Kanon's diary

Kanon's diary

雑記帳である。

とにかくロシアではロシア国籍の子どもは国の宝、という認識があるだけのことはあり、

ロシア国籍を持っていれば受けられる教育がある。


※日本人の私(ロシア国籍者を産んだ母体)は外国籍者の他ない。ロシア国家から見れば私は、ロシア国籍の子どもの母親ではなく、「移民」なので、子どもいるからといって何かママ手当てとかがもらえることは無い。それらの「あとでキャンペーン的にもらえるもの」が欲しくて子どもを産んだわけでもないから、お金がもらえないことで悔しい思いをすることはお門違いだが、8年前に旦那が失職したときはもらえたママ手当でコート買ってる人に嫉妬したり、とてもよくない感情が私にはあった。


母体がロシア国籍で、父親が移民の場合はもらえるので、ロシア人と結婚して子どもできて勘違いした日本人男性から喧嘩売られたこともある。もちろん、絶縁したが。


それでも、移民に対してのロシアの態度は尊重しているし、移民である私が産んだ子供をロシア国籍者として、国の宝と扱ってくれるのがとても嬉しい。


私は、ロシアで移民。外国人で、ロシアに住みたくてロシアにいるのだから、郷に従います。

日本にもどうか、移民問題について見習ってほしい。納税しているので、これを考えたり発言する権利は買っているつもりだ。賢い高市さんがやってくれると信じている。


娘は無料で国立の音楽学校と、学校入学前教育プログラムと、ロシア語発音の矯正指導、あと柔道に通ってる。なんでこれらが無料なんだ?!と日本人の私はふとした時に思う。※建物のペンキ塗り替えに必要な集金とかはあるけれど、そんなのは微々たるもので。

子どもの教育が素晴らしいのです。


これらの教育を受けるためには、医療診断書を提出する必要があり、それは国立病院でもらう。日本の清潔で早くて丁寧な医療機関に慣れてしまってる日本人にとっては耐え難いものがある。6年のロシア・ブランクがある私、8年前にあれだけ産婦人科で苦しんだのにも関わらず、さっぱり忘れて今度は小児科で期待を裏切られながら母親らしいことをしています。


あれから8年経っても、国立病院の予約は電話やオンライン予約はできないのであった。まあ、もうそれはいい。

娘の大便検査の日にうんちが出なくて母親失格だと医者に叱られたから、子どもというのは気分で食事をしたりしなかったりする生き物なのだから、決まった時間にうんちがでないことで母親を責めるのはあなたが小児科医として失格なんだろと言い返して喧嘩。隣にいた優しいおばちゃんが味方してくれ、後ろからでてきたお局女医様に、だから外国人は嫌い!ロシアから出てけと騒がれたので、ロシアという国名を盾にしか言い返せないお前たちに大統領はうんざりしてるだろうよお気の毒だわ。と言い返したら、まあ黙ってしまい、つまり私勝ちまして(?)別日での大便検査の予約もらえたので(お局様、素直じゃん😂)正義は勝つ、ワハハハハーーの気持ちで病院を後にしました。6年のロシア・ブランクがある割には、こなせてると自分を褒めないと子育てなんてやっていけないのよ。そうよ。


8年前と今の私は違う。日本で経営者してバレエ踊る以外の世間を知った。そして今の私にはママ友がいる。先輩のママ友に愚痴って、茶飲んでお菓子食べて、だいぶ救われている。


娘は来年9月から、この後11年通うことになる理系校へ入学する。それに合わせた国家プログラムのちびっこ学級、私はこれを名前が名前なのでナメておりまして、なんの準備もしないまま行かせたら、痛い目に遭いました。算数すでに数学。詩の暗記数ページ、さんすうセットのブロック数えることで、計算できた!と勘違いお花畑だった娘がついていけるわけもなく、しかし娘が悪いわけでもないので、懲りずに教えるしかありませんね。2、3年生では九九と割算をリバーシブルで同時に覚える必要があり、脳内構造がそりゃロシア人とは違うわと思い知らされた。自分が受けたことのない教室を、子供をとおして知ることができることは、わくわくする!


息子は小規模保育園に慣れてきたので、これから国立の幼稚園に転園手続き。

ああ、小児科スタンプラリーはまだまだ続きそうです。2月までには終わりますように!


