去る10月11日に韓国主催の国際観艦式がありましたが、招待されていた日本の海上自衛隊は参加を見合わせました。事前に韓国側から「自国と韓国の国旗だけを掲揚する」ことを要請されたのに対し、「海上自衛隊旗の掲揚が自衛隊法で義務付けられている」として参加見合わせを決めたのでした。しかし実際には当日参加した10ヶ国中8ヶ国が海軍旗など国旗以外の旗を掲揚していたと言うのです。あまつさえ主催国である韓国も「抗日の英雄である李舜臣を称える旗」を掲げていたとのことです。

 これは偏に主催した韓国の(故意?)不手際であり、日本政府が「極めて残念」と抗議したのは当然のことでしょう。しかしこのそもそもの原因は、陸海自衛隊旗である旭日旗が旧日本軍の軍旗とそれぞれ酷似していることではないでしょうか。これらの旭日旗は韓国民の間で「戦犯旗」と呼ばれて反発が強く、韓国政府がトラブルを避けようとした結果の様に思えます。

 これを日本と同じ第二次世界大戦の敗戦国であるドイツに置き換えてみましょう。そのドイツ軍が今もナチスのハーケンクロイツ旗に酷似した旗を掲げているようなものではないでしょうか。およそ欧州各国では受け入れられないし、ドイツ自身もナチス法で固く戒めているところです。

 ドイツが欧州で許され、今や政治と経済の両面でリーダー的存在になっているのに比較して、日本はアジアで許されていません。村山談話や河野談話などで反省と謝罪を重ねてきましたが、不十分です。受け入れられていません。本心からの謝罪と受け取られていないのです。最近の慰安婦問題では「お金で解決」しようという態度と思われています。お金と手紙ではなく、総理大臣が被害者やその遺族に直接会って謝罪しなければなりません。或は被害者の墓前に膝まづくべきなのです。徴用工も同じです。南京事件も同じです。

 そして陸自旗と海自旗を旭日旗から全く違う物に替えましょう。既に空自旗は青色を基調とした全く別物なのですから…。

 本ブログ内で上記の論旨に関連する投稿を下記に掲げますのでご参照下さい。
https://blog.goo.ne.jp/kanohta/e/070827c113c6b0f9271786909da9f2d4 何時まで詫びれば良いのかへの回答
https://blog.goo.ne.jp/kanohta/e/6cb354d694bf566716f245b6e1406732 慰安婦像問題の底流
https://blog.goo.ne.jp/kanohta/e/4312a1dc3eb50141dc045f201fefcc7e 賞賛 鳩山元総理
 沖縄県知事選挙もあと1週間後に迫りました。普天間基地の辺野古移転に反対するオール沖縄の玉城候補と安倍政権が推す佐喜真候補の事実上の一騎打ちの様相となっています。佐喜真候補は辺野古基地建設に対する旗幟を明らかにしませんが、「辺野古基地建設しか無い」という安倍政権が擁立するのですから建設容認に間違いありません。

私はかつて仕事で沖縄を訪れました。仕事前日の日曜日の正午に那覇空港に降り立ち、観光バスで南部戦跡巡りをしたのです。ひめゆりの塔、摩文仁の丘、中でも最も印象深かったのは旧海軍司令部壕でした。大田実司令官が自決の直前に海軍次官宛に打った電報文が展示されていました。その一部抜粋を以下に記します。

 ……陸海軍沖縄に進駐以来、終始一貫、勤労奉仕、物資節約を強要せられつつ(一部はとかくの悪評なきにしもあらざるも)ひたすら日本人としての御奉公の護を胸に抱きつつ、……一木一草焦土と化せん。糧食6月一杯を支うるのみなりという。沖縄県民斯く戦えり。県民に対し、後世特別の御高配を賜らんことを……
 あれから73年、果たして我日本は大田司令官の願いを叶えたでしょうか。本土決戦を遅らせるための捨て石となって9万4千人もの一般住民戦死者を出した沖縄県に報いたでしょうか。

