第四部・十ノ四話(花里) | さらさの「粗野がーる」

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アメーバの携帯ゲーム「艶がーる」の主人公を、28歳・恋愛偏差値20の女性に置き換えた実験的小説を書いています。

あくまでフィクションなので、深く考えずに読んでください

 

翌日。

 

 

早速西本願寺に行って、竹矢来の外からそれとなく屯所を窺っていると、若い隊士と目があった。

 

名前は思い出せないが、知った顔だ。

向こうも覚えがあったらしく、「あ」と言う表情をした。

咄嗟に作った引きつった笑顔をどうとらえたか、早足で近づいてくる。

 

「お久しぶりです、さくら殿」

 

「あ、お久しぶりです・・・・・・」

 

なんと、名前も記憶されていた。

 

先だってはお世話になりましたと続けられるも、世話した覚えは全くない。

それでも、ここは大人として如才なく受けておくことにする。

 

「・・・いえいえ」

 

「一昨年の夏です」

 

一拍置いたのがよくなかったか、すかさず補足されてしまった。

 

それにしても、一昨年の夏とは。

一昨年の夏といえば、確か、原田さんの祝言が蛍の頃ではなかったか。

 

「稽古中に岡戸が倒れた際、さくら殿の適切な処置で事なきを得ました。あの折の稽古相手が、拙者です」

 

「ああっ、はい!」

 

古川小二郎と申します、と名乗り、古川さんはキラリと光る歯を見せた。

 

 

「して、本日は、局長か副長に御用でしょうか」

 

「あ、いえ。あの・・・伊東さんは」

「伊東先生ですか・・・・・・」

 

古川さんの爽やかな笑顔がたちまち陰るのを見て、私の胸もきゅっと縮む。

 

 

「伊東先生は、隊を離れられ、もうここにはおられません」

 

「―――脱、走?」

 

ぶるりと、身が震えた。

 

けれど、そんなはずはない。

それなら、今頃、隊を挙げて捜索活動が行われているはずだ。

山南さんのときに、そうだったように―――

 

「いえ。朝廷より先帝の陵墓をお守りするよう御下命があり、今後は衛士としてお勤めされると、今朝ほど副長よりお話がありました」

 

「・・・・・・」

 

新選組は、幕府に雇われているはずなのに、何故朝廷から?

 

先帝の陵墓を守るというのもわからない。

誰か、墓荒らしをたくらむ輩でもいるのだろうか。

 

「―――拙者にも、よくわからないのです。何故、両長が彼らの脱退を許されたのか。それでいて、今後彼らと交わることはならんと厳命され、みな困惑しております」

 

「彼ら?伊東さんだけではないんですか?」

「はい。弟の三木さんはもちろん、篠原さんや、内海さん、毛内さん・・・・・・」

「藤堂さんはっ?」

 

いずれも『伊東派』として知られる名前を並べ立てるのを、遮った。

 

本当は、聞くまでもないことだったのだけれど。

事実、古川さんは頷いた。

 

「美濃からお戻り次第、脱けられるとのことです」

 

 

一縷の希望を砕かれて、私は足取り重く置屋へ戻った。耳の奥では、幻の滝音が鳴り続け、古川さんにきちんと挨拶をしたのかどうか、それすらも覚えがない。

 

 

気づけば、大門の前まで戻ってきていて。

 

足を止め、見返り柳を見上げながら考えた。

 

(天皇陵を守る・・・・・・)

 

 

何度繰り返してもピンとこない。

 

ただ、それは名目なのだろうと思った。

先帝のお墓を守るという名目で、尊皇活動をするということなのだろうと。

わからないのは、古川さんも言っていたように、伊東さんよりむしろ近藤さん、土方さんの考えだ。

尊皇活動のために隊を抜けたいなどと言い出せば、粛清の対象となるのが通例だったはず。

 

西から東へ風が吹き抜け、柳の枝が、カラカラと鳴った。

 

強風を受け流すその様に、伊東さんが重なる。

 

(一体、どんな魔法を)

 

 

更に考えを巡らせかけたところへ、「さくらはーん」と呼ぶ声があった。

 

びくりとして振り返れば、大門の向こうから、風呂敷包みを抱えた花里ちゃんが駆けて来る。

 

「さくらはんと帰るさかい、もうええよ」

 

 

三味線箱を持って従う金吾さんに袖を振り、「どっか、お出かけどした?」とこちらを見上げる花里ちゃんに、返す言葉がなかった。

 

 

昨夜、藤堂さんとはうまくいっているのかと尋ねた私に、「うまくいくもなんも」と笑った彼女。

 

水揚げが済んで以来、美濃に行ったきりだから、喧嘩したくてもできはしないと。

 

花里ちゃんは、何も知らない。

 

聞けない、言えない。

 

藤堂さんは、いつ美濃から戻るのだろう。

 

戻って、花里ちゃんになんと言うのだろう。

新選組を抜けた。かつての同士との交流は許されていないから、もう、島原には来れないと、どんな顔で話すのだろう。

 

その時、花里ちゃんは泣くのだろうか。

 

それとも、涙を堪えて笑うのだろうか。

 

今、私の前で、花里ちゃんはキラキラした笑顔を見せている。

 

『尊皇』とは、この笑顔を曇らせてもいいと思えるほど、大切なことなのだろうか。

 

「見て、さくらはん。かいらし芽が、いっぱい」

 

「あ、うん」

 

花里ちゃんの言葉通り、ついこのあいだまで、寒々かった枯れ枝には、びっしりと若芽がついている。

 

 

「生きてるんやねぇ」

 

「うん・・・・・・」

 

そうか、生きているんだ。

 

しみじみ呟く花里ちゃんの横顔を眺めて、思う。

 

伊東さんも、藤堂さんも生きている。

 

花香太夫が語った男とは違い、祟られることなく、首を失くすことなく。

 

「『生きてるだけで丸もうけ』だもんね」

 

 

どっかの誰かが言っていた名言に、花里ちゃんは「ほんま、それ」とコロコロ笑った。

 

 

続く