(アイルランド)の王たちで、これをわざわざ輸入しようとする者は少なかった。普通、上質のヴェラム(上質皮紙)のほうが、ステイタス(地位)の象徴として、好まれていた。
「狼は、このアイルランドでは、唯一の危険な猛獣です。多くの貴族たちは、彼らの数を調整するために、毎年、狼狩りを催していますわ」
「わたしは、この町の代官として、あの野獣どもを塒(ねぐら)から追い出すために、狼狩りを招集せねばなりますまい」
地方の族長や王族たち、あるいは国王まで、この獰猛な野獣の数を人々の暮らしが許容できる程度に抑えるために狼狩りを催すことは、決して珍しいことではなかった。
大修道院長が、彼らの前に立って、親指と第三指(薬指)の指先を突き合わせ、第一指(人差し指)、第二指(中指)、第四指(小指)は三位一体を象徴して上へ伸ばすという、アイルランド・カトリック教会の祝福の授け方で、右手を差し上げていた。
院長は、福音の言葉と考えられていたギリシャ語でもって、祝福を一行に授けた。
即位に際して、王としての誓言(せいごん)を立てるために、ここに聳(そび)えるイチイの老木に詣(もう)でる
「兵士について、よく言われる言葉があったな。『アウト・ヴィアム・インヴェニアム、アウト・ファキアム(勝利か死か)』だったかな。戦士のモットーだ」
書名:翳(かげ)深き谷 下巻
原題:Valley of The Shadow
著者:ピーター・トレメイン(イギリス作家)
出版:創元推理文庫
内容:三十三人の若者を惨殺したのは、キリスト教を拒み、古の神々を信仰するグレン・ゲイシュの民なのか?疑惑を胸に、族長ラズラと評議会との折衝に臨むフィデルマだが、グレン・ゲイシュの民は抵抗感を示して難航する。しかも族長のラー(城塞)には、フィデルマとは宗派を異にするローマ派の修道士ソリンも滞在しており、彼の思惑も分からない。夜中に話し声で目覚めたフィデルマは、キャシェルに対する企みを口にするソリンの声を聞く。来客棟を出て行くソリンのあとを追ったフィデルマは、厩舎で瀕死の彼を発見する。そのまま息を引き取ったソリンの亡骸を調べようと屈みこんだフィデルマは、兵士に見咎められ、なんと殺人犯として拘束されてしまう。頼れるのはエイダルフと己の知力のみ。この窮地を如何にして脱するのか?七世紀のアイルランドを舞台に、王の妹にして弁護士、美貌の修道女フィデルマが活躍するケルト・ミステリ。
※1998年初版
※本書は『修道女フィデルマ』シリーズの長編第六作
※著者の本名は「ピーター・ベレスフォード・エリス」。有名なケルト学者。
「『サピエンス・ニヒル・アフィルマット・クオド・ノン・プロバット』というラテン語の格言、お聞きになったこと、ないの?『賢者は、証明できぬことを真実として述べることなし』です」
「私もラテン語の格言をさし上げましょう。『シ・フィニス・ボヌス・エスト、トートゥム・ボヌム・エリト』です」
「『終わり良ければ、全て良し』ですね」
泥炭湿地の泥濘(ぬかるみ)が点在している
※泥炭は、薪や石炭に乏しいアイルランドで用いられていた燃料。ビート。アイルランドでは、ターフと呼ばれている。夏に、泥炭湿地で煉瓦状に切り出した泥炭の塊を、そのまま点鼻で乾燥させ、夏の終わりに家に運んで、一年分の燃料とした。泥炭を切り出した後の大きな穴には、すぐに黒い水が滲み出て、黒い湿地や沼となる。