『バニラ』
第二話 穴には入ってみればいい
あのバトルがあった日の夜から、汁流戯ミホと尾奈は多摩ナツミに命じられるまま男女交際を始めた。
尾奈にとってはたまたまあの場に居合わせたためにこんなことになってしまったわけだが、多摩曰く、「乗りかかった船なんだからきちんと乗ってほしい」。
それに対して少し苦言を呈すると、
「汁流戯さんがあのフィールドに尾奈さんを連れて行ったということは、汁流戯さんに考えがあって尾奈さんを選んだということ。やっぱり関係ないとは言わせられません」
と、もっともらしいことを言われて、それ以上反論できなくされた。
つまりは、ていよく監視係を押しつけられたわけだ。
尾奈は元来、年下よりも年上のお姉様好きだし、汁流戯ミホの肉体の美味さも確認済みだからそれほど不服はないかもしれない。
だが、汁流戯ミホはあの時イキすぎて戦闘の記憶をあらかた失っているのだから、何故勝手に尾奈をあてがわれたのか理解できていない。
若輩者の言いなりになる謂れなどないはずなのだが、「多摩ちゃんには得体の知れない圧迫感があって逆らえないの」だそうだ。
強敵だったという感触が意識の底に残っているのだろう。
汁流戯ミホと尾奈がつき合っていることは、すぐに周囲の知るところとなった。
ミホがやたらに彼女アピールするからだ。
今まではひたすら無気力怠惰朦朧だったのが、久しぶりに彼氏ができたことによって、妙な具合に元気な人になった。
その元気さには浮わつきすぎた違和感があり、以前よりもさらに変な印象の人になったのだ。
世間はミホに眉をひそめる以前に、よくもあんなのとつき合えるものだと尾奈に対して呆れた。
突然の人事異動で、夢 精 堂 株式会社経理部がどよめいた。
この地味な会社にあまりにも似つかわしくない、びっくり女子がやって来たのだ。
栗丘みなな(くりおか・みなな)という、昨年入社の21歳。
服装は、レース地でピンクのフリフリだらけのワンピース。
鏡にもなりそうなほど反射的に眩しい金髪の頭にも、大きなリボンや花類や中途半端に編み込んだピンクの紐の他に、猫耳付きの髪飾りまで身につけた変人風だが、顔は和洋折衷人形つまりハーフ偶像っぽく繊細さと鋭さを織り混ぜていて、とてもかわいい。
レースの服だからその下のポップな下着を惜しげもなく透かしているのも、大いに人々の気を乱す。
場の空気のみならず、磁界さえ攪乱しかねない存在感だ。
生きたままの動物を半日浸けるだけで簡単に剥製ができちゃう神秘的な薬液『スーパーはくちゃんネオ800』を製造販売している子会社に出向していたそうだが、
「そんな会社あったっけ?」
「栗丘みななという社員の名前も聞いたことないぞ」
「こんな目立つ人のことを噂にも聞いたことがないなんて、不思議だ……」
「薬の名前も初耳だなぁ」
「俺は重度の女好きだから若い女は全員知ってるはずなんだけど……」
と不審顔をしている人々の目の奥の奥を、真正面の至近距離からじーーーっと覗き込んで、相手の顔いっぱいに甘く湿った息を吐きかけながら、
「会社もぉ、薬もぉ、私もぉ、ちゃんと実在してますからっ☆」
と言うだけでみんなを納得させてしまうあたり、この人は只者ではなさそうだ。
「多摩さぁん、よろしくお願いしまぁす! 私は多摩さんの一年先輩だけどここでは後輩だから、優しく教えてくださいね☆」
と、目をくりくりさせて白々しいほど輝かしい笑みを湛えて挨拶する栗丘みななを、多摩ナツミが緊張をはらんだ目で睨みつけたのは言うまでもない。