陶芸教室に行ってきた



戦争から帰還したセルゲイと約束しました、もう二度と軍に戻らないと。

機関銃は13キロあるんですね。まあ、ドンパチしてきたようです。詳細は書けません。カモフラージュの軍服はズタボロながら残っているわ。

最終日はマラリアにやられて高熱だして大変だったようです。


そんな約束をした日から半年後の2025年9月から私も子どもたちもロシアにいます。


そんな、私と子どもを放置して祖国を守ると宣言して約2年ドンパチしてきた男をなぜ愛せるのか?そうか、どんなことがあっても愛を忘れないために子どもを産んだし子どもが居るんだな、と問いながら、今これを書いています。


日本語で書くと脳内整理になります。漢字、それは侍の言語。ああ周到さが美しい。

子どもたちはもうロシア語のほうがラクなようなので日本語のない生活に逆戻り。


というわけでまた、このアメブロにて私の雑記帳スタート。この雑記帳の愛読者様たち、お久しぶりです、元気でしたか。元気なわけありませんね、これ読んで元気になってくださいね。日本は税金高すぎて気力奪われます。私は、ロシア在住なのに日本に納税している、税理士に泣きついている、しがない平成一桁生まれ、きらきらっ。でも高市さんが食い止めてくれてるのできっと今以上にひどくなることはそんなにないと思いたいですね。私が心底腹立ってるのは外国人のナマポ。



日本でバレエで育てていた生徒たちもロシアにいたり(今年は新規で5人がロシア留学へ。なんじゃこれ。)ヨーロッパへ飛んだり、日本に残って頑張る子もいて

あー、みんな雄々しく育ったなーと、生徒のことに関しては感無量です。


私は5年間経営者として頑張った。生徒たち育って自分の生きる道見つけた子たちを育てられて万々歳です。これ以上なんか求めたらきっと罰当たるし、これ以上何も望まない。未練がこんなに何もないまでやりきったなあと自分で感心してしまいます。


私は、昔から夢も目標も持てないし、憧れというのがよくわからない。

「やること」を決めてしまう。で、それを遂行したら満足しちゃうので興味が終わってしまう。で、自分で言っちゃうけど、人と比べて短期間で終えてしまう。バレエ団のときもそうだった。これをやる!と決めて、それをやったら満足した。


今の私の「やること」はなんだろう。

新体操の子どもたちにバレエを教えている。彼らの中には、ここの州単位ではなく、ロシア連邦で選ばれた選抜組もいる。新体操は18歳まで。バレエと違ってプレイヤーとしての職業が無いからトレーナーになる。でもみんなが教えに向いてる性格をしているわけではないから、その場合はバレエを並行したらいいと思う。ただ、新体操のことで頭いっぱいの14歳たちが、そこまで考えられているわけもない。新体操はバレエと違って一分一曲バリエーション踊って競うものではない。フラフープやら器具を変えながら複数の演技で競う。バレエ+αααの世界だった。


私はそういう話しをなんとなく始めてみて、そういう考えも視野に入れて欲しいなと、綺麗な子達を見て思っている。その話すタイミングを今は伺っているところ。


産んだ子どもたちに関しては、

親の私は朝起こしてごはんをつくり、身の回りの世話をすること。教育はもう、彼らのまわりの大人たちを信頼しているので、おまかせして私は送迎に徹する。子どもは勝手に育てばいいと思う。


ロシアの教育がすごくて。一口に、すごくて。

いつか、それについて書くか。

ロシア国籍って強いなと日々感心している。









北朝鮮というワードを見るたびに思い出すのは彼らのことである。
ロシアの大学在学5年間の間に出会った北朝鮮人の,
大学の教師科学部へ教授法習得のためにいた年上の彼らと
舞踊習得のためにいた小さくてかわいいみんな
 
 
彼らはロシアでバレエを学び,その後国に戻り,それを指導,あるいは踊るのであろうために
北朝鮮から派遣留学していた。
それは限られた一定の期間だったし,そんな期間の彼らと
話したり,卒論の被写体に研究したり,私はしていたんですが(もちろんロシア語)
 
