書名:夢とき師ファナ 黄泉(よみ)の国の腕輪
作者:小森香折(こもりかおり)
出版:偕成社
内容:大陸の東の果て、メッシナ王国では『夢は見るものではなく、さずかるもの』と信じられていた。夢は七色の羽根をもつ女神アラリム=カーがさずける。だから人々にとって、夢は神のお告げにひとしい。夢の意味を教える『夢とき師』は、尊敬され高い地位についていた。アッシャー王の御代(みよ)、王都から離れた農村タジに、夢とき師になりたいと願う少女ファナがいた。夢とき師になるには、女神が出てくる霊夢(れいむ)で「ラルーサに行き、夢とき師になりなさい」と命じられなければならない。ラルーサは夢都(むと)と呼ばれる聖地で、夢とき師たちの修行の場でもある。七歳で夢とき師になると決めたファナも今では十五歳だが、まだ願いは叶っていない。五月のある日、祖母の形見の白いスカーフを首にまいたまま、ファナは市場へおつかいに出かけた。その途中で、丘の上にある女神の祠でファナが祈りをささげていると、丘の小屋でひとり暮らしをしている中年の女性・アマンと出会った。アマンが白いスカーフを見つめていることに気付いたファナは、慌ててラルーサに行く訳ではないと説明する。白いスカーフは夢都へ行くしるしなのだ。すると、アマンは頼みがあるので市場の帰りに家に寄ってほしいという。言われた通り帰宅途中にファナが立ち寄ると、アマンは一年前にここへ引っ越してきた理由を語る。アマンの夢に女神が現れ、「タジ村の祠の前で出会う白いスカーフをつけた人に腕輪を託すように」と命じられたという。アマンは蛇の頭がついた金色の腕輪を、シバハーンという名の老人に渡してほしいとファナに頼む。ただし、この腕輪をはめないことと、腕輪の話をシバハーン以外の人にしないこと。カーに誓ってこの二つを守るようにと、アマンは言った。ファナが「カーの誓い」をたてて腕輪を受け取った日の夜、アマンの小屋が火事になる。ファナは眠っている両親を起こし、火事だと叫びながら家を飛び出す。息せき切って走ったファナが転んで蹲っていると、赤い鎧を着た騎馬の男三人が小屋の方からやってくる。男たちはアマンと腕輪のことを話しながら、村人が来る前にと馬で走り去っていった。アマンが殺されたことを知ったファナは、腕輪が原因だと悟る。男たちが自分の家族をも殺すことを恐れ、ファナは腕輪を持って誰にも何も告げずに家を出た。ファナが知っている一番遠い場所であるバンヤンという街で、白いスカーフをまいた夢都巡礼の人々に混ざると、ラルーサ行きの川船「吉夢(きちむ)号」で船賃代わりに働くと交渉して乗船させてもらう。船旅二日目の夕方、吉夢号はドラエクに寄港する。そこでリヤ川は流れが分岐するのだ。北の流れはラルーサへ、東の流れは王都ミネルヴァに向かう。ファナたちが甲板から王都の方角に目をこらせば、メンハラー宮殿や尖塔が見える。すると船客の老人が、宮殿の名の由来になったメンハラー王について語る。三百年前にメッシナ王国を建国した王であると同時に、すぐれた夢とき師であったという。愛する王妃を亡くしたメンハラー王は、アラリム=カーに祈り、女神の導きでマグレブ(悪魔)の領域である黄泉の国へ行った。死んだ王妃と再会したメンハラー王は、女神との約束を破って妻を連れてこの世に帰ろうとした。そこへマグレブが現われ、王妃を永遠の闇へと連れ去っていったという。船が停泊したドラエクには、川を見下ろす岸壁のうえに赤獅子城(あかじしじょう)が建っている。その城を守る騎士たちは赤い鎧をまとっていた。驚き警戒するファナに、物知りな老船客が城主はサイラス卿という人物で、先王の妹と結婚しており、宰相の地位に就いていると教える。アッシャー王の叔父が腕輪を探していると知ったファナは危機感を覚える。同じ頃、王宮では国王の子を身籠っていたロザリン妃が急死し、嘆き悲しむアッシャー王は王妃を生き返らせるために腕輪を探すように命じる。サイラス卿は王が黄泉の国に行って命を落とすようなことがあってはいけないと反対するが、王の夢とき師である美女イソキナは、メンハラー王のなしえなかった偉業をアッシャー王が成すと賛意を示す。一方、ファナは無事にラルーサに到着した。夢都の参道の土産屋では、アマンに託された腕輪とそっくりな品が山積みになっていた。それはメンハラー王が黄泉の国から持ち帰ったという王妃サラがはめていた腕輪を模したものだという。自分が託された腕輪に対する疑念が芽生えたファナだが、とりあえずシバハーンを探そうとする。最初に質問した人物が知っていると答えるが、それは嘘で危うくファナは騙されるところだった。ファナを詐欺から助けてくれた人物は、二十歳くらいの若者セザだ。セザによると、シバハーンは隠居した夢とき師の導師だという。セザに案内された店でシバハーンを待つことになったファナは、出された蜂蜜茶を飲んだあとに気分が悪くなる。実はセザはサラの腕輪を探しており、アマンのことを王家の宝を盗んだ泥棒だという。