 現在工事中の辺野古新基地の滑走路の長さは1800m、対する普天間基地のそれは2800mです。これをもって米軍は辺野古基地が普天間基地の代替として不足するとしています。イザという時は那覇空港を使うと言っています。また新滑走路から約1.3kmの地に沖縄高専の海抜約70mの建物があり、滑走路から2.286km以内は海抜55.7m(滑走路の海抜は10m)以下という米軍基準から外れています。更に新基地の海抜は10mであり、これを超える津波や高潮で壊滅する恐れがあります。そして最近、新基地の地下に断層があり、かつ軟弱地盤でもあると判明しました。

 これほどまでに問題だらけの新基地を造りたいのは米軍ではなく安倍政権です。2014年6月、官製談合の疑いのある新基地工事入札で56億円台の予定価格に対し、鹿島建設をはじめとする他社が60億円台以上を提示する中、55億円台で大成建設が落札しました。そしてその大成建設には菅官房長官の子息が社員として在籍していたのです。

 沖縄県の皆さん、オール沖縄に結集して玉城候補を当選させてください。それはこの問題だらけの新基地建設を阻止するという県民の意思表示になります。そしてそれは故翁長前知事の命がけの訴えを叶えることでもあります。

 沖縄県以外の46都道府県の皆さん、オール沖縄にエールを送りましょう。玉城候補を勝たせることは安倍政権に「ノー」を突き付けることになります。そして沖縄に新基地を造らず、むしろこれを減らし、更に植民地扱いの様な日米地位協定を改定する政権に変えていきましょう。それは米軍の規律意識を高め、我が国での米軍に因る事故や被害を激減させることでしょう。そしてそれが73年前の大田海軍司令官の願いに沿い、夥しい一般住民戦死者を出した沖縄の辛苦への報いのひとつになるのでは無いのでしょうか。

 自民党総裁選が1か月後にあります。非自民・反安倍政権の皆さんは投票権も無く、成り行きを指をくわえて見ているしかないのでしょうか。いいえ違います。「安倍政治を許さない」とは俳人故金子兜太氏の遺言の様な揮毫です。この様なビラを手に手に掲げ、連日自民党本部前や各地の同党事務所前を人で埋めて訴えようではありませんか。「安倍政治ではダメだ」と…。

 この訴えが盛り上がれば盛り上がるほど来年の参院選の結果を自民党の国会議員や党員達に暗示することでしょう。「安倍ではダメだ」と…。もしこれに成功すれば次の首相は安倍氏ではありません。国民にとって安倍政治の延長という最悪の事態を免れることが出来ます。

 仮に現在唯一立候補している石破氏が選ばれるとしましょう。彼は不正直・不公正な安倍政治を反面教師とする姿勢を示しています。憲法9条改定は安倍氏と異なり、急がないようですが、もし改定を目指すとしてもトリッキーな安倍案と異なり自民党改憲草案に準拠して明確です。その分正攻法ではありますが、国民投票では否決されるものと思われます。

 とはいえ石破氏も所詮は自民党の政治家であり、国民に害のある緊急事態条項や参院合区解消の為の改憲は急ぎたいようです。我々は先ずは安倍政治を終わらせ、次に立憲民主党を中心とする野党勢力を増やして政権交代を目指さなくてはなりません。
そして集団的自衛権行使容認や所謂戦争法等、国民の大多数が反対する中で安倍政権が次々と強行採決して来た悪法の数々をひとつづつ破棄していかねばなりません。そのためには冒頭に掲げた国民運動が是非とも必要なのです。皆さん今こそ共に立ち上がろうではありませんか!
 原子力規制委員会は現在「日本原子力発電株式会社東海第二発電所の発電用原子炉設置変更許可申請書に関する審査書案に対する科学的・技術的意見の募集について」と題した一般意見募集中です。「設置変更許可」とは稼働後40年経った二号機を更に20年延長稼働するための申請で、規制委員会は先日概ね不都合なしと判断しています。

 数百ページにわたる申請書の中で、申請者である日本原子力発電は地震、津波、火山の様な自然災害から外部侵入者、敷地内への(原子炉建屋直撃でない)飛行機落下炎上などの人為災害まで列挙して対策を講じています。規制委員会もその対策を概ね妥当なものとして評価しています。

 しかし申請者は対策が極めて難しいか、対策に莫大な費用が掛かる様な事態は想定していません。例えば外部からミサイルが飛来して原子炉建屋に激突する事態、テロによりハイジャックされた航空機が原子炉建屋を直撃する事態などです。