ああ,思い出すのは,舞踊習得として送られていた男の子,
当時15-16歳で,私が卒論かくために見学していたクラスの中でも,
やっぱり綺麗で上手で,トップのロシア人と張り合っていた。その時,アジア人は日本人も北朝鮮人も
筋肉が強いんだなあと思ったこと,子供時代の筋肉の成長が早いんだなあとか
がんばっててかわいいなあとしか思ってなかった。
 
その男の子,ある日グレて。どうしたの?と聞いたら「毎日同じコンビネーションで飽きた!!」って
廊下を走っていた。私はその姿を見て,普通の男の子なんだ,と謎に安堵したことを覚えている。元気かなあ,みんな。
小さいこの綺麗な女の子。本当にかわいかった。年上のお姉さんたちが面倒をみていて,ほほえましかった。
そりゃ当時も,北朝鮮人!?とびっくりしたけれども,特に何か考えたことはなく,普通に接していて
 
ただ,大統領のバッチつけて歩いていたことは,記憶に新しい。
それが帰国して開戦してこんなことになっている。
 
もう,北朝鮮がこうしてロシアにバレエで派遣留学をさせることは,きっとない。
この子達が最初で最後。聞いた話だと,もう充分勉強させて国で教えられているから,もういい
ってことらしい。聞いた話だが。
 
だとしたら私,イチ日本人としてすごい時代にいたことになるんだな。
北朝鮮を悪い国って決めつけたり,それは個人の自由だからいいんだけども
 
悪い民族なんていない,悪い人はいる。 っていう言葉,ロシア語でもいうけれど
私はそれを忘れないようにしたいし,子どもにもそう教えている。理解しているかどうかは別として,
きっと言っていれば,いつかわかる。そう,プロパガンダだってそう。
 
書こうか書かまいか悩んだが,この雑記帳に今の自分の思ったことを書き留めておくことは
悪いことではないので,書き残しておくことにした。
 
 

 

 

 
過去に一度北朝鮮人の彼らのことをこの雑記帳に書いていた。
でも消していて
また書くことにした。
戦後,いつか笑って読めるように,自分が。
 
 
 

元夫,セルゲイとの結婚当時,書類関係で国際結婚の壁にぶちあたり

しかし生活をしているうちに国際結婚だということは忘れ

 

日本に帰国してから,国際結婚だったのだと思い出し,

セルゲイへの申し訳なさと,セルゲイの家族への罪悪感が常に,常に気持ちの根底にあり,

 

「ロシア人女性と結婚したほうが君も家族も幸せだったんだと思う」

 

って,私,ある日言っちゃったんです。それはもう軍事侵攻も開始していて,

常に戦争の話になってしまい,意見が180度違い,偏った歴史,日露戦争の話にまで遡ったり,WW2の話にもなり,,

もう家のなかで生きた心地がなかった。

 

その時セルゲイは初めて,泣いた。僕は君を愛しているのになんでそんなことを言うんだ。って。

それからものすごく私を怒っていて,というか軍事侵攻以降,プーチン否定するたびにメス犬と呼ばれていたし

友人が犠牲になったし,赤紙渡されそうで逃げ回ってる状況だったし,で

もう愛しているとか好きとか嫌いとかそういう,具体策としては結局何もなさない感情は,なかったのかもしれない。

 

何か話すと戦争の話になるし惨く悲しい,何も生まない,学んできたものがまるで違う,歴史って何が正しいんだ,

とりとめのない喧嘩になるので意図的にお互い何も話さなくなった。

 

 

そこから。ある日元夫セルゲイは

2024年5月14日の朝だった。「カーナ,君を愛している。僕のロシア,祖国を守らなくてはどうにもならない」

と言い

 

私はもう,思考停止状態。返す言葉もなく,何も口から出てこなかった。私は出張のため空港へ行った。

その間に,彼は私の父に見送られながらロシアへ帰った。

 

道中,「止められなかった」という背徳感が押し寄せて,もうズタボロの気持ちでいた。

 

セルゲイは,ロシアへ帰国→ワグネル戦闘員になる→プリプリ死亡でロシア一時帰国→3月からアフリカへ8か月契約

 

で。今9月なので残り数か月で彼はロシアへ帰還する,予定。

 

