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かんみろぐ

ファミコン世代の現役高校生という謎の属性を持つちょっぴりヲタクな
UMA甘味堂という人物のどたばた日常記録という名前の日記。
+ポタリング記録とさいたま市某区の空記録がメイン?

なんか社会主義的なお話っていうか左翼的な空気のエントリーですが、根本問題が強姦問題ということも有り、このカテです。

「インター」とは「インターナショナル」なんですが、プロレタリア国際主義に基づく労働者・労働運動・社会主義運動の国際諸組織の通称。インターともいう。
社会主義に関する言葉の一つである。
なんという左翼空気満載のエントリーだよ!って思われるかもしれないが、今回取り扱うのは、日本で言う「新左翼団体」の一つ「第四インターナショナル日本支部」が起こした強姦事件に関する云々について書くからなんですね。

てな訳で、おもいっきり左に倒錯してます今回は特に。

そもそも前提として「すべての犯罪行為は資本主義がもたらした害悪か?」という問題がある。

(とある左翼団体所属の友人と話した記録をまずここにざっくり載せる)
友「警察いらないよ。」
私「強姦被害者とすればまともな、警察がほしいよ。」
 (強姦被害者側から見れば、犯人をかばう日本の警察と法曹界にうんざりなのである)
友「すべての犯罪は資本主義がもたらすのである!(ドヤッ」
私「そんなこと言われても、強姦は資本主義と関係なくないか?」
友「え?」
私「そもそも、種(しゅ)を残す行為が、資本主義だろうが社会主義だろうが関係ないし。」
友「でも権力が裁くってのは間違ってないか?」
私「そこは同意するが。だからといって資本主義独特の犯罪には思えないぞ。」
 (そもそも、こと性犯罪となると権力は加害者の側にたつが、被害者の側には立たないし)
友「…」

そんな話をしてたらこんなのが降ってきました。
「ABCD問題」
1982年に日本の新左翼の日本革命的共産主義者同盟(第四インターナショナル日本支部)メンバーが告発された強かん事件およびその後の組織的経過の総称である。当事者間では「組織内女性差別問題」とも呼ばれている。

1982年8月、三里塚闘争のため三里塚芝山連合空港反対同盟が現地に設けた「労農合宿所」で、第四インターから派遣されていた常駐者の男性活動家が女性利用者を強かんしようとする事件が発生した。被害者は直ちに第四インター指導部に告発した。

Wikipediaより。

で、この事件についてある人が「インターの禊(みそぎ)は云々」と聞いた時にハタ?と感じたのです。
(※「禊」とは:身に罪や穢(けが)れのある者、また神事に従事しようとする者が、川や海の水でからだを洗い清めること。)

そもそも、左翼団体が起こした事件であることも鑑みてこれを、「禊」という言葉で済ませていいのか?

「禊」って…それ、なんか「穢れ思想肯定」ですか?
って思ってしまったのである。

ちなみに性犯罪被害者の立ち直りの阻害要因として「穢れ思想」が立ちはだかることはよくあることなんですが…


穢れや禊ってのはそもそも…神道の考えなんですわ。
マルクスは社会主義関係の論文などで「宗教を徹底的に否定している」のですけれどね。


オマケのオマケなんですがこんな使われ方もしておりました。
禊や大祓(おおはらえ)は、太平洋戦争中、日本の軍国主義的全体主義を正当化する考え方として、使われた。

なんかもう…第4インターナショナル本部が日本支部を再び認めたら「ABCD事件という名前の強姦事件とそれに伴う女性同志に向けられた差別抑圧事件」は終わるんですか?とか本気で思えてきて萎えてくる。

だから私は言おう。
確かにすべての「反対同盟」を支える三里塚支援党派(元支援党派のメンバーや団体も)は自らの団体で強姦事件が起きていなかったか?
そこを今からでも調査し、総括を行い、反省すべき点などあれば「機関紙」ではなく(今の御時世なんだからさ)Webpageなど広く一般に知らしめる必要性があると考える。

はっきりいえば、「禊」って言葉では何も解決しない。
「誰が」[何のための」[誰に対して」の禊なんだが。
洗い清めたって、「みそぎ選挙()」なんてやったって意味は無い。

