ユノから返信が来たのは、午後の業務もひと段落し、女子社員の一人がどこかへ旅行に行ったとかで皆に配っていたお土産のお菓子をつまみながら、コーヒーを飲んでいる時だった。
『今夜は警備課の上司の誘いで食事して帰ることになった、ごめんな』
警備課の課長はユノの父親で、そのせいか同僚から飲みながら悩みを相談されたり、他の上司から飲みに付き合わされるのはよくあることだった。
真面目でテコンドーの有段者で警備課のホープなのだから、ユノが上司から期待されているのは、他の課の人間でも分かるくらいだった。
だから、「飲みに行くから夕食はいらない」ということはよくあるのだが・・・・。
先ほどのエナと話をしているユノの姿がジェジュンの中で引っかかって、どうしても終業後の約束へと結びつけてしまう。
気付くと、エナを仕事中なのに何度もチラ見してしまって、その度に自己嫌悪に陥っている。
特段変わった様子の無いその姿に『さっきユノと話していたよね?』と直接聞いてしまいたいが、噂好きな女の子たちに変に勘ぐられる危険を考えて、その衝動をぐっと堪えた。
何となくもやもやしながら帰路についた。
食事の準備をしていると、インターフォンが鳴り、チャンミンを迎え入れた。
「ユノは警備課の上司に誘われて食事してくるって。チャンミンは誘われなかったの?」
「僕は誘われませんでしたよ。それより、今日のメニューはなんです?」
昼のことがあって、本当に上司からの誘いなのかさりげなく探りを入れてみたのに、あっさりかわされた。
やはり空腹のチャンミンは食べ物以外に興味はないのだろう。
作りすぎたかな?と思った料理をあっさり平らげたチャンミンはご機嫌で帰っていった。
冷蔵庫の中は整理できたが、ジェジュンの頭の中はぐちゃぐちゃしたままだった。
夜遅くになってユノが帰ってきた。
シャワーを浴びた上半身裸のユノが寝室に来ると、ベッドの中で眠りにつきかかっていたジェジュンの髪をゆっくり撫でた。
「おかえり」
小さい声で呟くと、「ごめんな、起こしたか?」というユノの優しい声が耳のすぐそばで聞こえて、目が合った同時に唇を奪われた。
最初は優しくゆっくり舌でなぞっていたが、徐々に激しくなり、ユノの大きな手で頭を固定されて唇に翻弄される。
同時に荒くなる息遣い。
遅くなったわりに酒臭くないな、とジェジュンは思った。
上司の手前そんなに沢山飲むことも出来なかったのか、守らなければならない女性と一緒だったから控えたのか。
自分の中にいつまでも疑念が拭えず、でも昼間のことも聞けずにいると、ユノの唇が口を離れ、首を優しく吸い始めた。
慌てて手で肩を押し返す。
「つけるなっていつも言ってるだろ」
いつだか首筋につけられた赤い痣が、ちょうとYシャツの襟から隠れずに見えてしまって、絆創膏を貼って出社したら却って目立ってしまい、みんなに突っ込まれて『虫刺され』を通し、恥ずかしい思いをしたことがあった。
それから『見える所にはキスマークをつけない』というのが暗黙のルールだった。
「いいじゃん、明日は休みなんだし」
確かに明日は土曜日だが、2日でキスマークが消えないことはもう分かっている。
反論すれば『薄くなれば誰も気づかないだろ』とか『キスマークだってはっきり言えばいい』とか言うのだろう。
ユノは割と頑固だししつこい。それがセック.スにも表れている。
『まぁ、そんなところも好きだし、執拗に追いかけてくれたから今の自分たちがあるのだけど』
心の中で苦笑して、両腕をユノの首に絡めた。
自分からゆっくり引き寄せて口づける。
触れるだけのキスをしてユノの目をじっと見れば、真っすぐに見つめ返してくる。
ベッドサイドの小さなオレンジの光が、黒い瞳を揺らめかせていて、とても綺麗だと思った。
やましいことをしている男なら、こんな風に真摯に見つめることなど出来ないだろう。
もう疑ったりするのはやめよう。
