天災から与えられた彼との時間 | Tへ

Tへ

ブラックタイガーに濯ぐ .◦☆* 。*◦*~♪

Tが退院する朝はシトシトと雨が降っていた。

タクシーを呼んで乗るにも車内を汚してしまうから

傘を持たずに迎えに行くことにした。

自宅前まで来たタクシーの運転手さんが

玄関から車まで傘をさしかけてくれた。

そんな身分ではないのに丁重に扱われてとっても嬉しかった。

Tはタクシー会社の方にも良く知られている。

だから電話1本で何も告げなくてもすぐに来てくれる。

とても助かるし楽だった。

彼の入院している棟に着いてすぐにTの部屋を目指した。

ノックをしてドアを開けたら

私服に着替えた彼が荷物をまとめて座っていた。

顔色も良く帰ることが相当嬉しい様子だった。

薬を処方してもらうまで時間もあるので

売店でお茶を買ってきてTの部屋でのんびりした。

入退院を何度も繰り返してきたけれど

やっぱり退院するときに病院へ向う足取りは軽い。

入院している部屋は清掃もされるし

暖かくて居心地が良い。

Tの家もそんなふうにできたらなと夢に見る。

中々整わない暮らしは

掃除が追いつかないのが原因でもある。

お金があれば業者に依頼できるけど難しい。

家よりも病院の方が充分快適なはずだった。

それでもTは入院を嫌う。

帰りたい帰りたい、もう無理、限界と

大げさなほど退院したがって医師や看護師を困らせていたっけ。

病院を後にして帰宅したら2人で買物に出かけた。

彼がいないと小さな冷蔵庫は空っぽになってしまう。

Tが入院中は食料の買い出しに行かれない。

歩いてスーパーへ行くことも億劫になっていたから

家にある沢庵やしば漬けを食べて凌いでいた。

久し振りの買物で狭い冷蔵庫が細やかに埋まる事が嬉しかった。

すき焼きの材料も買ったけど

疲れて横になってしまい作ったのは翌日だった。

安くて薄いアメリカ産の牛肉は

脂身が多いほど柔らかいので、あえてそれを使った。

病み上がりで完食は無理でも時間をかけて

ゆっくりと吟味しながら食べてくれた。

残りにうどんも入れた。

軽めによそったら執拗に汁を飲み干していたので

もっとよそってあげれば良かったかもしれない。

ハッピーのご飯もなくなりかけていたので

Tに伝えて調達しに行った。

いつものスーパーではない所で購入するので

歩いて行くには遠い場所だった。

家を出るときから空模様が悪く本降りだった。

店について会計を済ませると

外は土砂降りの大雨で視界も遮られるほどだった。

突如、落雷があり店の電気が真っ暗になった。

無理に帰るのは危険と察して

店内のベンチに座り雨脚が緩むのを待つ事にした。

販売機の飲み物は全て冷たい物だったから

私だけ隣接のマクドナルドにホットコーヒーを買いに行った。

停電でレジは動かず店員さん達が戸惑いながらも電卓で対応してくれた。

ホットコーヒーを手にTと2人ベンチで過ごす。

もうずっと共に外食などしていないだけに

こんなひとときさえ新鮮に感じる。

マクドナルドのコーヒーなんて10年以上ぶりだった。

120円のホットコーヒーは挽いた豆であるだけに

香ばしくて香りも高くとっても美味だった。

ベンチに座り販売機を見上げながらコーヒーを口にする。

屋外の激しい雨音も少しばかり肌寒く感じるこの場所も

温かいコーヒーが優しく穏やかな空間へと導いてくれる。

雨が小降りになった頃に店を出た。

その途中に寄った店も停電していてレジが使用出来ない様子だった。


「帰ったら家も停電してるかもね。」


Tに告げたら笑っていたけど

帰宅すると家中の電気全てが停まっていた。

しばらくハッピーと遊んでから

飲み物を片手にTの部屋で復旧を待った。

信号機さえ停まってしまい警察官の方が

雨の中誘導していたから地域一帯がそういう状況の様子だった。

いつもならTと2人で動画を見て過ごすけど

それが出来ないから話題を振って話し続けた。

声は出なくても相づちは打てる。

声は出なくても笑ってくれる。

声は出なくても筆談やジェスチャーで話してくれる。

あたりまえでは無い日常が

あたりまえに変わっていく。

Tの部屋の窓から遠く見える信号機が

真っ暗なままなのを気にかけながら

他愛のない話をして過ごす時間。

停電した部屋でいつになく沢山話せた気もする。

遠くに見える信号機に灯りが灯ったら

再び会話は途絶えてしまうかもしれないけれど。