ファナの荷物から腕輪を取り出したセザのところへ、男がやってきて「その腕輪は偽物」だと知らせる。「囮だったのか」というセザに殺されると思いながら、ファナは意識を失った。死んだと思ったファナは、アラリム=カーの園(その)にいて、竪琴を奏でるアマンを見つける。アマンは「蝶は味方よ。手袋に気をつけて」と言い残して御殿の中に消え、ファナは目覚める。ファナを起こした女は夢見(ゆめみ)の館の従業員だった。渡された荷物を持って外に出たファナは、腕輪を無くしたものの命拾いしたのだから家に帰るべきと考えるものの、殺されたアマンが忘れられずに悩む。迷ったファナは、夢とき堂で自分の見た夢を読み解いてもらおうと考えた。六十ちかい女の夢とき師はぶっきらぼうでいい加減なことしか教えてくれず、シバハーンのことも知らないと言って席を立ってしまった。しかし、夢とき堂を出たファナを呼び止めたのは先ほどの夢とき師だった。ウルガと名乗った夢とき師は、ファナを昼食に誘って自分の家に連れて行く。ウルガはシバハーンの教え子だと言い、シバハーンに選ばれて王の夢とき師となったニカヤについて語る。ニカヤは真面目な人物で、現王がメンハラー王の墓をあばくことを止めようとしたという。だが、アッシャー王は、はめれば黄泉の国に行けるという腕輪を見たくて墓から掘り出してしまった。そのうえ、アッシャー王の愛する人が亡くなる夢を見たニカヤは、王が黄泉の国へ行って命を落とすことを恐れ、腕輪を持って姿を消したのだという。すると、王はニカヤを選んだシバハーンの責任だとせめて、神殿から追い出してしまった。ニカヤというのは、アマンの本当の名前だとファナは察した。改めてシバハーンの行方を問うたファナに、ウルガはさっきの夢ときの続きをすると言って「昔は栄えていたのに、今はさびれている場所という意味」だと答えた。ウルガの家を出たファナがあてもなく歩いていると、老人に声をかけられる。ファナが歩いている方角は、山奥の神殿跡に通じる道だという。ファナはそのまま進むことにした。日暮れ間近、ファナは崩れかけた神殿にたどり着いた。そこで酔っ払った白髪の老人を見つけたファナは、シバハーンを知らないかと尋ねる。「知らん、帰れ」と言われたファナは腹を立て、神殿に入って夕食を食べ始めた。すると老人がやってきてファナの淹れたお茶を勝手に飲みだした。そして話しているうちに老人がシバハーンだと分かると、ファナはアマンの死と託された腕輪について説明した。翌朝、シバハーンのところへセザが訪ねてきた。彼はアッシャー王の近衛騎士セイザム・デル・アスマールと名乗り、王命でサラの腕輪を探していたと説明する。そして、サイラス卿騎士団がタジ村の祠に埋めてあったサラの腕輪を探し出し、それを左腕にはめてアッシャー王は黄泉の国へ向かった。王は死んだように眠って目覚めず、腕の肉が腐り始めているという。宮廷医はなすすべもない状態で、セザは導師の力で王を助けてほしいと頼む。シバハーンは王がはめているのはマグレブの腕輪で、ファナから取り上げた腕輪こそ本物だと指摘する。しかもイソキナとサイラス卿が裏で手を結び、王位を狙っているのだとシバハーンは言う。そのシバハーンの考えを裏付けるように、赤い鎧をまとった三人の騎士が襲撃してきて……。きかん気な少女が王位を狙う陰謀に立ち向かうロマンティック・ファンタジー。
書名:木曜生まれの子どもたち 下巻
原題:Thursday's Children
作者:ルーマー・ゴッデン(イギリス作家)
出版:岩波少年文庫
内容:親兄弟からは放置されて育ったドゥーンは、周囲から才能を見出され、援助を受けながら訓練を続ける。姉クリスタルの後を追うようにクィーンズ・チェイス(王立バレエ学校)に入学したドゥーンは、さっそくバレエ団の子役に抜擢される。それが悔しいクリスタルはドゥーンに嘘を吹き込む。あの手この手で弟の邪魔をするクリスタルだったが、学校に訪れた王立バレエ団のスター・ダンサーで振付家のユーリ・コゾルズに夢中になり……。姉弟の成長を描くバレエ物語。
※1984年初版
※作品タイトルは、イギリスの童歌「マザー・グースの歌」の歌詞に由来している。巻頭に「月曜生まれは、器量よし。火曜生まれは、お上品。水曜生まれは、泣くばかり。木曜生まれは、遠い旅……」と引用されている。
※作者は1907年にイギリスで生まれ、父親の仕事の都合で幼少期をインドで過ごし、帰国してロンドンでバレエを学んだ。のちにインドに戻り、カルカッタでバレエ教室を開くかたわら創作活動を開始。最終的にイギリスに住まいを移したのは四十歳ごろのことらしい。1998年没。
※「訳者あとがき」によると、作中に登場するバレエ団のスター・ダンサーであるユーリ・コゾルズのモデルは、1961年にソビエト連邦から海外公演を利用して亡命した事件で名前が知れ渡った伝説的なダンサーであるルドルフ・ヌレエフ。
クィーンズ・チェイス、つまり「女王の追跡」。どうして、「追跡」って言うんだろう?