 そこで私は昨日概ね下記の様な意見提出をしました。
 1.「『67ページ 2.人為事象の抽出』において外部組織からのミサイルが原子炉建屋を直撃する事態の想定が抜けています。我が国を大混乱に陥れようと企む外部勢力にとって、首都圏にあって半径30km圏内に96万人という国内最大の人口を擁するこの原発を狙わない手はありません。この事態への対策が必要です。」

 2.「『88ページ 発電所敷地内における航空機落下による火災』において建屋外に落ちた航空機の火災への対処は講じています。しかし航空機が原子炉建屋を直撃する事態の想定がありません。単なる墜落事故ならその確率は極めて低いでしょう。しかしテロや自殺など故意のハイジャックでは航空機が原子炉建屋を直撃する確率は100%に近くなります。彼等にとって上記1.と同様この原発を狙うメリットは十分です。この事態への対策が必要です。」

 私は原発技術の専門家ではないので上記2件が規制委員会の要求する「科学的・技術的意見」に合致するかどうか分かりません。或は無視されてしまうかも知れません。しかしそれでも延長稼働に反対する姿勢を示したいのです。もしあなたが私と同じ考えをお持ちであれば、是非同じ行動をお願いします。例えば上記2件の意見とほぼ同じ文章でも良いと思います。勿論あなたが原発技術の専門家であれば更に適切な反対意見を書いて頂けるものと期待致します。

 この意見募集には下記のURLから応募できます。募集期限は8月3日です。どうぞ宜しくお願い致します。
 https://www.nsr.go.jp/procedure/public_comment/20180705_01.html
  
 本ブログでは2016年10月15日に「新潟県民の皆様へ」を掲載しましたが、今回はこの日曜日に投開票される知事選についての同様のお願いです。
 安倍政権と東京電力は与党候補として元副知事を押しています。しかし決して表には立たず、黒子に徹して組織固めをしています。元副知事も原発再稼働推進の立場を隠し、曖昧にして選挙に臨んでいます。
 しかしあの福島第一原発事故の原因解明は未だに為されていません。貞観大津波以来数度の被害実績を基に、巨大津波襲来を予測して原発防潮堤の嵩上げが提案されたのは第一次安倍内閣での国会の場でした。当時の安倍氏は一顧だにせずこれを拒否しましたが、もし提案通り嵩上げをしていたらあの原発事故は防げたことでしょう。まさに人災そのものですが、安倍氏はその責任を取っていません。否我々国民が彼の責任を不問にしてきたと言うべきかも知れません。
 もし原発事故後に国民が安倍氏の責任を厳しく追及していたら、安倍氏の返り咲きは無く、原発の再稼働も無かった事でしょう。政治家の結果責任は厳しく追及されなくてはなりません。さもなくば原発事故のような大事故を未然に防ぐと言う責務への動機を失うのです。
 もし与党候補が勝って柏崎刈羽原発が再稼働すれば、深刻な原発事故の危険性が高まり、核のゴミも確実に増えていきます。

 新潟県民の皆さん、是非とも野党候補に投票してください。そして新潟県内に知人、ご友人の居る全国の皆さん、是非これをその人に頼んでください。事故を起こした東京電力の、しかも福島第一原発と同型の沸騰水型原発の再稼働を阻止することによって、あの時の安倍氏の責任を追及することになるのです。
 どうぞ宜しくお願い致します。
 いま安倍政権は「憲法改正」の目玉として9条に「自衛隊」を明記しようとしていますが、それはこれまでの同政権の常套手段と同様、幾つかの欺瞞に満ちたものです。

 欺瞞の第一は「加憲」の形をとっていることです。現状の9条はそのままに、別項を設けて自衛隊を追記しています。これは「加憲」を主張している与党公明党の協力を得易くする為であり、かつ国民にも安心感を与える為と思われます。しかし法理論的には、相反する条文が追加された時は後から書き加えられた条文が優先します。国民の多くはこれを知りませんが、政権は知っていて隠しています。「集団的自衛権行使の為の実力組織」とは「戦力」に他ならず、その「戦力」を使うことは「交戦権行使」に他なりません。つまりこの改憲が成立した暁には9条2項の「戦力不保持」と「交戦権の否認」は事実上無効になることを見越しているのです。

