―――ひゅんっ
風をきった三節棍が、鈍い音をたてて巻き藁にヒットした。
「うん、中々」
毛内さん作成の、三節棍。
こんなものを受け取っては、黒歴史を重ねる羽目になるとわかってはいた。
けれど、使ってみたい欲求に抗い切れなかった・・・・・・。
置屋で振って、秋斉さんや番頭さんに見つかろうものなら、小言の集中砲火を浴びるに決まっている。
どこかの河原で試せば、奉行所の同心に見咎めれるだろう。
そこで私は考えた。
梅鶯庵ならどうだろう。
日のあるうちに行けば、土方さんがやってくるまで猶予がある。
それまでに練習して、上手く扱えるようになったところを披露すれば、土方さんなら面白がってくれるのではないだろうか。
例の『ロケットパンチ』のときも、なんだかんだ言いつつ試していたことだし。
なによりこのとき私には、土方さんに言わなければならないことがあった。
あまり楽しい話ではない。
気を悪くさせないよう、どうもって行けばいいのか、ここ数日頭を悩ませていた。
三節棍が、そのきっかけになってくれれば。
そんな下心アリで、待ちかまえた土方さんは、日が落ちる直前にやってきて。
台所でおなつさんから事情を聞いていたらしく、座敷に忍び入ると、庭で練習に励む私を「この阿呆!」と一喝して飛び上がらせた。
「囲った女に、そんなもん振り回して迎えられるのは俺くらいだろうよ」
「私は、囲われ者じゃないですし」
「女房なら、尚更いやしねぇよ」
眉間に深い皺を寄せ、つけつけと言いながらも、口元が笑っている。
好感触に気をよくして、まだまだたどたどしいながら操って見せると、袂から取り出した何かを投げて寄越された。
「木戸銭代わりだ、とっとけ」
美しく彩色された蛤だ。
開いてみると、玉虫色の輝きを放つ紅だった。
世の女性の憧れ、小町紅だ。
「わあ、ありがとうございます」
意外な贈り物に、嬉しさと同時、羞恥がこみあげてくる。
紅という、女らしい贈り物に対して、私の有様ときたら。
いい加減にしてこっちへ来いと手招かれても、傍へ寄ることに躊躇いがでる。
縁側にちょこんとお尻をひっかけた私に、座敷にいた土方さんの方が歩み寄ってきた。
隣に座られて、ついつい身体が硬くなる。
「汗臭い、ですよね、私」
「女の汗が臭ぇなんざ、枯れ果てた爺じゃあるめぇし」
季節はもうすっかり冬で。息も白いし、晴れた夜空はキンと澄んで、散らばった星々は氷の粒のよう。
汗が冷えて寒いはずが、私の耳は熱くなるばかり。
「あの、これ・・・今度は綺麗にしてきます」
もらった紅を握り締めて呟けば、土方さんは小さく笑った。
「どっちでもかまやしねぇさ。汗かいてようが、めかしこんでようが、どっちもお前だろうが」
――――――これで何度目だろう。
この人の殺し文句にやられたのは。
男心をくすぐる仕草や言葉。
そんなものは、私にはない。
どうしたって三の線な私を、楽しんでくれる。
かと思えば、永倉さんや毛内さんとは違って、こうしてきちんと女性としても扱ってくれる。
だから私は、私でいられる。
こんな自分でもいいと思える。
「私、女に生まれてよかったなって思ってます。今は、本当に」
眼を見て言うのはどうにも気恥ずかしく、うつむいたまま蛤の殻を何度も何度も撫でさする。
そんな私の言動を、土方さんはどうとらえたものか。
「そりゃあ、なによりなこった」
そっけなく応じて、飯にしようと腰を上げた。
でもきっと、土方さんのことだから、私に生じた大きな「変化」の一つとして、胸に刻んでくれたと思う。