かんみろぐ -4ページ目

かんみろぐ

ファミコン世代の現役高校生という謎の属性を持つちょっぴりヲタクな
UMA甘味堂という人物のどたばた日常記録という名前の日記。
+ポタリング記録とさいたま市某区の空記録がメイン?

大量精神科薬で搬送、156病院…問われる処方(読売新聞) - Y!ニュース http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140210-00001105-yom-soci

如何にも向精神薬の処方に問題がある記事に見えるが、実は向精神薬飲んで生活を営むことがこの島国では厳しいのである。

「精神障碍者」ってだけで、差別や偏見に満ち溢れた目で見られる。

それだけじゃない。

向精神薬を飲んでいる人で死にたい人の比率は向精神薬を飲まないで過ごせる人よりは遥かに多いのは想像に難くない訳です。

けれども、(通院や稼ぐ手段も厳しく)お金も厳しい

…其処に処方箋でしか手に入らない薬が手元にある。

その薬で死のうか?

と思ってもおかしくないのである。
実際に私はオーバードーズを繰り返した。
もちろん、死ぬためにだ。

私のように用意周到に致死量を調べても失敗するのである。

私は問われるのは処方ではないときっぱり言い切ろう。

問われるのは「精神疾患者」への偏見・差別の方ではなかろうか?

(実際は、脳の伝達物質の様々な問題や、脳の防衛行動の結果起きてる事がほとんどなので、「精神疾患」というのも適切ではないが)

精神疾患患者をあなたはどう見ますか?

あなたは「キチガイ」という言葉で真っ先にどんな人が思い浮かべますか?

レイシストをシバキタイ 人々が安易に「キチガイ」や「精神障碍者」とレイシスト達に投げた言葉で傷ついた当事者は数多くいます。

それでもその言葉を投げた当人達は開き直っているのをTwitter等のソーシャルメディアでみます。

考えてみてください。

向精神薬を飲まなければ生きてゆくのも辛い人々もいることを。

そして彼らはその状態に甘えてると思いますか?

少なくとも大量服薬をする人はその状態の自分を責めています。

ぶっちゃけてしまおう、始めは私も放送局中止が妥当だと思った。
しかし、GooglePlayで明日ママを(無料視聴期間内で)何度も視聴してるうちに考えが変わった。

明日ママは、あえてあのまま放送した方がいい気がしてる。

「倫理感がない放送局・作家・脚本家・監督」だけがあの作品を産んだのではない。

児童養護施設や児童自立支援施設等の子どもや私生児(父親に始めから捨てられた子)等…差別の筈を「区別」と呼んで悦に入ってる殆どの民が作り出した。

たとえば、「児童養護施設や児童自立支援施設の子が可哀想」ってステレオタイプをほとんどのこの国の民が持っているとおもう。
そして、里子や養子にもらわれた子とそうでない子に上下がつくことも「区別」という名前の差別を近代まで普通にしてきたし、今だにしてる人もいる。
(うちの養父がまさにこれだけど)

だから、そういう差別とされるはずのものが、区別とされてきた歴史もしみついちゃって「頑張って生きてる」と…「明日、ママがいない」を感動作という勘違いをする人も出るのだ。


本当はあの作品に描かれてるものは、感動でもなんでもない。

「最後はハートフルになってゆくんですよ」なんて制作側は言ってたが、私が3話まで見た感想は「herd Full(ハードフル)」だ。

3話なんか酷い。
「大人の都合に巻き込まれ傷つく子」が出まくる。

これのどこが、hert Full(ハートフル)か?
herd Full(ハードフル)以外の何物でもない。

ただのこの島国の民のほとんどが心の何処かで持っている、【すてられっ子】に対する偏見とかがドラマという表現になった。
それが、「明日、ママがいない」なのではなかろうか?

そうすると物凄く見れば見るほど私の中では、納得が行くのだ。

一種の社会病理として。

投稿写真

世の中は、この写真のように被害者が声を出せば叩かれる。
時にはもう一枚みたいにネタにされる。

どうやら「美しい日本」「お・も・て・な・し」の精神のためには、犯罪被害者や差別で苦しんでる人が声を出すことも許されない。空気が蔓延している。

刑事事件の加害者の時効もそうだ。
加害者が失った時間より、
被害者が失った時間・信頼・安全感の方が大きい。
なのにかるいのは、加害者の人権は被害者の人権より上だからに過ぎない。

特に性犯罪においては、田母神氏・橋下大阪市長も合歓被害者が悪いと容認してるようなものだ。
ただ死刑にしたって加害者が反省しなければ意味もなく、被害者は「加害者が社会によって裁かれたから、立ち直れ」と言う。

犯罪被害者は世に文句も言うなというなら、世の民も、被害者を消費しているのだ。
「自分はあんな目に合わなくて済んだとかね。


昔さ、妖怪になりたいと変わった事をいう絵本作家が友人に居たんだ。

こいつは早稲田卒。
可愛くないからだろう。
告られた時にこいつは「恋愛感情とか全てを消してください」って言ったんだ。

自分も出来ないことを他人に言った。

こんなヒトデナシでも絵本作家にはなれるんだぜ。

感情を消すってことは、死ねと言う事と同じなんだ。
人間は感情の生き物だから。

簡単に他人を見下す奴って多いけれど、感情は消えないし、暴力で支配も無理。

男って学歴低い女とブスには容赦無く様々な暴力震えるんだ。

そいつは今だに「ごめんなさい」を言わないで2年もしらを切ってる。


私の母親は…産まれた年の翌年の冬に山に私を置いて男の元に行った。

以後、片手で数えれる程しかあってない。
結婚して弟はいるというのは知ってる。
戸籍には私は養子となってる。
{101C471F-A11F-4687-A53F-50600F4F6AD8:01}



このように、私は養子となって、今は養父の氏を名乗ってる。

気がついた人も多いだろうが出生届も11日遅れである。
「代託者・親権者母」となっている。
夏休みには「今日から」と言ってたのに実際は9月である。

どっちにしても私は…全くかやの外で組まれた養子縁組であり、この人達と生活してないというのは、戸籍の住民票に関する項目でわかるだろう。

私は養護施設も経験してない。
一見は…「祖母に育てられてよかったね」で終わってしまう。
しかし内情は、祖母の葬式の母の言葉が全てを語っている。

「お前を育てたから母(祖母)は早死にした、なぜあの時死ななかったの?死ぬべきはお前」

である。
こういう親でも親権者となれ、出生認知で母となる。
他の先進国ではこのような母から親権は取り上げられる。

そして、子どもの権利条約にも著しく違反している。
子どもは「親に守られ、愛され、親に会う権利を持つ」

この国はこのように育児放棄した親にも子どもに介護などの義務を付与しようとしているが、育児放棄された人にまで義務を追う必要性あるのだろうか?

このような親には逆に子どもから、親子関係事実上無。として、親子関係が無いという事を法律的に認めてもらいたいと願う。

いや、大法廷(最高裁にある「憲法的にこれはどうなのよ?」と問う法廷の事)にこの問題を持って行く用意をしたいと思っている。