第四部・五ノ二話(土方) | さらさの「粗野がーる」

さらさの「粗野がーる」

アメーバの携帯ゲーム「艶がーる」の主人公を、28歳・恋愛偏差値20の女性に置き換えた実験的小説を書いています。

あくまでフィクションなので、深く考えずに読んでください

―――ひゅんっ



風をきった三節棍が、鈍い音をたてて巻き藁にヒットした。



「うん、中々」



毛内さん作成の、三節棍。

こんなものを受け取っては、黒歴史を重ねる羽目になるとわかってはいた。

けれど、使ってみたい欲求に抗い切れなかった・・・・・・。



置屋で振って、秋斉さんや番頭さんに見つかろうものなら、小言の集中砲火を浴びるに決まっている。

どこかの河原で試せば、奉行所の同心に見咎めれるだろう。



そこで私は考えた。

梅鶯庵ならどうだろう。



日のあるうちに行けば、土方さんがやってくるまで猶予がある。

それまでに練習して、上手く扱えるようになったところを披露すれば、土方さんなら面白がってくれるのではないだろうか。

例の『ロケットパンチ』のときも、なんだかんだ言いつつ試していたことだし。



なによりこのとき私には、土方さんに言わなければならないことがあった。

あまり楽しい話ではない。

気を悪くさせないよう、どうもって行けばいいのか、ここ数日頭を悩ませていた。



三節棍が、そのきっかけになってくれれば。



そんな下心アリで、待ちかまえた土方さんは、日が落ちる直前にやってきて。

台所でおなつさんから事情を聞いていたらしく、座敷に忍び入ると、庭で練習に励む私を「この阿呆!」と一喝して飛び上がらせた。



「囲った女に、そんなもん振り回して迎えられるのは俺くらいだろうよ」

「私は、囲われ者じゃないですし」

「女房なら、尚更いやしねぇよ」



眉間に深い皺を寄せ、つけつけと言いながらも、口元が笑っている。

好感触に気をよくして、まだまだたどたどしいながら操って見せると、袂から取り出した何かを投げて寄越された。



「木戸銭代わりだ、とっとけ」



美しく彩色された蛤だ。

開いてみると、玉虫色の輝きを放つ紅だった。

世の女性の憧れ、小町紅だ。



「わあ、ありがとうございます」



意外な贈り物に、嬉しさと同時、羞恥がこみあげてくる。

紅という、女らしい贈り物に対して、私の有様ときたら。



いい加減にしてこっちへ来いと手招かれても、傍へ寄ることに躊躇いがでる。

縁側にちょこんとお尻をひっかけた私に、座敷にいた土方さんの方が歩み寄ってきた。

隣に座られて、ついつい身体が硬くなる。



「汗臭い、ですよね、私」

「女の汗が臭ぇなんざ、枯れ果てた爺じゃあるめぇし」



季節はもうすっかり冬で。息も白いし、晴れた夜空はキンと澄んで、散らばった星々は氷の粒のよう。

汗が冷えて寒いはずが、私の耳は熱くなるばかり。



「あの、これ・・・今度は綺麗にしてきます」



もらった紅を握り締めて呟けば、土方さんは小さく笑った。



「どっちでもかまやしねぇさ。汗かいてようが、めかしこんでようが、どっちもお前だろうが」



――――――これで何度目だろう。

この人の殺し文句にやられたのは。



男心をくすぐる仕草や言葉。

そんなものは、私にはない。

どうしたって三の線な私を、楽しんでくれる。

かと思えば、永倉さんや毛内さんとは違って、こうしてきちんと女性としても扱ってくれる。



だから私は、私でいられる。

こんな自分でもいいと思える。



「私、女に生まれてよかったなって思ってます。今は、本当に」



眼を見て言うのはどうにも気恥ずかしく、うつむいたまま蛤の殻を何度も何度も撫でさする。

そんな私の言動を、土方さんはどうとらえたものか。



「そりゃあ、なによりなこった」



そっけなく応じて、飯にしようと腰を上げた。

でもきっと、土方さんのことだから、私に生じた大きな「変化」の一つとして、胸に刻んでくれたと思う。


  五ノ三話に続く