今の私は,

日本人と再婚した。セルゲイが帰国してしまってから,ああ子育てと家事と仕事とどうやって一人で

やりくりするのだろう,と放心状態になっていたときに今の夫が夫になった。彼には感謝している。

今の夫に感謝していない日はない。

 

 

じゃあ,なぜ。ロシアに行きたい生徒がいたら応援するのかって。

留学したいという気持ちを止める権限は私にはない。私は本人でも親でもないのです。

 

留学したい,と私に伝えてきてくれる人がいたら,ロシアにいた者として,今どう思っているかはきちんと伝えた上で,

それでも彼らが行きたい,先生お願いしますと伝えてくるのだったら,それを叶えるよう力になってあげようと思っている。

 

セルゲイのママが,私の生徒たちを孫のようにかわいいと思っていてくれている。会いに行くし,会いに来てほしいらしい。

私は彼女の連絡先を生徒たちに教えていて,いつでも連絡が取れるようになっている。

 

今ロシアに行かせるのはどうなのっていう意見が上がっているのも知っているし

私が叩かれているであろうと,まあ容易に想像できる。匿名だとか,私の知らないところで何を言われようが,私にはそれ

関係ないのです。

無力な私が,力になることで,志す子たちの助けになるのであれば,どう見られても,何を言われても

結局のところ,その子がよければそれでいいと思っている。バレエって,やるもの。批判したり,

外野にいて,なにかいうものでもないから。

 

 

でもね

 

ロシアに行きたいか,住みたいか,と聞かれたら,私自身は。

その答えには「考えることを放棄している,乖離しています」というのが本音かな。

この戦争によって,

というか2014年からだけども。

 

友達をたくさん失った。でも,もっと強くなった絆の友達もいることがわかった。

これを同志というのだろう,ああこれもスターリンの言葉か。親ロ派とか言われてしまうのだろうか。

 

こないだ本屋で子供向け絵本の,戦争の本を立ち読みした。

泣けた。

戦争,戦争ってなんだ。人を殺して,敵を殺して,領土を拡大して,それが勝ちなんですか。いいえ,それは負け

 

この辛くて,悲しい戦争も,もう長い。

 

友人,木許さんが私について文章を書いてくれました。故,立花隆氏に文筆を学んだ指揮者。

ええ,ただの文章ではないのです。

ああ,こんな才能のある友に恵まれた私,

人生そんな悪くないねえ。

 

https://y-kimoto.com/%e8%a6%8b%e3%82%88%e3%80%81%e3%81%9d%e3%81%93%e3%81%ab%e5%ae%bf%e3%82%8b%e7%be%8e%e3%82%92%ef%bc%81/

 

 

もう10年以上の付き合いになる友人のダンサー、

砂原伽音氏が主催する教室の発表会のリハーサルを見学させて頂く。

彼女には2月に鎌倉でビゼーの「カルメン」を私が指揮したコンサートを聞いてもらったばかり。

 

このコンサートで砂原氏のインスピレーションにも火がついたそうで、

次は自分がカルメンの振り付けをするのでぜひ、ということで今回の機会となった。

こうして長きにわたり、音楽と舞踏で濃密な刺激を交換し続けられていることを幸せに思う。

カルメンが始まる。有名な前奏曲、そして衛兵の交代、ダンス・ボエーム、アラゴネーズ、ハバネラ…。

なるほど、登場人物をこのように描き、空間をこうして造形するのか。とくに「アラゴネーズ」が素晴らしい。小学生たちが「衛兵の交代」を踊るのがたまらなく愛しく思える。そして、最後に挿入された「ファランドール」の活き活きとした動き。

彼女が私の指揮するカルメンを聞いて、「踊りやすいテンポだ!」と感想をくれたとき、頭の中ではすでにこの鮮やかな時間が見えていたに違いない。

 

リハーサルに移り、客席で私の横に座った彼女が手際よく問題を解決してゆく。約20人それぞれに目を配り、ひとりひとりの動きをクイックに指摘し修正していくその様子は指揮者にとっての理想と言っても良いだろう。指摘し、やり直す。