鹿狩りのための猟園(りょうえん)、すなわちパークとして、ここを作らせた。その後、王家の狩猟用の別邸が建てられた。かつては狩猟が行われていたので、「チェイス」、すなわち「御猟場(ごりょうば)」と呼ばれている
「ヴィクター・ド・ヴァズだかなんだか知らんが、勝利者(ヴィクター)にさせてたまるか。」
ヴァル:ヴァレリーの愛称
書名:木曜生まれの子どもたち 上巻
原題:Thursday's Children
作者:ルーマー・ゴッデン(イギリス作家)
出版:岩波少年文庫
内容:ウィリアム・ペニーは、ロンドンの北の郊外のピルグリムス・グリーン地区で八百屋兼花屋を経営していた。彼が一目ぼれして結婚した妻のモードは、劇場の舞台で群舞のダンサーをしていた。ミセス・ペニーは、結婚したその日から、「女の子をおさずけください」と祈った。長男、双子の次男と三男、四男と続いたあとで、金髪の巻き毛に水晶みたいな青い瞳の女の子が生まれ、クリスタルと名付けられた。クリスタルが生まれて二年後、夫妻はもう一人子供を授かったが、ミセス・ペニーはこの子を歓迎しなかった。生まれたのは男の子で、ペニー一家の子どもたちの中で一人だけ黒っぽい髪にハシバミ色の瞳をしていた。男の子の名前は、父親の故郷を舞台にした小説に登場する人物ローナ・ドゥーンからとって「ドゥーン」と名付けられた。夫妻は子供たちから「パ(=パパ)」と「マ(=ママ)」と呼ばれていた。パは店の仕事に忙しく、マも家事で忙しいうえに娘を贔屓していたせいもあって、末っ子は放置されぎみで育った。ドゥーンの部屋は窓のない納戸を改装したものだったし、服は上の子たちのお下がり、夜泣きしたときのお世話は住み込みの店員ベッポが好意でしていた。ベッポは火事で顔に火傷を負うまでは、サーカスでアクロバットをやっていた。ベッポに可愛がられたドゥーンは、子守りと遊びの一環でアクロバットの基礎やハーモニカ演奏を教えてもらう。だが、ドゥーンが五歳になった頃、ベッポが稽古で二回連続宙返りのお手本を見せたところを偶然クリスタルが目撃し、自分も教えてほしいとねだった。押し切られたベッポが手ほどきし、クリスタルは何度も挑戦して成功させる。それを見咎めたマは、怒りに任せてベッポを解雇してしまった。ドゥーンはショックを受けたし、パも勝手にクビにしたことを怒ったが、ベッポは戻ってこなかった。仕事の合間に子守りをしてくれるベッポが居なくなったことで、ドゥーンは姉と一緒に過ごす時間が増えた。バレリーナを夢見ていたマの方針でクリスタルはバレエ教室に通っていたが、ドゥーンも付いて行って見学で時間を潰すようになる。マダム・タマラの教室では、ルースという女の子がクリスタルのライバルとして競っていた。レッスンを見たドゥーンは、バレエを自分の世界だと感じる。レッスンを見学しているうちに、ドゥーンはバレエ教室の老ピアニストであるフェリクスと親しくなる。やがてフェリクスの弾く曲を覚えたドゥーンは、ハーモニカで演奏できるようになった。さらにクリスタルが競技会に参加するための稽古を始めると、ドゥーンも廊下で模倣して踊るようになった。その様子を見た生徒の保護者で元バレエ・ダンサーのミセス・シェリンが、ドゥーンにときどき指導してくれるようになる。競技会当日、教室の女の子の代役としてピエロを踊ることになったドゥーンは、審査員の目に留まる。その一方でクリスタルは酷評され、この事が原因でバレエ教室を移ることになる。新しいバレエ学校は、王立バレエ団のプリンシパルであるエニス・グリンが運営していた。エニス・グリンは驚いたことに、クリスタルだけでなくドゥーンもレッスンを受けるべきだと言い……。母の期待を一身に受ける姉と、ほったらかしで育ったのに舞台で称賛されるドゥーン。ダンサーを目指す姉弟の十年間の物語。
※1984年初版
※作品タイトルは、イギリスの童歌「マザー・グースの歌」の歌詞に由来している。巻頭に「月曜生まれは、器量よし。火曜生まれは、お上品。水曜生まれは、泣くばかり。木曜生まれは、遠い旅……」と引用されている。
※作者は1907年にイギリスで生まれ、父親の仕事の都合で幼少期をインドで過ごし、帰国してロンドンでバレエを学んだ。のちにインドに戻り、カルカッタでバレエ教室を開くかたわら創作活動を開始。最終的にイギリスに住まいを移したのは四十歳のごろのことらしい。1998年没。
ドゥーム(宿命)という言葉に響きが似ているこの名前(ドゥーン)
モーディ:モードの愛称
ウィル:ウィリアムの愛称
ジム:ジェイムズの愛称
ティム:ティモシーの愛称
書名:修道女フィデルマの洞察 修道女フィデルマ短編集
原題:Hemlock at Vespers
著者:ピーター・トレメイン(イギリス作家)
出版:創元推理文庫
内容:紀元七世紀半ば、アイルランド。赤毛に緑の瞳、すらりとした長身に均整のとれた姿態という美貌の若き修道女フィデルマは、法廷弁護士にして裁判官の資格を有する。かつて自分が傷つけた人々を宴に招いて罪の償いをしたいというムスクレイガ族長領の長ネクトーンからの招待を受けた七人の招待客。だが、謝罪どころか過去の悪行を自慢げに語る態度に、フィデルマは法に照らして問題有りと指摘する。すると、「乾杯の後で、あなたの法律を発動なさるがいい」と宣言して葡萄酒を飲み干したネクトーンは、その直後に喘いで後ろに倒れ込んだ。招待客のひとりである医師が毒殺の診断をくだし、ゴブレットに毒が入っていたと判明するが……『毒殺への誘い』。眠っていたところを叩き起こされたファーガル修道士の両手と法衣には血が付いており、隣りには信徒である少女の刺殺体が転がっていた。ファーガルはすぐさま牢に入れられ、彼が所属していたキルデアの修道院から弁護人としてフィデルマ修道女が派遣されるが……『まどろみの中の殺人』。