第百四ノ三話(秋斉) | さらさの「粗野がーる」

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アメーバの携帯ゲーム「艶がーる」の主人公を、28歳・恋愛偏差値20の女性に置き換えた実験的小説を書いています。

あくまでフィクションなので、深く考えずに読んでください

ミセ先で、秋斉さんに事情を説明した土方さんは、「せいぜい絞られろ」と楽しげに言い置いて帰って行った。
その一方で、「膿がでないよう、厭(いと)え」と、気遣う言葉も忘れないところがなんというか・・・蜜まみれの鞭でぶたれたような気分にさせられる。

 

「ほんまおおきに、お世話さんどした」

にこやかかつ慇懃に土方さんを見送って、秋斉さんはゆっくりと私を顧みた。

 

「さて、さくらはん」

 

にっこり優美に弧を描く唇。対象的に微塵も笑っていない双眸。

怖いっ。

新選組の「鬼副長」より、藍屋の「色男の主」の方が、よっぽど怖いっ。

 

「わての部屋でお話しまひょか」

 

声音ばかりは優しく誘われ、逆らうことなどできないままに、私は秋斉さんに従って、彼の部屋へと足を踏み入れた。

いつものようにふわりと薫る、お香。現実逃避気味に考えた。

涼やかでありながら、確かな艶かしさも含んでいる香りは、秋斉さんそのもののようだ。

 

「そこ、座りぃ」

 

今回は、どんな口上からのお小言が降り注ぐのかと身構える。

が、差し向かいに座した秋斉さんは、右手に持った扇子を左手のひらに打ちつけながら黙っている。

ぱしっぱしっと、扇子が肌を打つ音がするごとに、うなだれた肩に重しが増えていくようだ。

 

もう無理だ。いっそ一気にばっさりやって欲しい。

息も絶え絶え、うなだれていた顔を上げた時、ようやく秋斉さんが口を開いた。

「江戸の吉原では、足抜けした遊女が連れ戻されたらどうなるか知ったはりますか」
「・・・いえ・・・・・・」
「座敷牢に閉じ込めて、殴る蹴るの折檻や。焼けた火箸を押しつけられたり、それはもうえげつないと聞きます」

 

話の内容と裏腹に、秋斉さんの口調はどこまでも淡々としていて、それが逆に恐ろしい。

 

「島原では足抜けする遊女やらもう長いこといてまへけども、ここも遊郭やさかいな。あんさんは知らんやろけどありますねん、座敷牢」

 

とんっと、扇子の要(かなめ)を畳に打ちつけた秋斉さんは表情を変えないままに言葉を継いだ。

 

「時々、思いますんや。あんさんを、牢に、つないでおこうかと」
「・・・・・・っ」

 

強張った頬に、秋斉さんの手が伸びてくる。

 

「どこへも出さんと、誰にも会わさんと、閉じ込めておいたらこない思いせんですむやろうに、なぁ?」

 

秋斉さんを怖いと思ったことは、今までに何度もある。
それは、子供が両親や教師を敬い畏れる気持ちに近いものだ。
けれど、今は違う。
もっと根源的な、秋斉さんの持つ「危うさ」のようなものが私を酷く怯えさせた。

 

音をたてて張りつめて行く空気。
一歩部屋から出れば、温(ぬる)んで長閑な春の陽気に満ちているというのに、私の背中には冷たい汗が何筋も伝い落ちて行く。

 

ベンッ――― 二階から三味線の音が聴こえてきたのは、秋斉さんの冷え切った指先が私の目元をなぞった時だった。

三味線の哀切な調べにのって、華のある歌声が微かに聴こえる。
藍屋では、菖蒲さんに次ぐ二番手の天神、玉緒さんのものだ。合いの手の鼓は花里ちゃんだろうか。

それをきっかけにして、秋斉さんは指先を握りこみ、深く息を吐き出すと共に憑き物が落ちたかのように表情を緩めた。

 

「・・・堪忍え、冗談や。怖がらせてしまいましたな」
「いえ・・・・・・」

 