その度に驚くほどに変わってゆく。腰にあてた手の開き具合。手のひらの向き。

外に伸ばした手の緊張感。言葉にすれば極めて細かい部分のそれらが、全体としての「美」に直結していることに心打たれる。

少し時間に余裕があったので宮廷舞踊とキャラクターダンスのリハーサルまで見せて頂く。

 

メヌエットを二つ。そしてマズルカ。それぞれの個性が引き立つ動きは、さすがこれらを得意とし、宮廷舞踊の研究者でもある砂原氏の指導ならではだ。

しかし、私がもっとも感動したのは、砂原氏が舞台に現れた一瞬だった。いつの間にか舞台に現れた彼女が「きちんとここで止まる」といって舞台端で見本を示す。

トートバッグを肩からかけ、マイクを持ち、何気なく示したその瞬間に、私は雷に打たれたような衝撃を受けた。客席から身を乗り出さずにはいられなかった。なんと美しい一瞬だろう。止まっているのではなく、そこに在るべき形で「在る」。何の力みもなく、重力のなかで然るべき位置を占めている。

 

見よ、そこに宿る美を!喉元までその言葉が出かかった。そこに何も特別なことはない。アカデミックに裏打ちされた厳格な型と身体の完璧なコントロールが合わさり、いかなるノイズも含めずそこに「在る」。

 

指先から爪先まで、この姿以外にないのだと直感する。

かつて彼女の舞踏を見たとき、踊り始めた途端に視線を逸らすことができないような、光り輝く美しさを感じたことがある。そこだけスポットライトが急に当たったような、まさしく「華」がある美しさ。だが、いま目の前にするこの静かな光景もまた「華」なのだ。優しく厳しいその佇まい。特別なことが特別でないように身体化され、そっとそこにある。

帰り道、いてもたってもいられなくて車内で筆を取る。バレエというのは、身体に無理を迫るものでは決してなく、空間に対して在るべき姿へと回帰させる技芸なのかもしれない、と思う。砂原さん、刺激に満ちた時間をありがとう。そして発表会の開催おめでとう。とっても音楽したくなったよ。

 

【舞台告知】
バレエを知らない人も楽しめるよう、ガイドさんが
みなさまをバレエの世界へ誘導します✨
どなたでも気軽にお立ち寄りください。

全席自由、無料。

・第一部
クラシックバレエ、キャラクターダンス、
西欧宮廷舞踊、コンテンポラリーダンスから作品集

・第二部
「カルメン」よりアラカルト

振付、指導、構成 
砂原伽音 @kanon_sunakharova

振付提供作品ありがとうございます!
大槻紋子先生 @ayako_ballet_studio (基礎クラス作品)
柳島皇揺先生 @koyo_yanagishima (コンテ作品)

音楽提供ありがとうございます!
iraida minkus @iraidaminkus (育成クラス作品)

特別参加
Ballet Angelique @ballet_angelique 
キャラクターダンス音楽作りました🌟
ロシア国立舞踊教育機関制定プログラム、4年生から8年生に至るまでを網羅できます、アカデミックレッスン♡
※キャラクターダンスは4年生から学びます

明記したパの名前は1例です👍
プリエはいつも命かかっているので、
ハンガリーとロシア性質のダブルにしました。同じプリエのはずなのに民族性質が違うと、まったく別のモノになります。
ダンジュは基本のロシア。ジュッテは基本のイタリア。完全に、国立アカデミーで使えるような拍子、選曲、テンポにしています。

センターは世界がひろい。ウクライナ、モルドバ、ルーマニア、ベラルーシ、アラビア、ポーランド、スペイン、イタリア、ロシア、他東欧。

国家試験に使えるような課題曲もあります、たとえばそう、ジプシー。それはそれは無国籍の彷徨う男女。
人間の泥沼物語を己の身で描いてください。
書ききれないのでこれくらいで。

みなさん、アカデミックなディーププリエを♡

🟩購入方法
①ダウンロード(2,000円)
②CD(2,300円)※送料込

振込先はインスタDMや
こちら→kanon.sunahara★gmail.com
★を@に変えて送信してください


ピアニスト @iraidaminkus
監修 @kanon_sunakharova





#バレエレッスンCD
#バレエレッスン音楽
#バレエピアニスト
#キャラクターダンス 
#characterdance
#バレエ音楽
#バレエピアノ
#ロシアバレエ
#ballet



受験のために、バレエをやめる必要はない!

