第百五ノ二話(山崎) | さらさの「粗野がーる」

さらさの「粗野がーる」

アメーバの携帯ゲーム「艶がーる」の主人公を、28歳・恋愛偏差値20の女性に置き換えた実験的小説を書いています。

あくまでフィクションなので、深く考えずに読んでください

右手の怪我は跡も残らずに快癒し、私は徐々に日常に戻ることができた。

新選組は従来通り市中の巡邏を任され、慶喜さんは将軍後見職を辞し、御所を守るお役目と大坂湾を守るお役目を任されることになったらしい。
慶喜さんの役職名は、秋斉さんから聞かされたものの、ながったらしくて覚えられなかった。

今までとどう変わったのかも実はよくわかっていないのだけれど、相変わらず忙しいらしいということは理解した。
仕事内容がどんなものであれ、役職名がなんであれ、私にとっては慶喜さんは「けいきさん」のままだから、特に変わりはない。


秋斉さんから「他出禁止」をくらっている間、何度か島原を巡邏中の土方さんを見かけた。

その度に二階を見上げてくれるから、階段を駆け下りて行って言葉を交わす、ほんの少しの時間が私の癒しだった。


巡邏の相棒は、藤堂さんだったり原田さんだったり斉藤さんだったりと毎回違う人で。
引き連れている平士と思われる人たちを先に行かせ、私と言葉を交わす土方さんへの視線も、それぞれだった。


藤堂さんは、ニコニコ。
原田さんは、ニヤニヤ。
斉藤さんは、イライラ。


嫌われるようなことをした覚えはないのだけれど、なぜか斉藤さんには敵意を持たれている気がする。

土方さんにとってはどの人のどの視線も気にくわないようで、いつも苦い顔をしてすぐに行ってしまうのだけれど、巡邏中なのだから仕方のないことなのだろう。


そんな感じで過ごした半月余り。
ついに謹慎が解かれた次の日、夜明けと共に起き出した私は、竹刀を片手に早速鍛錬へと繰り出した。

他出禁止と、労働禁止のおかげですっかりなまってしまった体を早く元に戻したい。

逸る気持ちでくぐった鳥居の向こう、葉桜の下に見知らぬお侍が立っていた。

折り目正しい袴姿。
すんなりと伸びた背筋と、少し長めの首。
肘をはって会釈をするその様もお侍然としていて、まじまじと見つめたその顔が、山崎さんのものであると認識した私は挨拶も忘れてぽかんとしてしまった。

行商人だったり職人だったり商人だったりといった、今までの町人姿とはまるで別人に見える。


「お久しぶりです、さくらさん」
「ご無沙汰してます・・・。珍しい恰好ですね」
「板についておりませんのでお恥ずかしい限りです」


山崎さんはそう言うが、この人は何を着ても様になるというか、その職業身分そのものに見えてしまうところがすごい。

よくお似合いですよと言った私に、それはどうもと気のない返事をした山崎さんは、桜の幹に立てかけてあった棒を私に差しだした。


「今日は打ちあってみましょう。貴女は棒で。私にその竹刀をお貸し頂けるでしょうか」


より実践に近い稽古を持ちかけられて、私はまだ少し眠気を残していた頭と体が急速に目覚めるのを感じた。

棒と竹刀では、リーチでは圧倒的に棒が有利だ。
ただ、長い分取り回しは棒の方が難しい。

脚を狙って繰り出した攻撃を跳んで交わされ、激しく打ちこまれてつばぜり合いになる。
力では振りだから、相手の力を上方に逃しつつ蹴りを繰り出す。

飛び退(すさ)った山崎さんが仕切り直す。
お互い間合いを取ろうと時計回りに旋回する。


相手は真剣だと仮想して立ちあうと、その緊張感、疲労感は常の稽古の比ではなかった。

それでも、永倉さんと打ちあった時のような恐怖感は、山崎さんからは感じられない。
お互いに防具なしだから寸止めだったけど、何度か脛に当て、最後に面を取った時、山崎さんが竹刀を引いた。


「お見事です」
「いや・・真剣だったら何度も死んでましたよ、私」
「お互い様かと」


褒められて恐縮した私に、山崎さんはそんな慰めを口にしたけれど、竹刀は真剣で有り得る一方で、棒は棒だ。
今の腕では、真剣を持った相手には敵わない。


「副長から、貴女への稽古を厳しくするように仰せつかりましたが、ほどなく私が教えられることなどなくなりそうだ」
「土方さんが?」


汗を拭き、共に腰かけた桜の根元。
山崎さんが漏らした言葉に胸が締まる。


「ああいうご性分の方ですから、はっきりはおっしゃいませんが、ご心配でならない様子でしたよ」

左手の人差し指で、右の掌を切る真似をしてみせ、山崎さんは竹筒の水を呷(あお)った。


「この先、京はどんどん物騒になる。貴女のお相手が私では力不足になってくるでしょうから、他の『先生』を頼まれた方がいいかもしれない」
「他のって言われても・・・・・・」
「原田さんとか」
「絶対嫌です」


なんでよりにもよってソコ。
この神社で原田さんの話をされると芋虫思いだすっ。


「沖田さんは教えるのがお上手とは言いかねますし、永倉さんは女性に本気で教えてくれはしないでしょうし・・・・」


怖気をふるった私を気に留める様子もなく思案顔をした山崎さんは、ふと思いついたように小さく肯いた。


「斉藤さんはどうでしょう。隊でも三本指に入る剣客で、寡黙な方ですが教え方はお上手ですよ」
「斉藤さん、ですか・・・・・・」


微妙。微妙チョイス。

内心と同じく微妙顔になってしまったのであろう私に、山崎さんの視線がちらりと寄越される。
お気に召しませんかと問われ、なにやら嫌われている気がすると答えると、山崎さんは喉を鳴らして微かに笑った。

「ああ、それは・・・貴女か悪いわけではありませんので」


気にしなくてもいい、と言われたものの、釈然としないものが残る。

何もしていないのに、なぜ嫌われなくてはならないのか。


「葛藤があるのです、恐らく」

「はあ・・・・・・」


さっぱり理解が及ばず、気の抜けた相槌を打つ。


「どう生きてどう死ぬのか」


山崎さんは、一口水を飲んで、続けた。


「武士というのは、作られていくものなのでしょう」


端から、私に理解させよとはしていなかったのだろう。

それだけ言うと、山崎さんは腰を上げて帰っていった。


それから何日か続けて稽古をつけに来てくれたのが、ぷつりと途絶えた日のことだ。

お使いに出かけた四条の町は、なにやら不穏な空気に満ちていた。


第百五ノ三話に続く