 欺瞞の第二は「自衛隊の法的位置づけ」です。自衛隊の前身は警察予備隊でした。つまり警察や海上保安庁と同列の行政組織なのです。従って警察や海上保安庁が憲法に記載されていないように、自衛隊も記載されていません。安倍政権は「自衛隊を憲法に明記しても今と何も変わらない」と言いますが全くの偽りです。憲法に明記された自衛隊は警察や海上保安庁とは別格になります。憲法には「内閣」の記載がありますが、「防衛省」は書かれていません。つまり自衛隊は己の上位組織である防衛省を超えて、内閣と同列の位置づけになります。それはもうかつて内閣をも牛耳って侵略戦争を推進した「軍部・軍隊」に匹敵するものではないでしょうか。

 欺瞞の第三は「自衛隊員の命の危険性」です。恐らく国民の多くの「自衛隊」のイメージは2016年3月以前のままでしょう。つまり専守防衛に徹し、国内外の災害救助・援助で汗を流して働き人々の命と財産を守る頼もしい組織です。しかし現在の自衛隊の性格は2年前に施行された「平和安全法制=戦争法」でガラッと変わっています。安倍政権は「自衛隊は今後も戦闘地域には決して入らない」と言っていますが、まやかしです。例え米軍の後方支援=兵站に徹したとしても、敵がその兵站を叩くのは兵法の常道です。そしてミサイルも長距離爆撃機もある現代、「後方」は瞬く間に戦闘地域に変わります。かくして自衛隊が戦火に巻き込まれ、自衛隊員が命を落とす危険性は非常に高くなるのです。 

 この様に嘘で塗り固められた安倍改憲ですが、あなたは賛成しますか?もしこの改憲が成れば自衛隊は事実上の「軍隊」に位置付けられます。志願者減少に伴う徴兵制施行、軍事裁判法制定、軍備拡張、軍産学複合体形成などが進むことでしょう。「靖国で会おう!(注)」海外派遣される自衛隊員同士の間でやがてこんな言葉が交わされるかもしれません。そのような日本の明日をあなたは本当に望むのですか?

(注)「靖国で会おう!」は若い人にはわからないかも知れません。旧日本軍では戦死すると靖国神社に神として祀られたのです。戦地に赴く兵士達が死を覚悟して言い交した言葉です。
 昨年国連本部は核兵器禁止条約を採択しました。 安保理常任理事国を含む核兵器保有国の全てが事実上の反対をしたにもかかわらず、法的拘束力を持つ国際条約が誕生しました。賛成した122か国のうち50か国の批准の後に発効します。発効後は核兵器が国際法上の「不正義」となります。核兵器廃絶に向けた非常に大きな一歩になることでしょう。

 同様にして「国連改革条約」の制定を目指しませんか。その目玉は安保理の常任理事国とその特権である拒否権を無くすことです。同時に安保理は「国連委員会」と名を改め、国連の政策執行機関とします。国連総会は「国連議会」と名を改め、国連の立法機関とします。国際司法裁判所は「国連裁判所」と名を改め、国連の司法機関とします。常設仲裁裁判所、海洋法裁判所、刑事裁判所(ICC)などの機能をこれに含めます。更に「国連軍」を創設します。当面は各国の軍備を借りつつ、速やかに自前の軍備を整えていきます。国連軍の整備が成った後は各国の軍備を縮小していき、最終的には武装解除します。

 第二次世界大戦の惨禍に対する反省から現在の国連が生まれて73年目になります。しかしその間も戦火と紛争は連綿と続き絶えることが有りませんでした。今現在もパレスチナやシリアで戦火が残り、核兵器の使用までちらつかせた武力でクリミヤ半島の帰属が変えられました。ミャンマーやチベットでの人種と宗教に纏わる紛争に苦しむ多くの人々がいます。北朝鮮やアフリカなどに日々数ドル以下の極貧生活に苦しむ多くの人々がいます。そしてそこは独裁政権やボコ・ハラムなどの武装勢力の巣窟なのです。米露など核保有国の核兵器削減は進まず、逆に北朝鮮などで核拡散が進行している有様です。

