昨夜大きな余震がありました。

余震というか…。
11日の揺れと同じような揺れだったように感じました。


まず本日のマルシェですが、

工場のある若柳は現在も停電です。

復旧次第、マルシェに行きたいと思っていますが、まだ未定です。

申し訳ありません。


電気が来ても、高速がつかえるか…


お待ちください。


これは
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今朝の空。
雲がまっすぐ直線になっていたんです。
なんだか不思議な空でした。


私の家はまた大きな揺れであちこち倒れ、停電しました。

備えていた物が役立ち、すぐに外避難しました。

枕元の懐中電灯、玄関のコートと靴。


要注意の黄色い紙が貼られているマンションなので、そのまま避難所に避難しました。

寒かったです。

3時に太白区役所から支援物資の毛布と食べ物が届きました。


朝日とともに目覚め、帰宅し、先ほど7時半ころ電気がつきました。


こわいですね。


どこかの地震の時に、26日後に最大余震がきたと聞いた矢先の出来事でした。


自宅でのこの震度ははじめて。
すごかったです。

揺れている間はなにもできず、ただただ娘を抱き抱えて布団の中にいました。


これ以上大きな地震がありませんように…
震災からもうすぐ1ヶ月が経とうとしてます。


私の中ではあの日から時がとまっているような。

そんな毎日ですが、
仙台市内では一日一日といろんな場所が復旧されているように感じます。


先週からかのんぱんも
『負けないぜ!宮城』と言う言葉を掲げて、
マルシェに復活!出店しました!


たくさんのお客様にご来店いただきありがとうございました。

やっぱりココ!マルシェです!!

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(ちょっと変な?!アングルですが工房長が撮った一枚です!)

今後もみなさんとともに街の復興に向けて歩んでいきたいと思っております。


今週も出店します!

7日(木)
8日(金)
9日(土)
10日(日)


今月は木~日のマルシェすべて出店予定です!

たくさんのみなさんにお会いできること楽しみにしています。


街のあちこちで見るポスター。
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仙台市内では、お店や建物の改修工事や補強工事などが進んでいます。

みんな前に進もう!と頑張っています!

あちこちのポスターに励まされる毎日です!

そして…
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これは先日4歳の娘が書いて壁に貼っていたものです。

『がんばろう、にっぽん』と書いてありました。

下には虹の絵。

『ママ!みて!』
とうれしそうに見せてくれました。

小さいながらも毎日TVを見て色々感じているようです。

避難生活を一日だけですが経験した娘。

今も避難所生活を送るみなさんの映像をみて

『ママ、おうちが津波で流されたんだって。うちに来て住んでいいですよって言いにいこうか?』

と言っていました。


『じしんでくるまがなくなったんだって』

とか

『まだガスきてないからお風呂はいれないんだって。』

とか。

一生懸命、震災のニュースを見ています。


色々思うことはあるけど、
子どもでもできる限りわかる範囲でいろんなことを伝えていくことも大切なんだと感じています。

経験が人の心を育ててくれる

辛い経験をしたからこそ、人の傷みを感じ、思いやりの気持ちがよりいっそう生まれる


大切なことを知る毎日です。
余震が続いています。

夜は特に…動いていないので揺れに気づくことが多いです。


地震の日から夜、遮光カーテン閉めることができません。

もし地震がきたらと思うと少しの月明かりも大事です。


リビング廊下の扉も閉めることができません。

うちのマンションは扉がゆがみ玄関があかなくなった家が多々あるので。


それから、枕元には懐中電灯とめがね、携帯を置いています。

携帯はすぐに持ち出せるように、差し込まずに卓上タイプで充電しています。

コートは玄関にかけて、避難用のバックも玄関横においています。

靴もすぐ履ける物を出しています。

懐中電灯は、単3のものを用意しました。

単3の電池はあらゆる物で使っているため、懐中電灯の電池がきれてもTVのリモコンからぬきとったりと代用できるのです。
(私の自宅は5日目で電気がきました。)


