静かな車内 | Tへ

Tへ

ブラックタイガーに濯ぐ .◦☆* 。*◦*~♪

考えてみたら今日は病院の日だった。

お米を炊く間もお弁当を作る時間も無く

Tと遠い病院へ向う。

何度この道を往復したことだろう。

以前は車内で沢山話しながら通ったけれど

今は無言のまま向う。

外の景色は何も変わらないのに

私たちの関係は昔とは違う。

言葉を交わせないから

ただ黙って前方を見ながら

頭の中は他のことを考える。

時折

Tの気管孔の痰が詰まるから

ティッシュを渡したり

ただそれだけで会話の出来ないもどかしさを感じる。

仕方がないで済ませたくはない。

両手がハンドルで塞がっていたら

電気式喉頭で咄嗟に話すなんて無理だし

笛式喉頭も無理だから

これで良いなどと思わない。

やるせない思いや哀しい気持など通り越して

辛うじて絶えているけど

何故、日本は遅れているのだろう。


シャントの手術は欧米ではあたりまえなのに

日本の病院は躊躇するところばかりだった。

装着する器具が直径14㎝だから12.7あまりのTの穴では無理だとか

それならば穴を広げればいいだけのことなのに

理由をつけて手術を拒まれる。

駄目元でもやらないよりやって欲しい。

声を発せないことが

どれだけ日常生活に支障を来すか

さらに心さえ蝕まれていく。

何が何でも手術して欲しいと願う。

やらないよりもやって駄目なら納得がいくけれど

やらずに却下されるのは納得がいかない。

二度の舌ガンに罹患して声帯麻痺になり

本人曰くモンスターのようなガラガラ声になったけれど

今ではその声さえ失った。

Tの口の中に空気を入れたら

音を発することは出来る。

私の知る彼の声よりもっと高い声だった。

それが本来のTの声なのかは定かではないけれど

きっとそうだと思う。

シャントをしても声は出ません。

以前、紹介先の大病院の医師は私にそう言った。

でも食道発声で数ヶ月練習したら声が出るかもしれません。

・・・

医師の言葉に疑問を抱く。

声は出ませんと言いながら出るかもしれないと言う矛盾。

それならシャントをしても出て当然だと思う。

医者の権限で断定したことを言っているけれど

空気が入って声が出ているのに

声は出ませんとか素人だと思って

いい加減にあしらわれているのが解った。

きっと

Tの主治医を敵に回したくないのかなとも感じる。

医師という立場も大変だと思うけど

素人でも分る矛盾点に馬鹿にされているような気持にもなる。

医師の言葉を辿れば明らかにおかしいし

きっと深く追求して問い質せば

Tにとって不利になるばかりだと思い黙ったけど

納得はしていない。

シャントを斡旋してくれている病院を探して

諦めずにいきたい。

そんな事を考えている間に

病院に着いた。

声とは別に定期的に通院している病院だった。

Tの診察後に先生と個別に話をした。

とても良い先生で親身になって相談に乗ってくれる。

Tの深夜の爆音についても伝えた。

話したところで解決には至らなくても

心が穏やかになっていく。

処方されている薬が強いせいもあるかもしれない。

1人で抱え込むには重い状況であれば

先生の所でヘルパーさんを出してくれるそうだったけど

もう少し頑張ろうと思う。

その後

買物をして帰宅した。

食欲は無い様子でTは何も食べない。

私の酎ハイを少し分けてあげたら

気分が良くなったのか

私が食べかけていたお菓子のじゃがりこをつまみはじめた。

様子を見ていたら完食してしまった。

天ぷらうどんを作ろうかと聞いたら

食べると言うから作ったら

それも時間をかけて食べてくれた。

逆流は一度だけあったけど食べられた様子だった。

おやつに買ったえびせんもポリポリとつまんでいた。

今夜はだいぶ食べられたようで安心する。

お腹が満たされたのか

本人はとっくに寝てしまったけど

食べてくれて良かったと思う。

そう言えば今日

病院から帰る道で

目の前を白鷺が横断していた。

ゆっくりのんびりと

私たちの乗った車が近づいても

知らんぷりで

マイペースに渡っていく。

そんな様子を目にして

何となく心が和む様な気分だった。

ずっと無言でいた車内に

一瞬

穏やかな空気が通り過ぎていった。