おはようございます。
今朝の聖書箇所から。
『 いつも主にあって喜びなさい。 もう一度言います。喜びなさい。
あなたがたの寛容な心がすべての人に知られるようにしなさい。主は近いのです。
何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、
あなたがたの願いを神に知っていただきなさい。
そうすれば、全ての理解を超えた神の平安が、あなたがたの心と思いを
キリストイエスにあって守ってくれます。 』 ピリピ4:4
わたしたちはなにか問題が起きた時、どうしたら解決できるだろうかと悩みます。
そして、解決のためにあらゆる手を尽くします。
聖書のこの箇所では、問題が起こったときには、何よりもまず真っ先に 『喜びなさい』と教えられます。
更に念を押されるように、『喜びなさい』と再度言われるのです。
問題が解決した後で喜ぶのが普通ですよね。
しかも問題を前にしても、悩むな、思い煩うな、とあります。
なぜでしょう?
聖書の創造主なる神、イエスさまは、平和の神です。
助け主、癒し主、救い主、ほか色々な名前があります
信じる者には、主の最善のご計画が成されます。
人間にとって最善なこととは、快適な生活ばかりではなく、時には成長のため、また信頼の訓練のために、あらゆる苦難をイエスさまは与えるというのです。
そして、人の目に悪いと思えるあらゆる出来事を全て、最善の良いこと、益と変えると約束されています。
それもイエスさまの愛のゆえにです。
ただ、わたしたちにはあまりに悲惨であったり、苦しいことであるため、時にそれを受けいれられません。
しかし、必ず脱出の道をも備える、そして、全てを益とする!
それが jesusの約束、大前提でありますので、どんなことでもわたしを信じて、喜んでいなさいとおっしゃるのです。
そして、もう一つ。
今、目の前で起きていることに対して、これもイエスさまが与えてくださった最善のものであることを感謝すると同時に、
あなたは何を望みますか?どうしてほしいのですか?それを神に知っていただくために、祈り求めなさいと言います。
目の前の苦難、問題に落ち込み、自分の心に閉じこもるのではなく、真実で愛なるイエスに
心を開いて打ち明けるとき、その信仰にイエスさまが働いて心と思いを守るとの約束です
問題が問題ではなく、その問題に心が反応し右往左往して悩みに悩み、恐れ惑うこと
それが生活に支障をきたすことになるのではないでしょうか
何を言われても、動じない自分がいれば、問題はもはや問題ではなくなります。
そして、注意すべきことは、ただのわたしたちが知っている心の安心ではないのです。
人間の全ての理解を超えた 神の平安 とあります。
これは体験した人は知っていますが、特別な平安、神の平安です。
私自身、自分の心がどうにも嫌いな相手を拒否しても、自分の意思で決断して行う、すなわち口に出して次のように宣言します。
『 あなたがわたしをゆるしてくださったように、わたしは ○○さんを、赦します。
わたしには愛する愛はないですが、イエスさま、あなたのの愛によって、その人を愛します。
どうぞ、○○さんに、わたしの二倍の祝福をお願いします!』
たとえ、心が伴わなくとも、そう祈ります。
何度も口に出せば、自分の心が柔らかにされ、その人の心に寄り添う心が与えられてきますから不思議です。
そこから奇跡はゆっくりと、しかし確実に起きています。
愛せない人を愛し、驚くことに次第に相手が心を開いてこられます。
これは真実であることをわたしは何度も経験しています。
わたしの友人も会社でモラハラな二人の上司たちが心を開き、和気あいあい過ごせている奇跡を体験しています。
相手が変わるのは不可能です。自分で自分を変えることさえ難しいとわたしは思います。
しかし、イエスという真実なお方を信頼して、赦せない相手や状況に感情は無理でも、意思により決断してみてください。
何度も言いますが、それは最善の出来事に変わるチャンスです。
それをどう乗り越えるのか、jesussの愛の訓練です。
イエスさまがおられることを知る、チャンスです。
イエスさまは、クリスチャンかどうか、信仰があるなしに関係なく
今、イエスの名前を呼び求め、信頼する人に答えてくださる方です。
先に感謝する、それは信頼なしには出来ませんから。
どうぞ、試してみてください。
諦めず、日々、感謝し続けてください。
必ず、イエスさまはあなたにわかるように、奇跡を起こしてくださいます![]()
お読みくださり、これを行う方に、イエスさまの素晴らしい奇跡と驚くような祝福がありますよう
祈ります![]()
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