 国連は結局世界の警察官にはなり得ませんでした。それは安保理常任理事国が持つ拒否権が災いしています。世界中の紛争に対する夫々の利害得失により、特に米露両国による拒否権の応酬で安保理が満足に機能しなかったのです。その結果国連憲章で設けられていた「国連軍」は一度も実現しませんでした。国連創設の2年後に施行された日本国憲法の第9条に代表される非武装・平和主義はこの国連軍の実現を前提にしていたと思われます。

 現在日本では安倍政権が改憲を目指しています。その目玉は第9条の非武装・平和主義を事実上破棄することです。北朝鮮の核武装、ロシアのクリミヤ半島武力併合、中国の軍備拡張など物騒な世界の現状に合わせて自衛隊を戦力化し、軍備も拡張して米軍と共に戦えるようにしようとしています。しかしそれが本当に日本の進むべき道でしょうか。73年前の敗戦時に多くの国民が誓った不戦の決意に対し、後退としか思えません。第9条は人類が進むべき道の真上にあります。その非武装・平和主義を堅持し、むしろ国連を改革し、強化して我が国の安全と世界の平和を維持するべきではないでしょうか。

 一方改革後の国連は世界経済、貧困絶滅、差別撤廃、世界人口、地球環境、地球資源などあらゆるグローバルな問題に取り組まねばなりません。そのためには各国がその主権の一部を放棄する必要があります。例えばタックスヘブンは無くします。また昨年地球温暖化の為のパリ協定からトランプ米国政権が離脱しましたが、改革後の国連では許されません。軍事独裁政権も存在し得なくなります。これら全ての活動資金としては現在の分担金でなく、国連税に変わります。

 現在の欧州連合(EU)は改革後の国連の雛形に近いものです。英国の離脱や反EU勢力の台頭など、今EUは試練の時を迎えていますが、やがてこれを克服し、更に進化した形で発展していくと思われます。改革後の国連もすんなりと収斂することは決してないでしょう。EUよりも規模が大きい分、より大きな紆余曲折が待っているはずです。しかしやがてそれも収斂していくことでしょう。何故ならそれが人類の進むべき道だからです。さもなくば1000年後の地球に人類はいないかも知れません。

 昨年の核兵器禁止条約採択の原動力となったのは核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)でした。一方この国連改革条約採択に向けて原動力となるべきは世界連邦運動(WFM)でしょう。何故なら国連改革の究極の姿が「世界連邦」だからです。中でも我が国のWFMJはその中核を担えるはずです。何故なら我が国は既に衆参両院で「世界連邦推進決議」をしているのですから…。

 昨年の核兵器禁止条約採択の為に人々の心に強く訴え掛けて来たのは高齢の「被爆者」達でした。一方この国連改革条約採択の為に人々の心に強く訴えかけて行くべきなのはパレスチナ、シリヤ、ミャンマー等からの難民達です。更にアフリカやアジアなどで極貧に苦しむ人々です。また欧米諸国に住んでいても人種差別、宗教差別に苦しむ人々です。そして地球温暖化の為の海面上昇で苦しむ南洋の国の人々です。そしてそして…これら全ての為に亡くなった人々の遺族達です。

核兵器禁止条約採択の時と同様、この条約の採択には安保理常任理事国やその意向に従う国々が反対することでしょう。しかし世界の大多数の国々は賛成してくれると思います。核兵器禁止条約採択の時と同様に…。

 世界中の皆さん!戦火と圧政と極貧と差別に苦しむ皆さん、これらすべての為に亡くなった人々の遺族の皆さん、WFMの皆さん!WFMJの皆さん!国連改革条約の制定に向けて力を合わせ、今歩き出しましょう!
 「曲学阿世」という四字熟語は学を曲げて世におもねると読みます。ここで「世」とは権力と言い換えても良いかも知れません。「学」は学説・学識経験ですが真理と言っても良いでしょう。つまり学者が権力者の意向を忖度して真理を曲げ、わが身の保身や栄達を図ることです。ただしこの徒は優れた権力者のもとでは存在し難く、さにあらぬ権力者のもとでは生息し易い徒なのです。

 そこで表題の「曲公阿世」ですが、皆さん初めて目にする熟語の筈です。何しろつい最近の私の造語ですから…。「公」は政治家や官僚・公務員であり、国民全体の為に公正に務める使命を負った人々のことです。最近この「公」が踏み躙られるケースがとみに頻発しています。自衛隊の派遣日報問題、森友学園問題、加計学園問題、斎藤スパコン問題、山口暴行問題、裁量労働制に関わる労働時間データ問題などです。