アイルランド五王国随一の競い馬競技場で開催される『リファー川の大祭』を見物にきたフィデルマとダロウ修道院長のラズローン。ラーハン国王の駿馬エインヴァー号とブレッサル司教の愛馬オコーン号の対決を期待して会場は沸き立っていた。そこへ国王の使者がやってくる。王の騎手が刺殺され、エインヴァー号も毒を盛られて瀕死の状態になっているところを発見され、司教が逮捕されたという。事件の解決を依頼されたフィデルマは……『名馬の死』。大西洋に浮かぶ島民わずか百六十人の小島。この島の断崖の下で死体となって発見された修道女ケヴニーは、アード・マハの女子修道院長にして大王の妹という重要人物。島を統治する本土の大族長からの要請を受け、フィデルマは調査に乗り出す。ケヴニーの死は事故なのか?彼女は何が目的で辺鄙な孤島に訪れたのか……『奇蹟ゆえの死』。大王都タラへの旅からキルデアの聖ブリジッド修道院にフィデルマが帰ったのは、晩禱の鐘も鳴り終わった頃。なんとか食前の祈りの最中に夕食の席についたフィデルマは、宿泊客があげた苦悶の叫び声を聞く。修道院に敷地を貸与しているイー・ファルギ小王からの依頼を受けて滞在していた、シローンという名前の他国から来た鉱山技師が死亡したのだ。院長イータの要請により、捜査を開始したフィデルマは……『晩禱の毒人参』。日本オリジナル短編集第二弾。
※2000年初版
※著者の本名は「ピーター・ベレスフォード・エリス」。有名なケルト学者。
<収録作品>
Invitation to a Poisoning (1998年発表) 『毒殺への誘(いざな)い』
Murder in Repose (1993年発表) 『まどろみの中の殺人』※修道女フィデルマ初登場の作品(作中にオーガナハト一族の一員が登場するが、アイルランド四大王国の一つ、モアン王国のオーガナハト王家の王女というフィデルマの身分は、まだ作者の構想がそこまで及んでいなかったのか言及されていない。)
The Horse That Died for Shame (1995年発表) 『名馬の死』
Murder by Miracle (1993年発表) 『奇蹟ゆえの死』
Hemlock at Vespers (1993年発表) 『晩禱(ばんとう)の毒人参(ヘムロック』※原書表題作
※『修道女フィデルマ』シリーズ初の短編集『Hemlock at Vespers』にまとめられた十五編の中から五編を収録した日本独自の作品集
ピッチャー:広口瓶
ミード:蜂蜜酒
マグ:取っ手付きの陶器のカップ
ヴェスパー:夕禱、晩禱
書名:修道女フィデルマの叡智(えいち) 修道女フィデルマ短編集
原題:Hemlock at Vespers
著者:ピーター・トレメイン(イギリス作家)
出版:創元推理文庫
内容:紀元七世紀半ば、アイルランド。赤毛に緑の瞳、すらりとした長身に均整のとれた姿態という美貌の若き修道女フィデルマは、法廷弁護士にして裁判官の資格を有する。ローマに巡礼としてやってきたフィデルマが、その朝、聖ヒッポリュトスに捧げられた小教会を訪れるとミサはすでに始まっていた。聖体拝領の儀式が始まり、先頭の若い聖職者が聖餐杯からワインを拝受した。その直後、若者は苦悶して急死する。小教会を管轄する修道院長に依頼されたフィデルマは、公衆の面前で起きた毒殺の犯人を突き止めるために容疑者たちを聴収するが……『聖餐式の毒杯』。幼馴染みであり、アナムハラ(=ソール・フレンド:魂の友)でもあるリアダーンから助けを求める手紙を受け取ったフィデルマは、馬に乗ってオー・ドローナに駆けつける。夫と息子を殺したという容疑で拘束されたリアダーンの弁護人を買って出たフィデルマは、事件の真相を探り始めるが……『ホロフェルネスの幕舎』。兄から母が危篤だという伝言を受け取ったフィデルマは、モアン王国の王都キャシェルを目指してひとり馬に乗って旅をする。その途上で激しい吹雪に襲われ、一軒の旅籠に一夜の宿を求めた。ところが、旅籠を営む夫婦は幽霊に怯えていた。旅籠の女主人の最初の夫は、六年前に財産を残すと言い置いて戦に行って帰ってこなかった。その戦死した夫が気に入っていた曲が、七日前から聞こえるというのだ。さらに三日前からは前夫の声も聞こえるようになり……『旅籠の幽霊』。アイルランドのハイ・キング(大王)位を継ぐために必要となるオー・ニール王家伝来の宝剣「カラハーログ」が盗まれた。翌日の大王即位の儀式までに宝剣を見つけなければ、アイルランド五王国に騒乱が起きるだろう。この宝剣を見つけ出すよう依頼を受けたフィデルマは、容疑者として拘束されているアリール・フラン・エッサに面会する。大王に即位するシャハナサッハと大王位を争ったというアリールは無実を主張し……『大王の剣』。大王領ロイヤル・ミースの都タラの王宮の一画には歴代大王の墓所がある。死者の霊が生前自分に非道を行った人間に復讐しようと戻ってくると言い伝えられている万聖節の前夜、夜間警邏(けいら)の兵が第二十六代大王ティーガーンマスの墳墓から助けを求める苦悶の声を聞いた。この報告を受けた王宮警護隊の隊長は、千五百年にわたって封印されてきた霊所の扉を開ける許可を、タラの大修道院長コルマーンに求めた。その場に居合わせたフィデルマは、院長と共に墳墓に出向き、上位弁護士の権限で扉を開けるよう指示する。墓守りが錠前を壊して扉を開くと、殺されたばかりの男の死体が転がっていた。被害者はタラの大集会に出席するために来ていたアルドガールのブレホン(裁判官)の長フィアクだった。しかもフィアクは告発を受けており、審問会で答弁せねばならない立場だったというが……『大王廟の悲鳴』。シリーズ初、日本オリジナル短編集。
※2000年初版