ユノが好きで、ユノも自分を好きでいてくれる、それだけでいい。
「愛してる」
目を見つめたままでは恥ずかしすぎて言えないから、首を引き寄せてそっと耳元で囁く。
それが起爆剤となって、再びユノに唇を奪われたが、今度は痛いほど舌を吸われ、そのまま再び荒々しくキスされ、ユノのペースに呑み込まれる。
精悍な顔立ちに、すらっとした長身に硬派で男らしい性格。
高校生の頃からユノは女子にも男子にももてた。
―――ユノと付き合いたい女の子ならいくらでもいるのに、なんで俺なんだ―――
何度考えただろうか。
高校生のとき、学年一の美少女であるソヨンがユノを好きだと知ったあのときも、何度身を引こうと思ったか。
それでも、ユノはジェジュンがいいと言い、拒んでも逃げても追いかけてきた。
いや、ずっと密かに想い続け、見守ってくれていた。
自分の命を危険に晒しても、そばにいて、自分を理解してくれるのはユノだけだと気付いた。
だから・・・・
『もう失いたくない。ユノは俺のものだ、誰にも渡したくない』
今ははっきりそう思う。
「あぅ・・・・・っく・・・んっ・・・ユノ・・・あっ・・」
汗ばんだ身体を激しくぶつけられながら、奥を突かれて喘ぎ声がこぼれた。
身体が内側から蕩けていく。いっそこのまま溶けてひとつになってしまえばいいのにと思う。
そうすればもう嫉妬なんて下らないことで悩んだりしないのに。
それから数日経って、ユノがエナと会社で話しているところを見ることはなかった。
もしかしたらメールしているのかもしれないが、いつもと変わりないユノを見ていると、疑う気持ちも鎮まっていった。
もしかしたら自分の中で考えないようにしていたのかもしれない。
「ジェジュンヒョン、おはようございます!」
いつものようにチャンミンがジェジュンの席に顔を出した。
「おはよう、チャンミン。なんか良いことあった?」
いつもより声が明るい気がしてジェジュンがチャンミンを見上げると、ふふんと鼻で笑ってから
肩をポンと叩かれた。
「ヒョン、今日が何の日か分かってるんですか?」
「え?なんだっけ?」
ジェジュンがそう言うと、大げさにため息をついて、眉毛をハの字にして項垂れた。
「まったく、これだからセレブってやつは困りますよ」
欧米人のように両掌を上にあげてやれやれと言った。
「誰がセレブだよ。親から援助なんて一切受けてないからな」
「あー、冗談ですよ。すみません。
ヒョン、今日はボーナス日ですよ?忘れてたなんて言わせませんよ」
口は笑いを我慢してるのだろうけど、目は思いっきり笑ってるチャンミンを見て、可笑しくて声に出して笑った。
冬のボーナスを忘れていたというより、他に気になることがあっただけだ。
「今夜は僕がヒョンたちを奢ります!いつもお世話になってるので」
ドヤ顔でそう言ったチャンミンを見て、素直に可愛い後輩だとジェジュンは思った。
『いつも家に呼んでご飯を頂いたり、奢ってもらってるお礼だ』と、チャンミンはユノとジェジュンを外食に誘った。
「嬉しいよ、ありがとうチャンミン」
チャンミンの好意に素直に甘えることにして、そう笑顔で返せば、チャンミンもまた微笑み返した。
その人懐っこい笑顔があまりにもキラキラしていて、ジェジュンは『自分が女なら、たった今チャンミンに落ちてるだろうな』と思った。
これだけ整った容姿をしているのに、奥手なために彼女がいないチャンミン。
いつだか恋愛の話になったときに、女性と話すのに緊張して顔が強張ってしまうとか、自分から誘えないというようなことを言っていたのを思い出した。
慎重で真面目だからこそ、軽い気持ちで誘うのが苦手なのだろう。
自分に向ける屈託のない笑顔を女性にも向けることができたら、みんな胸を射抜かれてすぐに彼女なんかできるのだろうに。
「夕食のこと、ユノヒョンにもお伝えください」
そう言うとチャンミンは警備課へ帰っていった。