第百七ノ三話(山崎) | さらさの「粗野がーる」

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アメーバの携帯ゲーム「艶がーる」の主人公を、28歳・恋愛偏差値20の女性に置き換えた実験的小説を書いています。

あくまでフィクションなので、深く考えずに読んでください

仲居頭に、孔雀の間のお客さんに接待を頼まれたと報告すると、「柏屋さんは新しいお客はんやけど、上客やさかい失礼のないようにな」と念を押され、下戸らしいからと煎茶の道具と干菓子を持たされた。

大坂の廻船問屋の若旦那だと全く疑われていないのは、さすがだと言うしかない。
本当の彼は、下戸でもなければ甘いもの好きではもないはずなのに。
仕事がら、任務中はお酒を飲むことができないのだろう。


お客さんが使う階段とは別に、台所にある箱階段を上って孔雀の間の襖前に正座をする。

隣の馬の間は、永倉さんたちのお座敷だ。
鍵屋さんのお座敷が終わったのか、菖蒲さんの笑い声や、投扇興をしているらしく、点数を読み上げる花里ちゃんの声や、結果に一喜一憂する永倉さんや藤堂さんの声が漏れ聞こえてくる。

隣の座敷で一人、賑やかで楽しそうなその声を聴きながら、山崎さんは何をしているのだろう。
疑問に思いつつ、襖前から声をかけ、中へと入る。


孔雀の間は狭く、床の間もない。
二対の燭台に立てられた蝋燭が、揺らめきながら、海棠の花が描かれた襖を背に端然と座す山崎さんを照らしている。


「お呼びたてして申し訳ありません」


いつもの無機質な話し方に戻った山崎さんが、頭を下げて寄越すのを曖昧に笑って受け、私は煎茶の準備を始めた。
涼炉で温めた湯を染付の小さな茶碗に注ぎ、茶葉の入った急須に入れる。


「先生は、今夜はお仕事で?」
「ええ。さきほどまで連れがおりました。連ぎをつけるにも揚屋はもってこいですから」


茶葉を蒸らす間に短い会話を交わして、頃あいをみて茶碗へと注ぐ。
茶卓に載せてどうぞと勧めれば、山崎さんは煎茶を口に含んでゆっくりと飲み干し、ふっと短く息を吐いた。

うまい、と端的な賛辞に滲んだ疲れを感じて心配になる。


「お忙しそうですね。少しは休めてますか?」


山崎さんは目元を僅かに緩めただけで答えようとはしなかった。
きっと立場上、話しにくいことが沢山あるのだろう。


「えーと・・・ここに招んでくださったのは、何かお聞きになりたいことがあるとか?」


甘いものを食べて少しでも疲れが取れればいいなと、干菓子を勧め、質問を変えてみた。
干菓子を口に運んだ山崎さんの笑みが深くなる。


「聞きたいことがあるのは、貴女のほうでは?」
「へ・・・・・・?」


逆に問われて一瞬きょとんとしたものの、すぐに土方さんのことを言われているのだと思い至った。
もうすぐ五月も終わる。
ということは、もうすぐ土方さんが帰ってくる。

京にもどって落ち着いたら報せよう、そう言ってくれた声を思い出して、私はひとり掌に汗をかく。


「っ、土方さんは・・・・・・」


山崎さんの視線に、なにもかもを見透かされている気がして、思わず声が上ずった。


「土方さんは・・・お変わりないでしょうか」
「お元気ですよ、お体は」
「お体はって・・・・・・」


含みのある答えに顔が強張る。
心は違う、山崎さんはそう言いたいのだろうかと。


「肥後守様よりお引き留め頂き、局長は、隊の解散を思い留まられました」


私の知りたい土方さんの様子とは違う話だったけれど、新選組が解散されないのは朗報だ。
よかったと息を吐く私を、山崎さんは再び暗い気分に突き落とす。


「しかしながら、最近また脱走者が続出しています。あなたもご存知の馬詰柳三郎。あれも父親と共に先日脱走を」
「馬詰さんが・・・・・・」


言葉を交わしたのは一度きりだけど、掏摸に切られた傷の手当てをしてくれたり、草履を買いに走ってくれた馬詰さんの、柔和な顔を思いだす。
厳しい隊規に縛られた、苛烈な剣客集団である新選組にはそぐわないあの雰囲気。
彼に関しては、脱走したと聞いても納得がいく気がした。


「副長がご不在故に、あちこちに緩みがでています」


言いながら山崎さんが、隣の座敷へと視線を流したから、私の心は更にもやもやしたものに覆われた。
永倉さんや藤堂さんが島原で遊んでいることも、緩みだというのだろうか。
山崎さんが、一人きりで彼らの座敷の隣にいるのは、監視の為なのだろうか。

