いきさつは、こうだ。
僕には、揶揄以前に、一年来つき合っているミホというカノジョがいた。
いや、「いた」という過去形はふさわしくない。
揶揄に僕自身の身を強奪された今となっても、元のカノジョとは別れていないので、副カノジョという位置づけで現在も交際が途絶えていない。
そのカノジョに関する驚きの秘密を知ってしまい、僕はその日、ぼーっと散策していた。
散策路沿いの小学校から児童たちが水泳に興じる喚声が聞こえ、何の気なしに足を止めてしまい、フェンスに指をからめて、湧き立ち飛び散る水しぶきを、見るともなく視界におさめていた。
僕自身の名誉のために弁解しておくが、ロ リ コ ン ペ ド フ ィ リ ア 的な嗜好性向があって覗いていたわけではない。
朦朧としすぎていて、楽しそうな音に条件反射的にふらふらと反応してしまっただけなのだ。
教師っぽくない純白の短めなセパレートタイプの水着を着た、目の覚めるような美貌とスタイルを誇る女性教師が、僕を変質者と勘違いし、けたたましく笛を吹いて威嚇しながら近づいてきた。
彼女は颯爽とフェンスを乗り越え、凄い形相で僕を睨みつけて、僕より長身な体を誇示するように仁王立ちした。
僕はすぐに彼女が高校の同級生だった由々乃揶揄だと気づいたけど、黙っておいた。
彼女が小学校の教師になったことは知っていた。
よくもまぁこんなに適性に合わなさそうな仕事を選んだものだということで、あまりにも有名な話だから。
とはいっても、彼女に適した仕事が他に何かあるかと聞かれても答えに窮するのだが……。
揶揄は年齢を重ねて、アイドル並に奇麗でかわいかった顔にさらに磨きがかかっていたが、彼女の奥底に潜む人間性破綻ぶりが今でも変わっていないように直感し、できるだけ関わりを持たないほうがいいと判断したのだ。
それに、孤独を意に介していなかった彼女のことだから、同級生であっても僕のことなど知らないだろうと思っていた。
「ロ リ コ ン? それとも シ ョ タ?」
かすれて感情が少なめな声で、揶揄に詰め寄られた。
「いえ、ちがうんです……すみません……ぼーっと歩いていて、にぎやかだったからつい立ち止まってしまっただけでして……先生が誤解してるような趣味で見ていたわけではないんです……まさか警察沙汰とかには……」
しどろもどろになっていると、揶揄は突如顔を赤らめ、おもむろに僕のメガネをはずして息がかかるほど顔を寄せて、
「かわいい……」
そうつぶやいて、一瞬の後、
「あー!!!!!!!!!!!!!!!!!」
唾をぴしぴし飛ばして絶叫しながら目を剥き、
「尾奈くん!!?? 尾奈覗夢(おな・のぞむ)くん?」
ばれた。
僕の顔と名前を知っていたなんて、なんとなく意外だった。
「ごめんなさい。覗き魔かと思った。あ、でも、覗夢って名前、夢を覗くって書くんだよね。やっぱり天性の覗き魔なのかな。まぁいいわ」
それから冷静な顔で、急に吹き出した突風に長い黒髪をはためかせながら、
「つき合って」
「……?」
「男女交際して」
いきなり話を跳躍させた。
「え!? 偶然再会して、いきなりそんな! しかもこんな状況で?」
「告白はしなかったけど、昔、好きだった」
急に言われても、にわかには信じられるわけがない。
「本気にしてないようだね。それでは、どれだけ私が尾奈くんを好きだったか、アピールさせて。尾奈覗夢(おな・のぞむ)。昭和**年*月**日生まれ。血液型Rh+O型。実家は**県***市**町**の***番地。家は築18年で、ご両親が1900万円で購入。家族構成は、両親と姉・妹がそれぞれ一人。父親の名は政人(まさと)。化学繊維関係の会社の営業部次長。母親の名はスミレ。ダイレクトメールを発送する会社で事務のパートをしている。二歳上の姉、由加里(ゆかり)は地元の聖ケアレス女子短大を卒業後、大根銀行に勤めている。美人なのに気位が高くなくて優しい人なのになぜか良縁に恵まれず未だ独身。妹の縷々亜(るるあ)は優等生の皮をかぶって陰では 変 態 ヤ リ マ ン だったけど、今はすっかり落ち着いてプロの砲丸投げ選手と入籍間近。尾奈くんに話を戻すと、小学四年生の夏休みの宿題の『紀行文による児童読書感想文コンクール』で佳作を受賞。賞品は鉛筆一年分。六年生まで習っていた習字は準一級。同じく六年生まで所属していたソフトボールチームではいつもは補欠だったけど、たまたまインフルエンザで試合に出れない人が多発したおかげで出場できた試合で、三打数二安打、守っては二塁手として好判断でトリプルプレーを成立させるなど、大活躍した。中学二年で『鬼瓜新聞社杯全国中学生絵画展』入選。その時の絵のモデルは隣の席だった関口くん。高校三年生の六月に英語検定二級合格。好きな食べ物はきんぴらごぼう、嫌いな食べ物は豚肉の脂身。身体的特徴としては、右足の親指と人差し指の間に三日月の形をしたホクロがある。体臭は薄い。得意科目は古文と漢文で全国でもトップクラスだったけど、数学的能力は皆無。高校時代につき合っていた久野由美里(くの・ゆみり)とは卒業前に別れた。交際期間は一年と七か月。彼女は現在は地元の歯科医の奥さんに……」
……僕自身でも忘れている姉の名前とか過去の受賞歴とかソフトボールの試合のこととか、姉妹の近況とか、どれだけ知っていたら気が済むんだよ…………怖い……もうやめてくれ……