※著者の本名は「ピーター・ベレスフォード・エリス」。有名なケルト学者。
<収録作品>
The Poisoned Chalice (1996年発表) 『聖餐(せいさん)式の毒杯』
At the Tent of Holofernes (1997年発表) 『ホロフェルネスの幕舎(ばくしゃ)』
Our Lady of Death (2000年発表) 『旅籠(はたご)の幽霊』
The High King's Sword (1993年発表) 『大王の剣』
A Scream from the Sepulchre (1998年発表) 『大王廟(びょう)の悲鳴』
※『修道女フィデルマ』シリーズ初の短編集『Hemlock at Vespers』にまとめられた十五編の中から五編を収録した日本独自の作品集
<訳註:エリック(血の代償)という形での『弁償』>
『ブレホン法』の際立った特色の一つは、古代の各国の刑法の多くが犯罪に対して「懲罰」をもって臨むのに対し、極力「償い」によって解決を求めようとする精神に貫かれている点であろう。各人には、地位、財産、血統などを考慮して社会が評価した「価値」、あるいはそれを踏まえて法が定めた「価値」が決まっていて、殺人という重大な犯罪さえも、『肉親殺害』を除いては、加害者に被害者の『オナー・プライス(名誉の代価)』を弁償させることによって、つまり『ブラッド・マネー(血の代償金)』を支払わせることによって、解決した。この代償支払いの義務は一族全体の共同責任であり、もし加害者自身に支払い能力がない場合には、一族の者たちがその責任を果たさねばならなかった。
しかし、『肉親殺害』といった極悪なる犯罪には『弁償』は許されず、帆も櫂(かい)もない舟に、水も食料もなしに乗せられ、外洋に押し出され、その生死は神の裁きに委ねる、といった処罰がよくとられたようである。もし運良く陸地に漂着すれば、神が生きてゆくことを許したもうたものとみなされ、多くの場合、その土地の所有者の奴隷としてその地で一生働くことになったという。
古代アイルランドでは、「死刑」という極刑は、あまり実行されていなかったようだ。『ブレホン法』に、処刑方法として、絞首刑、深い穴の底に幽閉、放置して死にいたらしめる方法、刀、槍などによる殺害等についての言及がある(略)、「法によって人の命を奪う」という処罰を極力避けた法律であることは確かであろう。
<訳註:フィンガル=『肉親殺害』あるいは『同族殺害』>
きわめて強い血の繫がりを基盤とした制度を持つ古代アイルランド社会では、血縁者の殺害は、社会組織の根底を揺るがすものとして、もっとも厳しく処罰された。『ブレホン法』は、原則として、殺人罪も、ほかの犯罪同様、加害者に被害者の遺族へ『弁償』させることによって決着をつけたが、『肉親殺害』にはこれを認めていない。また、被害者の肉親が殺人者に報復することも許さなかった。加害者も血縁の人間なので、報復者が自らも「肉親殺害者」となるからである。『肉親殺害』は厳密な意味の「血縁者」のみでなく、固い団結で結ばれた組織なども「一族」とみなして、この法が適応されることもあるようだ。
バルバロス:未開人。ギリシャ・ローマ人にとっての異邦人
チャリス:聖餐杯
アンフォラ:古代ギリシャ風の両把っ手つきの壺
アルコーヴ:壁龕
ユーディスという名前の意味に気づいたのだ。ユーディスとは、ジューディス、つまり『ジューエス』という意味だ――「ユダヤ人の女」の意だ。
※『旧約聖書』に登場する、敵将を誘惑して殺したイスラエルの乙女。ユーディス、あるいはユデト、ユディト、ジューディス。『ユダヤの女』を意味する女性の名前。
インセンス(薫香)の甘い香りの漂う仄(ほの)暗い聖堂
温かなマルド・ワイン(香りや甘みを加えて温めたワイン)をご一緒にいかがかな、と訊ねてくれた。院長は素焼きのアンフォラを棚から取りおろして中の赤ワインを大型水差しに注ぎ、炉に刺してあって赤く熱した火掻き棒を抜き取って、それにさしこんだ。中のワインがじゅっと音を立てた。院長は、それを銀のゴブレット(高杯)に注ぎわけた。
クリームのお皿を見つけた猫
書名:成均館(ソンギュンガン)儒生たちの日々 下巻
作者:チョン・ウングォル(韓国作家)
出版:新書館
内容:18世紀、朝鮮王朝時代。第22代王正祖(チョンジョ)の治世下。女人禁制の最高学府『成均館(ソンギュンガン)』に、病弱な弟キム・ユンシクになり代わり男装して入学したキム・ユニ。ユニは小柄な美男子として注目され、妓生(キーセン)チョソンとの仲を勘違いされて「大物君(テムルトリョン)」の異名で呼ばれるようになる。同じ科挙試験に合格し、寮でも同室になった前途有望な天才イ・ソンジュンとは共に勉強する親しい仲になる。だが、周囲から称賛されて「佳郎(カラン)」という異名で呼ばれるソンジュンの友人というユニの立場は、同時に妬みをも買ってしまい、ソンジュンと同じ老論(ノロン)派閥の儒生たちとの揉め事になることもあった。ユニ自身はソンジュンへの恋心と、芙蓉花(プヨンファ)の異名で呼ばれる兵曹判書の娘ヒョウンへの嫉妬に悩む。ソンジュンの方も、ユンシク(=ユニ)を男と思いつつも、惹かれていく気持ちを止められず、チョソンに嫉妬する。生員試の帰りに襲撃されたユニを助けた事もあるムン・ジェシンは、老論嫌いで粗暴だが、ユニには優しさを見せる。ジェシンの友人を自称し、無類の女好きク・ヨンハはユンシク(=ユニ)を女性だと確信しつつも心遣いを忘れない。男子ばかりの中でのユニの生活は綱渡りで、ドギマギしっぱなしの毎日が続く。その一方で成均館の外、世間では「紅壁書(ホンギョクソ)」と呼ばれる政策批判の落書をかく正体不明の人物が噂になっており、憲兵に捜索されていた。成均館の儒生たちも紅壁書に関心を寄せており、ヨンハは落書の写しを集めているほどだ。さて、成均館の年中行事のひとつであるチャンチギ試合の日、急に国王がお出ましになり……。成均館を舞台に「滴る(チャルグム)四人組」が織りなすトキメキの日々。