 これらの問題は政権又は権力者にとって都合の悪い行政文書を隠したり、改竄したり、お友達に不当に利益を与えたり、不当に不起訴処分にしたりして権力者の意に沿おうとしたり、その密命に従ったものです。そしてその結果も出ています。国会質疑に於いてひたすら偽証を貫いた官僚がその功により栄転しています。国会議員の質問はとりもなおさず国民の質問なので、彼は国民を欺き、公正を踏み躙ったのです。まさに曲公阿世の徒です。こういった傾向は2014年に内閣人事局が出来て加速したように見えます。 

 曲公阿世の徒もやはり優れた権力者のもとでは存在し難く、さにあらぬ権力者のもとでは生息し易い徒です。権力者にも友人・知人はいますが、優れた権力者は友人・知人が不当な便宜を受けることを許しません。しかしさにあらぬ権力者はそこが甘いかあるいは自ら不当な便宜を与えようと図るのです。

ただし曲公阿世の徒が成した不正を覆す文書やデータが相次いで発覚していることも事実です。行政府内が曲公阿世の徒ばかりだったら今でも隠され続けていたはずです。そこには曲公阿世の徒でない、「公正」を旨とする人たちの存在があります。彼等が動かなければ野党政治家もジャーナリストも会計検査院も捜査当局も真の文書、真のデータに辿り着けなかったことでしょう。

 彼等にも家族がいて生活があります。彼等にとって人事権を握る権力者の報復は怖いはずです。かつて政権を揺さぶる疑惑の陰で幾多の死者が出ました。それらの恐怖を乗り越えて「公正」を選んだ彼等に私たちは感謝し、その勇気を称え、かつ権力者の報復から守る為に目を光らせねばならないのです。皆さんどうぞよろしくお願い致します。
 最近の朝日新聞では「ファクトチェック」と称して政治家の議会発言等が間違っていないかチェックしています。正しければ〇、間違いなら✕、それ以外なら△で表します。ちなみに安倍総理の発言には〇以外に△や✕も目立ちます。これは国会等で政治家が偽りや誇張発言をして議論を歪めるのを防ぐうえで効果的なものです。この「ファクトチェック」よりも数段難しいのですが、「政治家の功罪チェック」を実現できないでしょうか。

 私が小学6年生つまり1960年の頃のことです。理科の実験室で石綿(アスベスト)を学びました。餅網の目を細かくしたような物の真ん中に、直径10cm程、厚さ5mm程に石綿がびっしりと植え付けられていました。下からアルコールランプで熱しても上のビーカー内の水が熱くならないという断熱材としての機能を教わったのです。先生はその時「これは有害物質なので破片を吸い込んではいけない」と注意しました。

 発がん性物質である石綿の被害が盛んに報道されるようになったのはここ10数年ほど前からのことです。安価で優れた断熱材として公共建造物等に多用されました。そしてその破片を吸い込んだ作業員達が平均40年という長い潜伏期間を経て肺がんや悪性中皮腫を患ったのです。被害は石綿の製造又は加工工場周辺の住民にも及びました。風で運ばれた石綿の破片を吸い込んでいたのです。更には工場従業員の家族にも及びました。作業着に着いた石綿を洗濯する際などに吸い込んでいたのです。今でも時々新聞の一面全部を使ってかつて石綿を扱った事業所一覧データが掲載されます。それはこれらの事業所に勤めたことのある人、近くに住んでいた人などに悪性腫瘍罹患の危険性を知らせ、かつ既に患っていたら申し出て医療救済等を受けられる様にする為です。

 我が国が全石綿を原則使用禁止にしたのは2004年です。私が理科教師に注意を受けてから既に44年が経っていました。但し欧州では同様の措置をアイスランドの1983年、ノルウェーの84年をかわきりに次々と実施しています。この最大21年に及ぶ禁止時期の差は何なのでしょうか。私はこれが民主主義の成熟度の違い、言い換えれば政治の違いだと考えます。当時の我が国は「経済一流、政治は三流」と言われていました。安価で優れた性能の石綿は代替品に乏しく、これを使用禁止にするにはどの国でも産業界の抵抗がありました。産業界の抵抗と国民の命と健康を天秤にかけて禁止を選んで来た国の順序が上記なのです。