とても冗談だったとは思えず、震える唇で口ごもる。
そんな私の様子に眉を下げた秋斉さんは、いつもながらの優雅な所作で立ち上がり、部屋の隅の箪笥へと歩み寄った。

抽斗から取り出されたのは、いつぞや慶喜さんに頂いて、その後すぐに秋斉さんに預かられた懐剣で。

 

「これを返しておきます」

 

一体どういう風の吹き回しだろうかと、見上げた秋斉さんの表情に胸を衝かれた。

秋斉さんの、精巧につくられた人形のような美貌。そこには一見、なんの感情も浮かんでいない。
でも、じいっと瞳の奥を覗きこめばちらちらと揺れるものがものがある。

秋斉さんという人そのもののとも言える、複雑すぎるその色がなんなのか、判じかねた私は懐剣を受け取ることも忘れて秋斉さんを見つめた。

 

「いらんの?いらんのやったら捨てますけども」

 

凝視されることを嫌ったか、秋斉さんの瞳はすいっと細められ、苛立ちを含んだ声が私の意識を弾いた。

 

「いえ・・・いります。でも、どうして?」

 

懐剣を受け取って懐にしまい、尋ねた私に立ったままの秋斉さんが薄く微笑む。

 

「身の程知らずは、やめにしようと思うて」
「・・・・・・?」

 

意味がわからず小首を傾げた私に、秋斉さんの笑みが深くなる。
なのに。
その微笑みが綺麗であれば綺麗であるほど、胸が苦しくなるのは何故だろう。

 

「お月さんから来はった人を、縛りつけておけるわけおへんさかいに・・・なあ」

 

たった今、座敷牢に閉じ込めておきたいと語った同じ口から漏れ出る言葉に、私の混乱は増すばかり。
どっちが本心?

しらず着物の襟を強く握った私の前に片膝をついて、秋斉さんは強張った私の頬を優しく撫でる。

 

「今も・・・迷いがないわけやない。ただ、こういうことがあると」扇子で、包帯の巻かれた私の右手を示して、「慶喜はんの言うてはったことが正しいと、つくづく思います。あんさんは幼子やない。自分の身は自分で守れるだけの力もある。そやのにその術を奪いとったんは、わてのワガママやさかい」

 

ゆっくりと、秋斉さんの言っている意味が理解できてきた。
さっき土方さんに言われたことと、シンクロするように。

 

何を言っても私の性分は変えられないという諦観と、自由にする以上自分の命は自分で守れという覚悟を促す言葉。

感謝の気持ちが溢れでて、けれどそれをどう言葉にしていいのか分からず、私はただ黙って畳に手をつき深く頭を下げた。

 

言葉は厳しくても、秋斉さんはいつも私を甘やかしてくれた。
危険から遠ざけ、守ろうとしてくれていたと思う。
私には、それが有難くありつつも、大人しく彼に守られていられない自分が申し訳なくもあり。

だから、秋斉さんの本心がどうであれ、「自分の身は自分で守りたい」という私の気持ちを汲んで、それを認めてくれた行動が嬉しかった。ただただ有難かった。

 

なんだか泣けて来て顔を上げられない私の肩を、秋斉さんの扇子がぽんと叩く。

 

「ところで、さくらはん。また誰ぞの下駄履いて戻って来はったけども、御自分の草履はどないしたん」

 

先ほどまでと違う、からかいい混じりの声に、ぎくりとする。

 

「頼んであった買いものは?」

 

更にぎくり。
額にじわりと脂汗が浮くのを感じながら、おそるおそる顔を上げた私に、秋斉さんは綺麗に笑って閉じた扇子を突き付けた。

 

「しばらく他出禁止」

 

じっとしているのが苦手な私には辛いお仕置きのはずなのに、この時私はなぜだかとてもほっとして。

思わず微笑んでしまった私に、秋斉さんは、「きちんと反省してはりますのんか」と柳眉を逆立てたのだけど、「ほんまに座敷牢にいれますえ」と脅かされても、もう恐怖は感じなかった。

 

第百五話に続く