※2010年に韓国で放送されたテレビドラマ『トキメキ☆成均館スキャンダル』の原作小説
※2007年初版
書名:成均館(ソンギュンガン)儒生たちの日々 上巻
作者:チョン・ウングォル(韓国作家)
出版:新書館
内容:18世紀、朝鮮王朝時代。第22代王正祖(チョンジョ)の治世下。都のはずれで暮らす両班(ヤンバン)の娘キム・ユニは、数え年で十九歳。南人(ナミン)派閥の家の息子である父と老論(ノロン)派閥の家の娘である母は、駈け落ち同然で結婚した間柄である。先王英祖(ヨンジョ)の時代に南人出身者が謀反を起こしたため、南人は科挙受験すら禁じられ、官職につく道が閉ざされた。そのせいでキム家は貧しく、両親の結婚の経緯もあって親戚からの援助も得られなかった。五年前、新王が即位して受験禁止を解く直前、ユニの父は亡くなった。それからはユニが男装して病弱な弟ユンシクの振りをし、本屋に写本を納品して生活費を稼いでいた。もっと報酬の良い仕事をしたいと考えたユニは、科挙試験の答案代作をする巨擘(きょはく)の依頼を受けたいと書店主に申し出る。しかし、若すぎるうえに生員や進士の肩書がないことを理由に断られた。がっかりしてユニが店を出ると、店主が覗き見していた妻に「キムの若様の美貌を見たら、都一の妓生(キーセン)チョソンも裸足で逃げ出す」と言い、それを店内に居合わせたチョソンが聞いてしまう。チョソンはロバに乗ってキム青年(=ユニ)の後を追い、わざと足元に扇を落とした。扇を拾ったユニは、女とバレないように上手く応対して名前も告げずに去る。チョソンの方は青年の美貌と優しく気の利いた言葉に心を掴まれてしまっていた。チョソンに後をつけられないように遠回りして帰宅したユニは、伯父の家に行っていた母から自分の縁談の話を聞く。母は泣きながら、好色な年寄りの後妻だと話す。相手がお金持ちなら良いとユニが答えると、恋愛結婚だった母は「子どもを売った金で親が幸せになれるものか」と反対し、弟も「ぼくは首をくくる」と叫んだあと「今度の科挙を受ける」と言い出した。しかし、弟の体調では一日試験場に座っていることすらおぼつかない。追い詰められたユニは「わたしがユンシクの替わりに科挙を受ける」と言う。ユンシクの号牌(ホペ:身分証明書)でユニが小科(しょうか)を受験して生員か進士に合格し、次は巨擘の仕事で金を稼ぎ、弟の病気を治して、上級試験の大科(たいか)は弟自身で受けて官職を得る。ユニの計画を母と弟は危険な橋だと思いつつも、姉がまだ若いうちにまともな縁談がくるように手を尽くすしかないと考えた。お互いを思う気持ちから、三人の意見は「替え玉受験」でまとまる。進士試は八月の半ば過ぎの日、成均館の丕闡堂(ひせんどう)前庭が会場だった。試験にやってきたユニは群衆の押し合いに巻き込まれて転びそうになったとき、腕を掴んで助けてくれた貴公子がいた。ユニが礼を述べると、親切な貴公子は日傘を持っていないなら一緒に使おうと誘ってくれる。貴公子の連れてきた下男スンドリに、ユニは試験場の良い場所を教える。おかげで木の葉の良く茂った木の下に場所が取れ、無事に試験を終えることが出来た。ユニと貴公子は互いにあさっての生員試も受験すると知ると、改めて名乗り合い再会を約束して別れた。二日後、試験場の礼曹(れいそう)の役所前庭にユニが向かっていると、先日の貴公子イ・ソンジュンが声をかけてきた。会場の門が開くと二人は一緒に中に入ったが、一番良い場所である大樹の下でスンドリが喧嘩騒ぎを起こしていた。聞けば先に場所を取ったスンドリに、後から来た者たちが譲れと言って襲い掛かったのだという。家柄にものを言わせようとした受験生に、ソンジュンが正論で言い返して立ち去らせた。ユニはこの日の試巻(答案)が不出来で涙をこぼし、ソンジュンに慰められながら会場を出る。ソンジュンは友だちになりたいと語り、合格発表の日に会おうと言ってユニと別れた。ところが帰宅途中のユニを、場所取りで揉めた男たち四人が追いかけてきて襲い掛かる。逃げそこねたユニが必死で応戦していると、通りがかりの両班の青年が参戦してくる。賭博場で揉めた帰りで腹の虫がおさまらないという理由で、すでにボロボロになっている青年はユニに加勢してくれた。それでも四対二で不利な状況だったが、仕返しを懸念していたソンジュンとスンドリが駆けつけたことで助かる。だが、加勢してくれた青年は怪我の手当てもお礼も撥ねつけて姿を消した。合格発表の日、待ち伏せを心配する母に、男装でなければ大丈夫だと言ってユニは出かける。被衣(スゲチマ)をかぶって顔を隠したユニは礼曹に向かい、人だかりの中でイ・ソンジュンの噂を聞く。今回一番で合格した彼は、最大派閥老論の首魁である左議政(さぎせい)イ・ジョンムの息子で、国王の命令で受験したのだという。老論派閥と南人派閥は仇敵だ。ソンジュンに心惹かれていたユニはショックを受ける。そこへソンジュンが現われ、ユニは慌てて背を向けて歩き出すが、彼に声をかけられる。ユンシクの姉ではないかと問われて頷いたユニは、ソンジュンから弟が生員・進士ともに合格していると教えられる。男女が一緒に歩くのは礼儀に反するという理由でソンジュンと別れたユニは、大喜びで帰宅する。そして本屋に巨擘の仕事を請けに出向いたのだが、試験場で場所取りたちと揉めたことが原因で出入り禁止になってしまう。写本の仕事すら無くなり、仕方なくユニは覆試(ふくし)を受けることにする。新春を迎えて数え二十歳になったユニは、二月に予備試験を受け、さらに生員と進士の覆試を受験した。