「ジェジュンさん、警備課のチャンミンさんと仲良いですよね」
隣の席の同僚に突然話しかけられて、豚肉を使ったメニューを色々考えていたジェジュンはハッと我に返った。
エナという名前の20代の女性の同僚だ。
総務課はもともと女性のほうが男性より多い。
事務仕事が多いことと、仕事内容に細かさや丁寧さが求められるからなのかもしれない。
エナは、チャンミンのことが気になっているのだろうか、頬を赤らめており照れているようだった。
「まぁね、幼馴染みだからね」
「あれ?警備課のユノさんとも幼馴染みでしたよね?」
どこから情報が漏れたのか、色んなことを知ってるんだなと思ってぎくりとした。
「そうそう、ユノとチャンミンと俺は地元が一緒なんだ」
ユノと幼馴染なのがチャンミンのことなのか自分のことを聞いているのか分からなかったが、どちらでも間違いではない。
「そうなんですか。だからよく3人で一緒にいるんですね」
うふふと笑うエナに、「腐れ縁でさ」とあははっと苦笑いで返して、すぐにメールチェックの続きをすべく、パソコンに目をやった。
エナが興味あるのは一体誰のことなのか。
女性の噂はとても怖い、この子はどこまで知ってるのだろう。
エナはしばらく何か言いたそうな視線をジェジュンに向けていたが、気付かないふりをした。
なるべく自分たちの情報を漏らさない、それがトラブル回避の秘訣だ。
ユノとチャンミンは警備課のホープだし、女性が放っておかない容姿だ。
「綺麗」と昔から言われてきた自分の3人が一緒に居るだけですごく目立つ。
もう目立つのは嫌だ。
只でさえユノと自分の関係は「普通」ではなくて、それは周りには絶対にバレたくない。
時が来たら親兄弟だけには告げなくてはいけないかもしれないが、今はまだ「その時」ではない気がする。
芸能界を引退した今は、なるべくひっそりと生活したい。
ユノと2人で静かに仲良く暮らしていければそれでいいという、ジェジュンの願いはとてもシンプルだった。
午前中の業務が終わり、昼休みの社員食堂は混雑しており、人でごった返していた。
注文した料理が乗ったトレーを持って、ジェジュンが空いてる席を探していると、「ヒョン!こっちこっち!」と呼びかける声がして、そちらへ目をやると、席に座っているチャンミンが大きく手を振っていた。
チャンミンの前の席が空いており、ジェジュンはありがたくその席に座ることにした。
「サンキュ」
礼を言って、椅子に座りトレーを置くや否や、チャンミンの視線はすぐにジェジュンのトレーの中に注がれた。
「ヒョン、今日はビビンパですか。それもおいしそうですね、一口・・・」
許可する前にスプーンが伸びてきて、ほかほかと湯気が上がるビビンパを掬い上げ、大きな口に運ばれていくその様子をジェジュンはあっけにとられて見ていた。
「おまえ、自分の食事の量知ってる?」
チャンミンのトレーにはジェジュンの倍の皿やお椀が乗っており、それらをもうほとんど平らげていた。
「相変わらずすごい食欲だよね」
ため息と共に言うと、チャンミンが微笑んだ。
「ま、今に始まったことじゃないけどさ」
学生時代からチャンミンの食欲はすごかった。
ユノと一緒に、地元では『厳しい』と評判の道場でずっとテコンドーを習っていたから、運動量は相当なもので、只でさえ食べ盛り伸び盛りのチャンミンはいつもお腹を空かせていた。
大人になっても食べる量は変わらず、このままだと太るぞといつも脅しているが、食べても太らない体質なのと、警備課という体を使う仕事だからか、チャンミンのスタイルはキープされているようだった。
大食漢のチャンミンを満足させる為に、ジェジュンが改めて今夜のメニューに頭を悩ませていると、食堂の入口にユノを見つけた。
これから食事なのだろうか、トレーを持って配膳の列に並ぼうとしているところだった。
目で追っていると、一人の女性が近づいてきてユノと話し始めた。
すぐにエナだということが分かった。
朝、ユノのことが話題に上ったばかりだったので、ジェジュンは気になって目が離せなかった。
初めは笑顔で話していた二人が、次に真剣な顔になって、そして携帯電話を取り出して連絡先を交換しているような素振りを見せた。
『何を話しているのだろう』
そう思っていると、エナは小さくお辞儀をして食堂から出て行った。
ユノはジェジュンには気付いていないようだが、エナが去ったあと、こちらの方向に振り返った。
視線が釘付けになっていたことに気付いて、ジェジュンはサッとユノから目を逸らした。
ジェジュンの気配を誰より鋭く感じ取るユノは、ジェジュンが見ていると、その視線に気付くことがほとんどだ。
トクトクと心臓が早く打つ。
平常心を装いつつビビンパを口に運ぶ。
チャンミンがなにやら話しかけてくるが、上の空だった。
ユノはどこか空いた席を見つけたようで、トレーを持って移動すると、ジェジュンに背を向けて座った。
仕事上のやりとりかもしれない。もしかしたら知り合いかもしれない。
でも、プライベートである携帯電話の連絡先を教えるなんて、よっぽど深刻な相談なのだろうか?
『ダメだ、ダメだ』
気付くとエナとユノのやりとりの様子を何度も思い出して、憶測をめぐらせてしまっていた。
それを振り払おうと、自分の頬をぺしぺしと叩いていると、チャンミンに訝しがられた。
「ヒョン?なにやってるんです?妄想ばかりしてるとイタいやつだと思われますよ」
普段は年下の特権とばかりに懐いてくるチャンミンは、実はSっ気があって、ジェジュンの行動に度々突っ込みを入れていた。
「妄想なんてしてないよ」
「そうですか。あ、そういえば、まだユノヒョンに今夜のこと言ってないんですよね。今メールしちゃいますね」
「いいよ。俺がしとくよ」
スマホを取り出したチャンミンを阻止し、自分のスマホのメール履歴を開いた。なんとなくユノと繋がりたくなったのだ。
同棲しているからメールはほとんどが一行か二行で終わる。
「今から帰るね」とか「今夜は残業で遅くなる」などだ。
ユノからもらった一番新しいメールも、昨夜の「少し残業してから帰る」だった。
そのメールに返信ボタンを押し、内容を考えた。
『さっき食堂で見かけたけど、うちの総務の子と知り合いなんだね』
そんなあからさまで女々しいメールはできない、と思った。
本当はすごく知りたいけど、ユノにだってプライベートを守りたいという気持ちはあるだろう。
同棲してるからこそ、一人の時間だって大切にしたほうがいいし、交友関係まで全て知り尽くしていたんじゃ息が詰まるだろう。
関係を長続きさせるためには、やっぱりある程度の自由は必要だし、お互いを尊重して信頼しなきゃいけない。
「今夜、チャンミンがうちに来るって。3人でご飯を食べることにしたよ」
簡単に用件だけを打って送信した。
ユノは食事中だからかメールには気付いていない。
そのうち返事が来るだろうと思い、チャンミンと一緒に食堂を出た。