 1960年の時点で私の理科教師がその危険性を知っていたと言うことは当時の専門家、担当官僚、担当大臣などの間では常識だったのでしょう。そして83年以降の欧州諸国の規制の動きも逐一知っていたに違いありません。その上で我が国の政治はずるずると規制時期を遅らせ、結果として多くの犠牲者を出したのです。歴代の首相を含め、関係閣僚の誰にどれ程の責任があったか判定し、「政治家の功罪チェック」として公表することは出来ないでしょうか。朝日新聞の「ファクトチェック」同様、メディアがその役割を担うよう期待します。勿論メディア毎に判定は異なるでしょうが、それも良しとします。政治家は己の判断が後年の「功罪チェック」で判定されることを意識することでしょう。その結果としてこの石綿規制の様な案件の実施時期が少しでも早まることになれば成功なのです。

 石綿被害のみならず水俣病、薬害訴訟などの公害問題からJOC事故、福島第一原発事故、更には「派遣日報・森友・加計・斎藤・山口疑惑」に至る迄、「政治家の功罪チェック」は後年に必ず実施されるべきです。その為には政府に都合の悪い文書が破棄されないような手立ては是非とも必要です。後から検証できることは民主政治に必須の手段なのです。

 官僚の仕事の結果の良し悪しはその上司である閣僚が負わなければなりません。更に閣僚の仕事の良し悪しはその任命権者である首相にも責任があります。選良である政治家の功罪をチェックすることで行政全体をチェックすることになるのです。最近こんな場面がありました。安倍首相が昨年11月28日午前の衆院予算委員会で、学校法人「森友学園」への国有地売却が「適切」と答弁してきたことに関し「財務省が法令にのっとって適切な価格で売買していると信頼していると申し上げた(ものだ)」と説明しました。「私が調べて、私が『適切』と申し上げたことはない」とも語り、「適切」の根拠は財務省への信頼との認識を示しました。「会計検査院の調査を待つ」と言って政府自身の調査をせず、同院に問題ありと判定された後の弁明でした。財務省の仕事に対する財務大臣の責任とその任命権者としての己の責任を回避する言語道断の無責任答弁です。

 以前こんな事がありました。2006年の衆議院本会議に於いて安倍総理は吉井英勝議員の巨大地震に伴う原発の安全性に関する質問に対して大略こう答えています。「全電源喪失の可能性はゼロである。冷却材や冷却機能の喪失は起こり得ない。よってそれらが発生するとの仮定の上に成り立つ事故対応策や被害予測・復旧シナリオは必要ない。」
 積極的な原発推進派らしく歯切れよく答えましたが、わずか5年後には福島第一原発事故が発生して真っ赤な嘘答弁だったことが実証されます。もしもこの質問を契機に幾つかの安全策の見直しを実施していたなら、あの大事故は防げたに違いありません。この一事を以てしても安倍氏の最高責任者としての結果責任は免れません。この時の判断の過ちを国民と世界に詫び、反省して即刻辞任すべきです。

 その原発事故のさなか、野党時代の安倍氏は2011年5月20日に一通のメ-ルマガジンを発行しています。内容は3月12日福島第一原発事故下の1号機に海水注入中、菅総理の指示で55分間注入が中断し、これが事態を極度に悪化させたというものでした。翌日の読売、産経両新聞はこれを大々的に取り上げました。国会では本件に関する野党の質問が相次ぎ、6月2日に提出された内閣不信任案の理由にも含まれています。
 しかしこのメルマガの内容も真っ赤な嘘でした。5月23日には「東京電力」が自身の判断で海水の注水を中断、再注入したと認めています。また故吉田所長の証言でも同様に裏付けられました。安倍氏は未だにこの偽ニュースについて反省や謝罪をしていません。

「政治家の功罪チェック」ではこのような政治家の資質の部分を含めて判定すべきだと思っています。メディア各社の皆さんどうか実現してくださるようお願い致します。
 先月米国サンフランシスコ市は市民団体が建てた慰安婦像の寄贈を正式に受け入れました。これに続いてフィリピン国マニラ市にも慰安婦像が建てられました。現在いわゆる慰安婦像は韓国内を含めて世界中に50体以上あります。何れも第二次世界大戦での日本軍による性奴隷を告発し、我が国の真摯な認識と謝罪を求める意味が込められています。