これは、日本のバレエ界全体の問題でもあります。

多くのバレエ教師たちが抱える問題であります。全国の先生たちに質問をして、

どんな問題があるか、調査してから撮影しました。的確に答えてくれた友人の彼にはもう、大感謝祭です。

 

全身全霊を注いで育てた最愛の生徒を、塾や受験を理由に、失ってしまうケースがとても多いのです。

それも、1番伸びる時期に。伸びている,時期に。一番たのしみな時期に。

全国のバレエ教師たちのショックは計り知れません。私も、とてもショックを受けました。

立ち直れないくらいショックでした。

塾に行きたいからバレエやめさせてください!!!!と折角はじめてトウシューズでコンクールに出ようと練習を重ねていたのに,ドタキャンしようとした子も見ました。

 

これはバレエ界では全国的に,由々しき問題のひとつであります。

東大卒で心理学を5年に渡り研究していた友人に話してもらいました。

シェア大歓迎!

大真面目に、でもかたくならないようにがんばって私が編集しました。

もう二度とこんながんばって編集することは、無いでしょう。ユーチューバーになるつもりは一切ございません。

 

 

 

友人,知人。彼をなんと呼ぶべきだろうか。

この雑記帳を前から見てくれている方はご存じのとおり,私はバレエバレエした人間とはつるまない。

バレエの大学に通いながらバレエ団に通いながら月曜日は休みなので劇場ちかくの国立大学の経済,法律学部の英語科に通っていた。そこで知り合ったというか同じクラスになったジーマである,彼は兵役を終えている

彼がどこの課で徴兵中過ごしたかまでは聞いていない,日本的には彼のことを私は友人と呼んでもいいであろう。彼が誕生日に自分の家でホームパーティーを開いたので,みんなで行った。それ以外に彼との思い出は何もないのだが。

それでも彼のことは覚えているし,そんな彼に赤紙が渡され,徴兵されてしまったというのは,なんとも。

 

ロシアは平和だったのだ。そのロシアはもうなくて。

いつもそう。この投票ごっこも,いつものことだ。

みんながみんな逃げられるわけではない。大半はパスポートさえ持っていない。

 

 

私には親友がいる。私には友人は少ないだろう,だけど親友がいるのです。彼もジーマといいます。

愛称です。本名ドミトリー。でもジーマ,たまにドミちゃん,たまにジームカって呼んでいた。

ジーマもパスポート持っていない。持っていなくても逃げられるカザフスタンなどはあるだろう,しかし逃げられたとして一か月だし,国境のところで赤紙渡されてしまう可能性がある。だから彼は動かない。

 

彼に対して何かしらの恋愛感情を抱いたことは本当に,まじで一度もありません。結婚式にも呼んだしなんなら娘の洗礼父です。

 

そうじゃなくて,本当にジーマが連れていかれることは無理。

 

ジーマが連れていかれるのだけは勘弁。もうここのところはずっとジーマのことばかり考えている。

木許さんが,あとになって気が付くことがある,それは解ではなく謎だと仰っている。そうなのかもしれない。

この状況になって,私にとってジーマが謎めくほど大切な友人だったのかもしれない。と気づく。

 

夫といえよう人は私の金で9月上旬にロシアに帰りました。彼は兵役経験がないし,まあ

プーチン賛美しているので,,もう話すことはなにもありません。

 

5月に私は元恋人なくした。戦死だった。志願してしまった。田舎なので,国営放送を信じていた彼は。私よりも若いのに。

あんなおじいちゃんおばあちゃんしか見なくてもいいようなものを,,なぜ見ていたのか,でも彼はきっとそんなロシアの中で幸せに生きていたのだろう,

これ以上だれも失いたくありません。

できることなら今すぐにでもロシアに行って,友人たちに一目会いたい。

夫婦になって5年過ぎた。

仲は悪くない。そもそも、交際ゼロ婚で(過去のどうしようもないこの雑記帳のコアファンの方はご存知ですね、ありがとう。いやこれ読んでるあなたも相当な私のコアファンだと思いますけどね)

お互い、友達と住んでいる感覚なのである。我々に至っては、本気で「キミ恋人つくれし、そしたらもうすこし家でもお洒落するだの風呂入るだのするよね」と本気で言い合っている。

