ここ数年自分の中で感じている、感じたことを今回は書こうと思います。
人生の重みは3年前ぐらいからずっと感じてる。
3年前の留学で、どれだけ自分が今まで怠慢に生きてきたのかを思い知らされた。僕が台湾人の友達に、「君たちって本当に偉いね」っていうと、台湾の友人ににいつも怪訝そうな顔をされたけど、本当に彼らからはいろんなことを学んだ。
「頑張らなくては」って思って、留学中は毎日必死になって勉強した。夜はさっさと寝て、深夜に起きだしずっと一日勉強。部屋は8人部屋。プライバシーなんてあったもんじゃない。寮のみんなから心配されたり、励まされたりで最後の期末テスト期間中は、本当に精神も体もボロボロになって、風呂に入ってないことに気づくまで3日かかったこともあった。
おかげで一年間の留学でほぼ大学3年間分の遅れを取り戻した。ただ、留学中にあんまり旅行に行ったり、遊んだりできなかったことだけ後悔。でも悪くない。日本に帰ってからは、今度は何かに襲われるような感覚に陥った。ダラダラしてることができない体になっていた。
幸か不幸か、バイト先は鬼のような上司と、殺伐とした空気で有名なパン屋さん(笑)そこで一年間、ボスと呼ばれる女性のもとで、いろいろ働く厳しさを学んだ。とにかくシフトを入れまくって自分を追い込んだ。喧嘩もしたし、悔しくて泣きながら自転車こいで家に帰ったこともあった。僕の帰りを遅くまで待つ母親をやたらと心配させてしまった。このバイトでの経験はこの先ずっと自分の中で生き続けるはず。
帰国後の就職活動で精神的にかなり追い込まれてしまったため、その鬱解消のためにもとランニングを始めた。毎日毎日へーこらと走って、去年出場した大会では結構良い成績を納めることができた。
就職活動では、希望職種柄か東京、埼玉、栃木、群馬、京都、滋賀、静岡を廻り、最終的に自分の第一希望であった会社から内定をもらうことができた。とにかく自分の考えが完全に固まるまでが辛かった。
その後、その他学内のボランティアを通じたり、当時付き合っていた台湾人の女性の影響もあって、せっかく頂いた内定を辞退し、大学院に進むことを決意した。お金が足りないので、バイトのシフトも増やし、卒業旅行も行かなかった。学校の飲み会にも顔を出さなかった。友達が単にあんまりいなかったせいもあるかもしれない(笑)
大学院に入ってからは、とにかく周りから「学生でいいなー」と思われるのが嫌で、毎日本気で勉強しようと思った。授業以外でも必ず8時間勉強し、挑戦できることは何でも挑戦し、とにかく自分を怠けさせないようにした。将来に対する不安もあったけど、不安で悩む時間は無かった。友達はほとんど社会人になり、大変な毎日を送っているようである。そんな友達たちに僕は負けたくなかった。「就職しておけばよかった」と後悔したくなかった。だから、毎日必死に勉強する。正直言って、大学院に入るまではその就職と進学との板挟みで苦しんだけど、今では全く後悔してない。毎日、膨大な資料に向き合い、論文を書き上げるのは苦にならないし、むしろ楽しすら感じる(笑)
大きなジグソーパズルを組み立てている気分だ。ジグソーパズルは箱の中にピースが全て揃ってるけど、「論文」と書かれたそのジグソーパズルの箱の中には、ピースは一つも入ってないし、その部品がいくつあるのか、どこにあるかもわからないため、完成図は非常に漠然としている。その状態でスタートしなければならない。周りは僕が、翻訳や論文を書いていると「すごい」というけど、僕は全然そんな風には思わない。論文も翻訳も非常に地味な作業だ。僕からしてみれば、毎日いろんな、多くの人と接しなければいけない社会人の人たちのほうがよっぽどすごいと思う。
よく、「何とかなるよ」と人が言うのを耳にする。僕はこの「何とかなる」に、ある言葉を付け足したい。「頑張れば」という言葉。「頑張れば何とかる」。
僕は無宗教だし、主が我々の罪を背負ってくれたとか言ってる某宗教団体は嫌いですらある。でも、神様はきっといると考えている。僕の考えの中で、神様というのは頑張っている人の味方のことを指す。その神様は頑張っている人には優しい。優しいという言葉の定義をどう定めるか。相手に対して微笑みかけ、間違いも咎めず、ただそっと肩に手を置いてあげる人のことか。違う。それは単に「甘い」という。本当の「優しい」とは、人に対してもちろん優しく微笑みかけるだろう、肩にもそっと手を置くだろう。ただ、それだけではない。相手に対してその間違いも咎めるし、時には試練も与える。人を成長させてくる。それが本当の優しい人。
そして僕の中の神様は、その優しい人の中で最高峰に位置する人のことだ。僕がどうしようもない窮地に立たされた時救ってくれもしたし、自分に試練も与え、困難を乗り越える精神力を身につけるきっかけも与えてくれた。台湾から帰ってきてから、僕が本当に現実と向き合ってから、以上のことについて強く感じることになった。これは「偶然」という言葉で片付けるには余りも簡単すぎる。
それにもちろん、人に対する感謝の気持ちは忘れていない。両親はもちろんのこと、おばあちゃんを初めいとこの兄弟たち、友達、歴代の彼女たち(笑)様々な、嫌いな人間も、全ての出会いが僕を成長させてくれたと信じたい。本当にありがとうございます。
でも僕は別に台湾に向かって祈ったり、怪しい儀式はしてないのでご安心を(笑)
深夜、蕎麦をかっくらい明日の就職説明会に備える。
お終い