合格発表の日、小科の進士と生員の壮元(そうげん=首席)は両方ともイ・ソンジュンだった。一方、キム・ユンシクも合格しており、進士試は二位で生員試では六位という好成績だった。合格発表から六日目、礼曹で行う放榜礼(ほうぼうれい)の日をユニは欠席するつもりだった。ユニが行進や宴などの合格儀式に出席すれば、官職についている親族に見つかって替え玉受験がバレてしまうかもしれないからだ。しかし、合格証を渡す放榜礼(ほうぼうれい)に出なければ合格を取り消すと言われ、ユニは仕方なく借り物の鶯衫(おうさん)を着て出席することになった。ユニが進士の列の一番前のソンジュンの隣に立って儀式の開始を待っていると、急に場所が変更になって王宮の儀式用の御殿・仁政殿(インジョンジョン)に行くことになる。進士の最前列で国王に四度の拝礼をすることになったユニは、違法行為が露見して死刑に処される恐怖でぶるぶる震えた。御下問(ごかもん)に答えるユニは生きた心地もしないが、十九歳の若さで生員・進士両方に合格した人材に国王は大喜びする。そして、ソンジュンとユンシクに成均館で居館修学するように命ずる。男子寮に入ると聞いたユニは持病を理由に辞退するが、国王が成均館の薬房(やくぼう)で治療を受けられるようにすると約束したことで、寄宿舎入りが確定してしまう。この事で衝撃を受けた家族三人ともが寝込むが、御命(ぎょめい)に背けば反逆行為だ。ユニは十九歳なら髭がなくても不自然ではないし、軍役義務も免除されるからと嘆く母を説得する。さらに病人のユンシクが「どうせ寝てばかりのぼくが女装して姉上になればいい」と決断し、姉弟の入れ替わりが決まった。いよいよ入寮の日、個室だと思っていた清斎(チョンジェ:成均館の寮)の部屋が三人部屋で、ソンジュンと同室の中二房(チュンイバン)になると知ったユニは驚く。隣部屋の中一房(チュンイルバン)の生員で情報通のク・ヨンハが、二人にいろいろと教えてくれる。それによると、外出している同室の先住者は「暴れ馬・桀驁(コロ)」とあだ名される少論(ソロン)派閥のムン・ジェシンという人物。そのせいで儒生たちは、二人がいつまで同居できるかと賭け事にしていた。このあと入寮の儀式「新榜礼」の一つとして「新来侵虐(しんらいしんぎゃく=新入りいじめ・新入りの通過儀礼)」が始まり、暗行御史(アメンオサ)として密旨(みっし)を遂行するように要求される。ユニの任務は『劉邦が愛した女人は花の中の王が守る。この女人の絹の秘密を持ち帰れ』である。つまり妓楼・牡丹閣(モランガク)の妓生チョソン(貂蝉と同音)の絹の下着を持ち帰れという意味だ。任務に失敗すれば、衣服をはがれて泮水(パンス)に突き落とされるという。女と露見する訳にはいかないユニは、必ず密旨を成功させなければならない。しかし、実はこの任務には罠が仕掛けられていた。女好きで妓楼の常連客であるヨンハは、ユニのことを「女」と見抜いており、馴染みの妓生たちに「ユンシクの乳首に接吻した者には褒美を与える」と言っていたのだ。そんな事とは露知らぬユニは、店の者にチョソンへの取り次ぎを頼み……。
※2010年に韓国で放送されたテレビドラマ『トキメキ☆成均館スキャンダル』の原作小説
※2007年初版
人定(インギョン:鐘を鳴らして都の城門を閉め、以後の夜間外出を禁じた午後十時ごろ)
書名:幻夢の聖域 Descendants of Edynne
作者:羽角曜(はすみよう)
出版:創元推理文庫
内容:燃えるような赤毛に青い瞳の若い男ハーブラギスは、左目に黒い眼帯をつけた背の高いがっしりした体躯の持ち主で人に恐れられる風貌だ。キュロ峠の宿屋で手伝いをしているハーブラギスは、老主人に頼まれて村に買い出しに出かけたついでに、酒場で顔馴染と賽子賭博をしていた。そこへ新来の客が買い物に入ってくる。山間の小さな村には珍しい旅人は18歳くらいの娘で、肩に桃紅色の鳥を留まらせている。切りのいいところで賭け事を止めて酒場を出たハーブラギスに、先程の旅の娘が声をかけてきた。「ミリナ」と名乗った娘は、かつて信仰の地として栄えたカハキートに向かっている途中で、峠の宿屋に泊まりたいという。ハーブラギスが宿屋に案内して客室に通すと、ミリナは「酒場で幻魔法を使ってイカサマしたわね」と断定する。ミリナの一族は死神に狙われており、悪夢によって殺されているという。ミリナは一族の運命を変えるために強い幻魔法師を探しているのだ。ハーブラギスは孤児院で暮らしていた頃に疫病で左目を失った。それから賽子を風で押すというように、少しだけ風を動かす幻魔法を使えるようになったのである。翌朝、厨房で老主人が倒れているところをミリナが見つける。薬師見習いだというミリナの処方で老主人は回復したものの、峠の宿屋をたたみ、カハキート近くの村で宿屋を切り盛りする息子夫婦のもとへ行くことになった。旅のついでに老人を送るというミリナに同行することにしたハーブラギスは、自分が疫病に倒れたとき施設で子供たちの世話をしていた女性ネラが飲ませてくれた水薬の話をする。水薬のおかげでハーブラギスが幻魔法を使えるようになったのではないかと、ミリナは興味津々だった。しかし、水薬について知っているだろうネラは行方不明になっている。村に到着したハーブラギスとミリナは、勧められて老人の息子夫婦が営む宿屋に一泊する。その夜、ハーブラギスは白い少女の姿をした死神を見る。そして、ミリナから手がかりの一つだという金貨を見せてもらう。それは遠い昔に消えてしまった幻の王国エディムーンの金貨だという。その金貨に刻まれた紋章は、不思議な女性ネラが持っていた黒革装丁の本の表紙の模様と同じだった。ハーブラギスは旅に同行させてくれとミリナに頼む。エディムーンの秘密とは?