しかし仲はいいのだ。腹心の友とよべるのだろうか、これを。


ロシアではよくあることで、離婚しても同棲していることは普通。単純にカネがないからと、子どもがいる場合はそのほうが便利だからだ。

お互いカレシカノジョがいたって問題ないし、なんなら惚気噺もしてしまうのがロシア人なのである。もちろん全員ではないが、金がないゆえに合理性が勝つ傾向がある。


私たちは今日本にいるので、離婚がなかなか難しく(配偶者VISAというものがありましてね)、

友達同士で子どもを育てている感覚にある。だから喧嘩もなければ、いたって普通。それは新婚のときから変わらない。急いで離婚する理由もない。


彼がプーチン洗脳されていることは婚姻前から知っていたし、べつにロシア人がロシアの与党ベッタリであることが悪いとも思わなかったし、というかプーチン以外にあの大国の党首が務まる人もいないと考えていたので、別にどうでもよかった。どの、政党を支持しているかどうかは友達になるときに考えないよね。


ただ、この戦争が開始してから事態は変わった。

夫が戦争を美化し、戦死してるロシア兵を報道で見ては「国のために捧げてくれている」とか「脳無しゼレンスキーのせいだ」とか

戦死または殺されているウクライナ人を見ては

「脳無しゼレンスキーのせいで彼らはもっと泣くことになる」「早く降伏しろしウクライナ人」

と言っている。私は頭がイカれそうである。


いや、私は生まれながらにイカれているが、

最近はしばしば、思考停止に陥り、言葉として声で発するのも億劫になり、この夫の戦争美化にはもう反論する元気もなく、ただラジオ放送のように聞いている。

きっとこの状態が何年も続けば私も洗脳されてしまうのだろう、と思うことがある。

先日はNHKのドキュメンタリーで、ウクライナ戦争の映像を見た。大きな液晶で見るから、日本語がわからない夫も、映像を見ては口を挟む。


「これは演技だ」、「あたかもロシアが悪者」、「ウクライナは物資がないから冬になれば凍死する。さっさとロシアの言うことを聞け」、「バイデンは冬の大統領選のために気張っているだけだ」、「半年後世界が一変する、全世界がロシアが正しいと気がつく、ウクライナに騙されていたのだとね」、「ロシアが本気になればロンドンにだって侵略可能だ、世界は第3次世界大戦を始める準備をしている、ロシアを割譲だなんてムリに決まっているだろう」、「プーチン万歳」、「ナチはウクライナ人」


などなど、もう私は聞いていられない言葉を大きな声で発する。それはまるで、映像でしかみたことないけれど、ヒトラーの演説。そしてテレビを勝手に消しては、国営放送のYouTubeを見せてきた。そこには頭を割かれた男が映っていて、これはウクライナ人?と私が聞くと、

「ほら!おまえもか!可哀相な立場にあるのがウクライナ人だというプロパガンダが世界中で成り立っている!これはロシア兵だ!」

と騒ぎ立てた。私は思考停止しているので、返すことばもなにもなく、流していた。

アタマのどこかで、これが夢であってほしい、あるいは白黒映像の映画ワンシーンであってほしい。と思っているのだろう、きっと私は。


娘の洗礼父は私の親友で、夫とは小・中学校一緒だったがあまり仲が良くない。

それはやはりその洗礼父は戦争反対で

ロシアが日々日々世界から隔離されていることを感じられる頭があるからなのか

いや、夫が頭が悪いと言っているわけではない。なぜ、国営放送を鵜呑みにしてしまうのか。ロシアの国語教育は教科書を見ていても、悪くない、日本より格段に難しいし、深い。読解力が鍛えられる、なのになぜ、国営放送だけを信じてしまうのだろうか。


洗礼母は、「早くロシア兵が勝って戦争がおわらないかしら」と言う。同じようなもんだ。。


取り留めのない文書をここに残しておくことにした。この戦争が終わることはあるのだろうか、あったときにこの記事を自分で読もう。どういう心境にあるだろうか、そのとき。


戦争は八年続いているが、プーチンが引き起こしたこの過ちを、国民が理解することは永遠に無さそうだ、夫然り。