永倉さんたちのように、隊士同士の親交を深めることもなく、お酒も飲まず、一人でこうして気配を殺して。
そんなの・・・なんだかやりきれない。


「先生っ、まだ残ってますよ。お菓子!食べてくださいっ」


突然大声を出した私に、山崎さんが驚いた顔をする。
大きな声は困りますと、唇を塞ぐ手真似をされたけど、私はかまわずに干菓子の載った皿を押しやった。


「食べてください・・・甘いものは疲れがとれますから」


珍しく戸惑いも露わに私と干菓子を見比べていた山崎さんは、やがて溜息のような笑みを漏らした。

・・・おおきに」


上方訛りでそう言って、干菓子に手を伸ばす。
故郷の言葉で漏らされた言葉は、普段のそれより真情がこもっているように思えたのだけれど、それは一瞬のことで。


「副長は、こちらに戻ってこられても、しばらくはお忙しいと思います。噂が届いているでしょうが、不逞の輩が続々と入京してきている」


たちどころにいつもの無表情無感動な声色に戻った山崎さんは、淡々と語り始めた。
昨年の政変以来、一時なりを潜めていた過激な尊攘思想の持ち主たちが、また動き始めていることは、山崎さんのような密偵仕事をする人でなくとも明らかになってきている。

つい先日も、会津様家臣だというお侍の首が洛東で晒され、中川宮の家臣が暗殺されたという話も聞き及んだ。
会津様も、中川宮も、攘夷を阻む奸臣として、過激攘夷派浪士に目の敵にされているらしい。


「それらの捕縛、尋問。加えて脱走者の処断。『鬼』としてこなさなければならない仕事が山積みです」
「・・・・・・」


『体は元気』―――先ほど言われた言葉の意味がわかった気がした。
胸のもやもやが一つの大きな塊と化し、私の喉を圧迫する。


「私に・・・なにかできるでしょうか」

掠れた声で問うた私に、山崎さんの筋ばった長い指が干菓子の載っていた皿を指す。


「・・・お心のままに。貴女の心は、私になぞ割かずともよいのです」


労わりも心配も全て一番大切なものの為に使えと示唆されて、得心がいった。

ああ、この人は。
市中を探索するだけでなく、同士を監視するという昏い孤独な役割を淡々とこなすこの人は、自身もそうしているのだと。


「・・・辛く、はないですか。嫌になったり投げ出したりしたくならないですか」
「なりません」


胸に迫るものに耐えかねて、聞かずもがなの問いかけをした私に、山崎さんは短くも決然とした答えを寄越した。


「全てを懸けたいと思えるものを見出だせた私は、果報者だと思っております」


山崎さんの声に熱はなく、むしろ冷たいほどだったのに、その温度にむしろ熾烈さを感じさせられ、私は言葉もなく畳へと目を落とした。

私の、土方さんへの想いは、山崎さんのそれに見合うようなものだろうか。

土方さんが好きだ、傍にいたい。笑って欲しい。
嘘偽りなくそう思うけれど。


沈黙が落ちると、隣座敷の楽しそうな声が、殊更耳につく。


「私は・・・先生みたいにはできないかもですけど・・・でも」


この恋は、拙い、稚い恋かもしれない。
でも、恋した相手だけが大切で、他のものは全部犠牲にして、なにもかもを捧げる。
そんな恋し方は、もうできない。
それでも。


「なにがあっても、土方さんの味方でいたい、とは思います」


伏せていた目をあげて、最後は山崎さんの顔をしっかり見つめてそう告げた。
山崎さんの表情はぴくりとも動かない。
切れの長い静謐な双眸の中で、蝋燭の灯りだけがちらちらと揺れている。

頬骨高く、眼光鋭く、鋭い刃物で彫り出したような鋭角な鼻や顎で形作られた、女性めいたところのない顔立ちの中で、唯一奇妙な艶めかしさを感じさせる色の濃い唇が、何度か小さく開け締めされて。

何を言われるのかと息を詰めて見守る私に、山崎さんは結局何も言わずに頭を下げた。
背筋を伸ばし、指先を揃えた手を膝に置き、肘を張って。


山崎さんの意図が分からず狼狽した私は、腰を浮かせかけて、隣の座敷からどやどやと人が出入りする気配を感じた。
酔ってご機嫌な永倉さんの大声が聞こえる。


「おひらきのようですね。始末があるでしょうから、行ってください」


顔をあげた山崎さんに、「お引き留めして申し訳ございませんでした」と退室を促され、私は形にならないもどかしさのようなものを抱えたまま、茶道具を片付け、孔雀の間を後にした。


廊下で、男性客とすれ違った。

どこかで会ったような気がする。誰だったか思いだそうとしながら振り向くと、お客は孔雀の間に姿を消した。


第百七ノ四話に続く