※『影王の都』のヒロイン・リアノとそのパートナーが脇役として登場する。時系列としては『影王の都』の後になるが、物語の筋には関係ないので、未読でも支障なく読める。
書名:紫式部と清少納言 二大女房大決戦
作者:瀬川貴次(せがわたかつぐ)
出版:集英社文庫
内容:幼い娘を抱えた寡婦の藤原香子(ふじわらのかおりこ)は、夫亡きあとに書き始めた『源氏物語』が都で評判となり、左大臣・藤原道長から宮仕えの声がかかった。香子は三十もなかばを過ぎており、八歳の娘の子育てもあることから辞退したが、結局は時の権力者の意向には逆らえない。道長の娘で今上帝の中宮・藤原彰子(ふじわらのあきこ)に仕えることになった香子は、内裏の藤壺に出仕した初日に中宮の母・倫子(ともこ)と再会する。実は二十年ほど前に父が職を失ったのをきっかけに、十六歳だった香子は、当時の左大臣であった源雅信(みなもとのまさざね)の娘である倫子(ともこ)のところに、女房勤めにあがっていたのだ。そして、倫子に求愛する道長の文を取り次いでいたのである。さらに道長とも再会した香子は、自分の作品にちなんで「紫式部」という女房名で呼ばれることになる。そのうえ『源氏物語』を餌に帝の関心を愛娘・彰子へと向けさせたい道長から、続きを催促されることになる。最古参の女房・赤染衛門(あかぞめえもん)にも気遣ってもらいながらの女房勤めが始まるが、香子は執筆に行き詰まりなかなか筆が進まない。執筆に悩む香子が宿下がりを許されて牛車で移動していると、ある荒れ屋の前を通りがかった酔っ払いの公達たちが牛車から顔を出し、清少納言を落ちぶれたと揶揄する場面に遭遇する。それに対して清少納言が「あなたがたは駿馬(しゅんめ)の骨を買わないのですか!」と怒鳴ったところまで見届けた香子は、『戦国策』を用いてやり返した清少納言に感心した。後日、周囲からの重圧を感じて追い詰められた香子は創作の手がかりが欲しさに、「越前」という偽名を名乗って「駿馬の骨を買いたい」と、出家して荒れ屋で暮らす清少納言の元を訪れる。そこで、亡き皇后・藤原定子(ふじわらのさだこ)の霊鬼が宮中を徘徊している噂を、うっかり口にしてしまい……。口喧嘩ばかりの二人が、霊鬼探しでまさかの共同戦線!?
※2024年初版
近衛(このえの)中将は、元来は宮廷警固の武官。武士がその役割を担うようになってからは、祭礼の使者や儀式の歌舞音曲(かぶおんぎょく)などを務める、宮廷の花形であった。
頭中将(とうのちゅうじょう)は、近衛中将と帝の側近である蔵人(くろうど)の頭(とう:長官)を兼任する、重要な役職。
「この世は穢土(えど)であり、生きていく限りは泥にまみれないわけにはいかない。きれいごとでは済まされない。」
呪詛(じゅそ)も試みている。この時代の呪詛は効力があると見做されていただけに殺人未遂も同然で、発覚すれば、もちろん罰せられる。
書名:魔術師ペンリックの仮面祭 Masquerade in Lodi and other novellas
原題:Penric's Labors
作者:ロイス・マクマスター・ビジョルド(アメリカ作家)
出版:創元推理文庫
内容:マーテンズブリッジを治める王女大神官が逝去したためにペンリックは職を失い、アドリアの首都ロディでアドリア大神官に仕える大神官庁所属の魔術師となった。庶子神祭の前日、運河の町ロディは賑わい、ペンリックは真夏の暑さに耐えて仕事に励んでいた。そんなとき診療所からペンリックに患者を診てほしいという依頼を受ける。海で救出された若者の様子が尋常でないという。ペンリックが確認すると、診療所の医師の懸念どおり若者は魔に憑かれて錯乱していた。そのうえペンリックの内に棲まう魔「デズデモーナ」の存在に気付いた患者は怯え、看護人の隙をついて外へ逃げてしまった。脱走した患者を捜索する一方、ペンリックは庶子神教団の聖者を訪ねた。魔を剝すことができるのは聖者だけだからだ。聖者であるキーオはまだ少女と言ってもいいような若い娘で、捨て子だったため教団の孤児院で育ったという。ペンリックは聖者とともに祝祭前夜の町を歩き、逃げた魔を追うが……『ロディの仮面祭』。前巻『ペンリックの使命』から二年後、ニキスと結婚したペンリックはオルバスの夏の都ヴィルノックで新居をかまえ、ニキスの母イドレネと三人で暮らしている。ところがオルバス大神官の用事でトリゴニエまで出張して帰国の途中、乗っていた船が海賊に襲われてしまう。三十二歳という実年齢よりはるかに若く見られる美貌ゆえにペンリックは高く売れると考えられ、海賊船の船倉に放り込まれる。そこでペンリックは八歳と十歳の幼い姉妹セウカとレンシアに出会う。海賊の支配する島ランティエラに運ばれたペンリックは、奴隷として売られる前に姉妹を連れて脱出しようと魔術を使うが……『ラスペイの姉妹』。前話から一年後、娘が生まれたばかりのペンリックは親バカを発揮していた。ところが、義兄アデリスが指揮をとっているヴィルノック近郊の砦で、謎の疫病が蔓延して死者が続出する。かつての辛い経験から医師魔術師を引退してマーテンズブリッジを離れたペンリックだったが、義兄の要請を断れず、軍医レーデらとともに奮闘する。しかし、痣熱病の原因がつかめず……『ヴィルノックの医師』。
※アドリアの首都ロディは、ヴェネチアに似た運河の町。ロディの庶子神祭は、ヴェネチアのカーニヴァルをモデルにしている。
※ラスペイは、イブラ半島北西部に位置するジョコナ公国の港町である。
※ヴィルノックはオルバスの夏の都である。
<収録作品>
The Orphans of Raspay (2019年発表) 『ラスペイの姉妹』(本書第二話)
The Physicians of Vilnoc (2020年発表) 『ヴィルノックの医師』(本書第三話)
Masquerade in Lodi (2020年発表) 『ロディの仮面祭』(本書第一話)
※作品の発表順ではなく、物語の時系列に沿って三編を収録している。ただし『ロディの仮面祭』は、シリーズ全体で考えるならば、本来は『魔術師ペンリック』と『魔術師ペンリックの使命』の間に挿入されるべき物語である。第一巻でマーテンズブリッジで王女大神官に仕えていたペンリックがアドリアに移り住んでいたのはおよそ一年にすぎない。『ロディの仮面祭』は、ペンリックがアドリアにきて約四カ月後の真夏の物語である。
フロリー:フロリナの愛称