「人選は慎重に」~新作・山崎×さくら~ | さらさの「粗野がーる」

さらさの「粗野がーる」

アメーバの携帯ゲーム「艶がーる」の主人公を、28歳・恋愛偏差値20の女性に置き換えた実験的小説を書いています。

あくまでフィクションなので、深く考えずに読んでください

なにかよいことでもありましたか―――たずねるとさくらは、図星だという顔をした。


いや、そんな顔はしていない。

彼女の表情は相変わらず薄い。


皮の下の微かな動きや目の光で考えが読めてしまうのは、役目柄と・・・相当の興味のなせる業だと山崎は思う。


―――おまえ、さくらに惚れてんのか?


いつだったか、原田にそう訊かれたことがある。

が、決してそのような感情ではないと言い切れる。


惚れているとすれば、さくらにではなく副長にだ。

自分はあの人に男惚れしている。

そこは否定しない。


さくらのことは愛おしいと思う。

できる限りの助力はしたいし、守ってやりたいとも思う。

しかしそれは、副長あってこその思いだ。


痛々しいほどのキレ者っぶりを敬愛し、ふとした拍子にこぼれる青年らしさに胸をつかれる。

山崎にとって、さくらはその「ふとした拍子」をもたらしてくれる存在だった。


「それで、なにがありました?」


訊かれたくないことなら、「なにもないですっ」と否定するだろうに、無言でいるということは訊かれたいのだろうと判じて、山崎は尋ねた。

とはいえ、訊かれたくないのだろうことでも、語りださなくてはいられない状況を作って聞き出すのが常ではあるが。


「土方さんの歌って、聞いたことあります?」

「唄、はて」


首をひねって記憶をたどるも、覚えがない。

原田や永倉は宴席で興が乗ってくると唄いだすことも珍しくはないし、原田などはよくでたらめな歌詞をでたらめな節をのせて唸っている。

遊女芸子の類も、陽気なタチな彼らとは違い、嘗めるほどにしか酒を嗜まない土方には唄など振りづらいのだろう。


「覚えがありませんね」


正直に答えると、さくらの鼻の穴がひくりと動いた。


「上手でしたか?」


思わず吹き出しそうになりつつ重ねると、食い気味に「それはもう!」ときた。


「すっごいいい声で、節回しもよくて!なんなんでしょうね、あれは。顔も頭もスタイルもよくて腕もたって、唄まで上手いなんて、神様に愛されすぎですよね」


まくしたてられたが、ちょこちょこと意味不明な言葉がまじる。「すっごい」とは「すさまじく」ということか。「スタイル」とはなんだ。


思い返せば、さくらは常にこんな調子だ。

童子でも承知している言葉を知らないかと思えば、学者のようにこ難しい言葉を口にすることもあるし、異国の言葉としか思えない響きを口にのせることもある。

いったい、どういう出自の何者なのか。興味は尽きない。


考えを巡らせながら、口では別のことを言っていた。


「・・・つまり、自慢なさりたかったわけですね」


途端、さくらの目元がその名の通りの色をはく。

ごく淡い、さくら色。


「すみません・・・誰にもこんな話できないから」

「遊女たちには?」

「し辛いです」

「なるほど、籠の鳥にきかせていい話ではないですね。では、楼主では?あ、原田さんなら喜んで聞いてくださるでしょうに」

「絶対、からかわれますから!」


わかってて言ってますよねと、睨んで寄越す。

もちろん、わかって言っている。

なのになぜ、と山崎は思う。


自分にならからかわれないと思ったのか、この人は。

わかっていない、まるで。


「では、存分におのろけください」


矢立と帳面を取り出し書き付ける素振りを見せ付け、凛とした面差しに滲む羞恥に楽しみつつも、ちらりとよぎった寂しさのようなものに、山崎自身は覚(さと)っていたのかいなかったのか。


それは、住吉の三神が知るばかり―――――


おしまい