地震のあと、自宅に戻ったら、避難用グッズがタンスの下に。

余震が続く中、取り出せませんでした。


すべてのものが倒れたので娘の服も、私の服も、何も取り出せませんでした。


キッチンも棚が倒れ食器なども散らばっていて入れませんでした。

棚の奥に冷蔵庫があったので食べ物も取り出せませんでした。


唯一、持ち出せたのが毛布とお菓子。

それから、車のトランクに入れておいたもうひとつの避難グッズ。


それらを持って避難所に向かいました。



宮城県沖地震は私が生まれてすぐだったので、大きな地震ははじめてでした。


もう一度必ず来ると言われていたので、なんとなく覚悟と用意はしていたつもりでした。


でも経験して、必要な物や、どう行動すればいいかが少しわかった気がします。


5日間ライフラインすべてなしの生活。


うちには卓上ガスコンロがありませんでした。


懐中電灯は用意していたけど、子どもが遊んだりしていざというときにどこにあるのかわからず。

コンロも購入しました。

食器もほとんどが割れましたが、上の方にはもう置きません。

残った食器は下段にしまいました。



経験したくは、なかったけれど、してしまったからには全うしなければいけない。


TVでは震災の報道が少なくなっているけれど、被災地では日を増すごとに厳しい現実に直面していると思います。

日本以外からも各国からたくさんの手がさしのべられています。

仙台空港は米軍の方々が力をかしてくださったそうです。

たくさんの支援が被災地に笑顔をくれています。

でも
命が助かった先には、たくさんの問題が出てくる…。

大きな問題は個人やボランティアの力ではどうにもならないこともあります。



今日みたTVでおばあさんが言っていました

『すべてをなくした。
生きても地獄、
死んでも地獄』と。


哀しい事実は年月が経ってもかわることはありません。

でも、いつか、あのおばあさんに…

哀しみと不安の中にいるたくさんのみなさんに…
笑顔がもどることを願わずにはいられません。
本日19日ぶりに都市ガスがきました。


仙台市の都市ガスは使えない状況でした。


先週くらいから一般家庭に徐々にガスが来るようになってきました。


まだガスがきていないところもたくさんあります。


一件ずつ点検しながらの作業。時間がかかるのは当然です。


今日の南仙台西側、ガス局の方がたくさん歩いていました。


うちに来てくださった方は鹿児島からの応援だそうです。


『大変ご迷惑をおかけしまして申し訳ありませんでした』

と二度も頭を下げて…。


とんでもない。

こちらこそ、鹿児島からありがとうございます。


感謝です。


友達の家に来てくださったガス局の方は大阪からだったそうです。





ガスなしの生活に慣れてきました。

料理はレンジで下ごしらえを卓上ガスコンロで仕上げ。

ホットプレートや電気ポットも活躍しました。


お風呂はオール電化のお宅を借りて今日までに2回入りました…


電子レンジでタオルを暖めて体をふいたり。

ポットのお湯で洗ったり。


できないこともない。


でもそれは、電気と水道がきてくれているからです。


電気もガスも水道もこなかった5日間はやっぱり大変でした。


今もライフラインがない生活をしている方がたくさんいます。


一日も早くライフラインが復旧することを願っています。

ガソリンがきました!


マルシェに出店復活デス!!


4月1日(金)
4月2日(土)
4月3日(日)


マルシェ会場にてみなさんにお会いできることを楽しみにしていますニコニコ




南仙台駅踏切にずっととまったままだった貨物列車。18日間。

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本日、動きました。

ヘルメットをかぶった方達が頑張っていました。

JRが少しずつ動き出しています。


人の手によって、復興に一歩一歩。

確実に前に進んでいます。


ものすごいダメージを受けていた場所も、修繕されていってます。


ひとりじゃ時間がかかることもたくさんの人がいればこんなにも早く修繕されるんですね。


みんながいれば大きな力になる。


それが目に見える毎日です。



復興へ!!