言葉じゃないんだ、姿勢だし、当時・当該の被害者だけの問題ではない。
ましてやはっきり言おう、「第4インターナショナル日本支部」だけの問題でもない。

そもそも強姦というものは、すべからず、男女問わずすべての被害者が苦しむ。
被害者の傍で支えてた人間にも「二次被害PTSD」は医療現場やカウンセリングのみに起きる問題としても捉えられている昨今。
被害者の周りで支える人も傷ついている。

サバイバーは女性だけじゃない。
男性性犯罪被害サバイバーも居る。


三省堂 大辞林
【総括】 ( 名 ) スル
① ばらばらのものを整理して,一つにまとめること。全体を見渡してまとめること。 「各部の予算を-する」
② 政治運動・組合運動などで,以後の運動のため,それまで行なってきた運動の方針や成果を自ら評価・検討すること。 「一年間の活動を-する」

だから私は敢えて言う、「日本国内の第4インターナショナル支持者よ、総括が足りない。」
総括が足りないから「禊」という性犯罪被害者の苦しみの元凶ともいえる「穢れ思想」を肯定する。とも思われる言葉がポロっと出てしまうのだ。

あと、いくら機関紙で総括してたとしても「他の三里塚支援党派」が「中核が持ちだした資料で知った」という話もある。という事実は重く受け止めてもらいたい。
(当時第4インターと中核は対立しており、中核側がインターに対しゲバルトという暴力行為を行っていたのである)
そして他の党派の皆さんよ、対岸の火事と思わず、まずは女性への暴力を見なおしてみてもらえないか?
そして自分たちに当時当該がいなかったとしても、「左から強姦をなくす運動展開」の足場にしてもらいたい。この事件を。


「中野富士見中学いじめ自殺事件」を皆さんご存知だろうか?
「葬式ごっこ」自殺事件のほうが分かる人も多いかもしれない。
1986年(昭和61年)2月1日深夜、東京都中野区立中野富士見中学校(2009年3月閉校、2009年4月より第一中学校と共に南中野中学校へ統合・再編)2年の男子生徒が、父の故郷である岩手県の盛岡駅ビルのショッピングセンターフェザン地下のトイレで首を吊って死んでいるのを見回りの警備員に発見された。床には「このままじゃ生き地獄になっちゃうよ」と記された遺書が残されていた。
少年が遺書を残し自殺した切っ掛けが「葬式ごっこ」だった。
いじめグループらの主催によって学校でその男子生徒の「葬式ごっこ」が開かれることとなる。
その「葬式ごっこ」には担任教師ら4人が荷担し、寄せ書きを添えていた。
荷担の理由として「どっきりだから」といじめていたグループに説明されたから記載したと釈明した。
それがきっかけとなり男子生徒は学校を休みがちになり、のちに自殺することになった。
以上、一部 Wikipedia の中野富士見中学いじめ自殺事件 の項目より引用。

実は最近、この「葬式ごっこ」と酷似したとしか思えないひどい有様の、「アカウント凍結」に対する勝利宣言や「アカウント凍結の乾杯」のツイートでTLが埋まる事態となった。

事の発端は「言論過激系アカウントのK」の凍結だった。
実際私と同じように、敵を多くつくるタイプの言論者ではあるがかなり鋭いことも言うアカウントであった。
#OpPurgeRacism をタイトルに持ってきた理由もこの事について書くためである。

過去の私のツイートのみを中心にこの件について語ることとする。

6/8 posted 21:33:28 at kanmin765 Tweet
正直言うとね、Twitterでアカウントが攻撃で凍結に至ったことに祝杯って行為ってさぁ。
リアルで考えると、自殺したことに祝杯をあげてる行為なんだぜ。
それって(言論弾圧な訳で)恐ろしいんだけれど、リアルで死んでないって言うの免罪符にできるの?
#OpPurgeRacism

6/8 posted 21:25:31 at kanmin765 Tweet
気に入らない相手のアカウント凍結に祝杯を上げ、そして、自分たちと同じようにその気に入らない相手を攻撃させると言うのはレイシズムではなかろうか?
#OpPurgeRacism