 一方アウシュビッツに代表される同大戦中のホロコーストを象徴する像や記念碑も世界中に数多くありますが、日本の在外公館などの近くに今なお続々と立てられる慰安婦像の様な、認識と謝罪を求めるような目的の物は皆無です。この差は一体何なのでしょうか。ホロコーストの被害民族は寛容で、慰安婦の被害民族が非寛容と言うことでは決してありません。それは加害民族側の反省度合いの違いによるものだと思われます。

 ドイツは反ナチス法によってナチスの罪状を認め、ナチスを礼賛する言動には厳罰をもって戒めます。学生は授業でこれらを必ず学びます。満州事変以降の歴史をまともに教えていない我が国とは大違いです。ドイツの大統領を始めとする指導者は被害国を訪れて謝罪します。時には墓前に跪きもするのです。このドイツの徹底した行動が被害民族の心の琴線に触れて受け入れられて来たのではないでしょうか。

 一方我が国はどうだったでしょうか。岸信介元首相は開戦時の東条内閣の閣僚でした。戦中に東条首相とは離反してはいますが、これをドイツに例えればヒトラー政権の閣僚の一人が戦後12年目に首相に選ばれたと同じ事になり、全くあり得ないことです。このドイツとの比較で、日本民族が本心での反省をしていないと思われても仕方のないことなのです。

 日本国憲法の平和主義は被害民族にとっては日本国民の反省と誓いの象徴です。然るに岸元首相はこの憲法を改定し、自主憲法制定を目指す勢力の源流となりました。しかも9条を改変し再軍備をも目指したのでアジア諸国は警戒したのです。岸氏は開戦の動機として「経済封鎖を受け、生きるためやむなく戦った」と語っています。これは現在の北朝鮮首脳も言いそうな言葉ではないでしょうか。そこには国内外に数千万人の犠牲者を出した責任の一端を担ったことへの反省がありません。

 岸元総理と同様に公職追放を解除された旧指導層の多くが我が国の各層各分野に復帰しました。現在の日本会議や日本基本問題研究会などの右派勢力は彼らを源流としています。彼らは岸元総理の孫にあたる安倍総理の改憲、再軍備姿勢を支えています。もしも戦後の日本国民が岸氏など旧指導層の復帰を許していなかったなら、今慰安婦像が日本大使館や総領事館前に立てられることもなかったのではないでしょうか。そして岸氏の薫陶を受けかつ尊敬していたという安倍晋三氏の首相就任も無かったかもしれません。

 慰安婦問題を始めとする歴史認識に関して、我が国は河野談話や村山談話で謝罪の態度を明らかにしてきました。しかし一方で上記の右派勢力の閣僚などが必ずこれを打ち消すような言動をしてきたのです。A級戦犯合祀後の総理・閣僚による靖国神社参拝も被害諸国民の心を逆撫で続けました。結果として我が国の歴史認識と謝罪の誠意がうやむやになってしまったのです。安倍氏はかつて「何度謝れば良いのか?」とか「次世代に謝罪する宿命を背負わせない」などと発言していますが、そもそも相手が「まだ本気で謝罪していない」と感じているのですから無意味な話です。

 慰安婦問題に限らず、南京虐殺問題も同様です。中国がユネスコに記憶遺産として申請した南京虐殺文書に関して我が国は難癖をつけました。これを採用したユネスコに対してその分担金支払いを一時留保したのです。一方ドイツはアウシュビッツ強制収容所に関する文書を加害者として自らユネスコの記憶遺産に申請しています。この差が問題なのです。

 我が国は今からでも歴史を直視して「反ナチス法」に相当する法律を制定すべきです。それを掲げて被害民族に謝罪するのです。国のリーダーはソウルや南京に出掛け、被害者やその遺族に直接会って謝罪する必要があります。しかしこれは安倍総理では無理でしょう。例え彼がそれを実行しても、先方は「口先のみ」としか受け取らないと思います。一刻も早く彼を退陣させ、よりリベラルな政権を選んでこれらを実行してもらおうではありませんか。