第四部・十一ノ三話(藤堂) | さらさの「粗野がーる」

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アメーバの携帯ゲーム「艶がーる」の主人公を、28歳・恋愛偏差値20の女性に置き換えた実験的小説を書いています。

あくまでフィクションなので、深く考えずに読んでください

八つの鐘が鳴り終えて暫く後、降りしきる雨の中を、藤堂さんはやって来た。

彼に会うのはいつぶりだろう。

端正な顔立ちはそのままながら、きりりと引き締まった口元や、力の漲った目尻の辺りからは、はっとするほどの雄雄しさが溢れる。

以前感じた、拭いきれない若さ故の危うさはすっかり消えていた。

 

「昨夜お話しました通り、私、藤堂平助は新選組を離れ、御陵の衛士として勤めることと相なりました」

 

 

藤堂さんの凛とした口上を、正面に座した秋斉さんが「おめでとうさんどす」と受ける。

 

どこか芝居かがったそのやりとりを、私は、落ち着かない気分で眺めていた。

 

秋斉さんは、昨夜、伊東さんに招かれた例の妾宅で、藤堂さんに会ったのだという。

 

藤堂さんは、美濃から戻り、一旦西本願寺の屯所で両長に挨拶を済ませてきたその足で、旅装のままだった。

秋斉さんの姿を認めるなり、その場に手をつき不義理を詫びようとするのを止め、後日改めて話そうといなしたところ、「では明日、ハつに」と言われて、今に至る。

 

律儀な藤堂さんらしい、と思う。

 

それでいて、でも、と反駁する気持ちが湧いてくるのを止められない。

そのワケは、この場に花里ちゃんがいるからだ。

 

通常なら、水揚げにしても、身請けにしても、借財のある遊女の身の振り方を話し合うのは、置屋と『旦那』だ。

 

人生を左右される当人には、後ほど置屋の主から話される。

けれど、藤堂さんは花里ちゃんの同席を望んだ。

そして、花里ちゃんが、私の同席を望んだ。

 

秋斉さんは、どちらにもいい顔はしなかったものの、藤堂さんが押し切った。

 

いわく、「花里さんにも話しておきたい」し、「花里さんがさくらさんを姉だと言うのなら、私にとってもさくらさんは姉だから」と。

 

そんなわけで、私は、相対した秋斉さんと藤堂さんの横顔と、二人の方へ膝を向けて座している花里ちゃんの背中を見比べながらそわそわしている。

 

 

新選組を離れるのを機会に花里ちゃんを見請けしたいという話なら、喜ばしい。

 

でも、二階に呼びに行った花里ちゃんは、「そんなワケあらへん」と言うし、私自身、違うのだろうという予感がある。

 

単純な身請け話なら、花里ちゃんを同席させる意味がないからだ。

 

新選組を離れることになった経緯も、衛士としての所信表明も、二人のこれからも、身請けが済んでから、二人でゆっくりすればいい。

身請け話でないのなら、行き着く先は――――――

 

「新選組と衛士との交流は禁じられましたので、島原に出入りすることも難しくなります」

 

「そら、そうなりますわな」

 

気を揉む私とは逆に、淡々とした秋斉さんの相槌に、厳しく寄せられた藤堂さんの眉根。

 

沈黙が落ちた室内に、庭土を叩く雨音だけが響く。

花里ちゃんの背は小揺るぎもしない。

 

どうなる、どうする。

私一人が気を揉んで、忙しなく視線を動かしている。

 

「―――先の戦の後、どなたさんからか借りはった銀子で花里を落籍(ひ)きたいと言うて頂いた折、わてはお止めしましたわな」

「はい。私の身に何かあれば、花里さんに残るのは半端な腕と借財だけだと」

 

おもむろに秋斉さんが口を開き、藤堂さんが生真面目に受ける。

 

「あれから花里は、いじらしいほど精進し、今や島原でも指折りの芸子に育ちました」

 

常にはないほど花里ちゃんを持ち上げた秋斉さんは、「そやけど」と閉じた扇子を掌に打ち付けた。

 

「藤堂はんはどないどっしゃろ。今も変わらへん、いや、もっと危うい身の上どすわな」

 

ぴしり断じて、扇子を開く。

「新選組に残ろうとは、思いはりまへんの」

 

溜息まじりに吐かれた苦い言葉。

 

「『近藤の四天王』どしたかいな。そない言うて世に聞こえた藤堂はんがついて行きはんのが、果たして伊東はんのためになりますのやろか」

 

続く指摘も痛烈だ。
新選組を抜けないで欲しい―――そう思っている私でも、頬が強張ってしまうほどの手厳しさ。

 

「伊東はんの妨げになり、新選組の力は削がれ、花里は寂しい思いをせんなん。誰も得しぃひん、三方悪しのお考えのように思えます」

 

ダメ押しのダメ出し。

それでも、花里ちゃんの肩越し窺える藤堂さんの表情は静かだった。

 

「旦那さん、よろしおすのや」

 

堪りかねた様子で口を開いたのは、花里ちゃんの方だ。

 

「常から借財してまで身請けして欲しいないと言うたんは、わてやさかい」

 

正面に向いていた膝を回して、藤堂さんに両手をつく。

 

 

「藤堂はんのお陰でわては、半端もんから抜け出せました。ようさんようさん優しゅうしてもろて、水揚げまでしてもろて・・・ほんまに、おおきに、おおきに」

 

「ちょっ・・・・・・」

 

ちょっと待って、なにこの流れ。

 

焦って腰を浮かせかけた私に、秋斉さんの扇子がつきつけられる。

言葉よりも雄弁に、黙れと語る視線。

 

でも、秋斉さん。

こんなのって、ない。

 

「わては、あんさんにこれ以上、なんかしてもらおうやなんて望みまへん」

 

 

私の思いをよそに、花里ちゃんはゆるゆると頭を下げた。

 

 

「どうぞ、存分にお志を遂げとくんなはれ」

 

 

花里ちゃんの姿勢が低くなった分、藤堂さんの姿がよく見える。

 

私は、半ば中腰になって、彼の言葉を待った。

が、藤堂さんは何も言わず、花里ちゃんに正対して深く頭を下げた。

 

ざけんな、この朴念仁。


続く