この一件ではさんざん言い尽くして居るけれど、これに尽きる。

だけれど、さぁ…Killされたアカウントに対して、過去ツイで攻撃して更に攻撃をして自分たちが正しいという論調にしたいんだろうなぁ。
ってのを見て注意してもKillアカウントに攻撃している本人は全然反省しない訳。

なんかさぁ。
こういういじめって見て見ぬふりする人も加害者であることを自覚してるんだろうか?
いや、自覚してないんだろうな。

Twitterにおける、有名な攻撃に「○○(有名人の名前)砲」というのがある。
自分が嫌いな人間の言論の自由を封じ込めるというのは、有名人なら本当に簡単である。
そして、加害性を指摘せずほったらかすのはまさに「日和見主義」ではなかろうか?

私は、インターネットにおける発信の自由は、例え「アルカイダ」であろうとも自由であるべきであり、現在一部国家が行っている、民へのネット接続制限や言論弾圧は許されないという主張である。
同時に、ヘイト・スピーチも許されないと主張する立場である。


ホロコーストについて有名な言葉を置いておこう。
ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった
私は共産主義者ではなかったから

社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった
私は社会民主主義ではなかったから

彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった
私は労働組合員ではなかったから

そして、彼らが私を攻撃したとき
私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった

マルティン・ニーメラー

アメリカ大陸では基本的に、黒人の教育水準と白人の教育水準の開きがある。
我が国の場合、近年は障碍者と呼ばれる人々は「教育免除」及び最低限のことしか教えない教育でもよかった時代があり、今でも一般教育と障碍者教育ではカリキュラムが違う。

昨今、インテリ層と非インテリ層の分断もあるのでは無いかと私は思っている。
(所謂女女格差も同じ構図を持っている)

もっと簡単に言うと、中卒は学力が無い・世間的常識が無いと見られ、一方で大卒は昔は「学士様」と呼ばれ、今では圧倒的に大学卒業及び専門学校卒業の若者が多い。
私は、非インテリ層をおいて行く社会運動もまた社会運動にあらずと、感じている次第である。

その現象はアメリカの初期のフェミニズム運動の失敗(白人女性の解放に過ぎず、黒人女性の解放とと言う視点がなかった)と同じ二の鉄を踏むことに他ならない。
そして新左翼系統の学生運動の中に出た(俺たち学生は24時間を革命のために捧げているが、労働者は片手間に革命をしてるでは無いか!それでは)『働いていたら革命はできない』と言う奢りをも生み出すのである。

英語が読めない日本人はものすごく多い。
故、英語で訴えてもわからない人は多いのである。
それは残念なことに学士となったものでもだ。
日本人に訴える、そのためのはずの手段で「英語だけ」で書かれたものを出されても読めない日本人はそこで運動からつまはじきにされているのである。

エスニックマイノリティを、非インテリ者を、障碍者を、女性を、性的弱者を、どれか一つでも排斥した運動には未来は無い。
そして子どもの声や安全を無視した運動も革命にも未来はそこには無い。

絶対にだ。
冗談のようなタイトルだが、実際佐賀県の『県立高校』でこんなことが起きてる。

佐賀の県立高用タブレット、富士通のARROWS Tabに決定 | スラッシュドット・ジャパン IT 

また、佐賀新聞ではこのような記事も。
購入せねば入学保留も 県立高タブレット/佐賀新聞ニュース/The Saga Shimbun :佐賀のニュース

{F0542545-C007-4EBF-9AC7-C23F2EAF62A4:01}


はてさて、「新手の生活保護世帯の就学弾き」としか思えないこの強制タブレット端末購入。
本来は、生活保護世帯の場合、高校進学において現在は「就労に必要なこと」ということで学校関連費用が出るのだが、これは認められないのである。
しかも強制購入で「購入できない場合は入学保留」とまでなってる。

この国で中卒で仕事など殆ど無い訳ですが、県立高校でこれでは、事実上の生活保護世帯及び貧困世帯の中期教育の締め出しではなかろうか?

「金がない者の子どもに教育の権利なし」

それでいいと思うのか?
一応、国際的な条約である『児童の権利条約』においては、18歳(平均的な高校卒業年齢)まで「児童」とされこの「児童の権利条約」で保護される身分である。

やはり日本は後進国と言わざるを得ない。