第百二ノ二話(土方) | さらさの「粗野がーる」

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アメーバの携帯ゲーム「艶がーる」の主人公を、28歳・恋愛偏差値20の女性に置き換えた実験的小説を書いています。

あくまでフィクションなので、深く考えずに読んでください

水たまりを避けつつも、土方さんの歩みは早い。


「待って!土方さん、待ってください!」


哀しいかなリーチの差で、どんどん置いていかれそうになり、私は声を張って呼び止めた。
足を止めて振り向いた土方さんが、目顔で「何だ」と問うてくる。


「あのっ、これ。ありがとうございました。私、先日は気付いてなくて・・・・・・」


高く結った髪の結び目を指し、結い紐のお礼を述べると、土方さんは不機嫌な顔でそっぽを向いた。


「別に礼を言われるようなもんじゃねぇ」
「でも、櫛も頂いたし、その上・・・・・・・」
「やめろ」


なにが気に障ったのか、私の言葉は遮られ、険しい顔で睨まれる。


「その話は、よせ」
「あの・・・じゃあ、山崎さんから桃の花を頂いたんですけど、土方さんからだって言わ・・・・・・・」
「俺はしらんっ」


またしてもぴしゃりと遮られた。
やっぱり、土方さんからじゃなかったのか。
山崎さんのお節介だろうとは思っていたけれど、ほんのすこーーし期待していたから、がっかりしてしまう。


「それより、お前。おかしな侍に付け回されていると山崎にきいたが、心当たりはないのか」
「えっ、ええ。全く・・・・・・」


話がまずい方向に転がり出した。

秋斉さんに聞いた話によれば、高杉さんは江戸にいた頃、かなり過激な攘夷活動をしていて人相書きまで出回ったおたずね者らしいのだ。
土方さんに居所を知られたら捕縛されることは間違いないだろう。
そもそもが、高杉さんにしても山田さんにしても、長州藩士が京にいること自体が罪になる。


それに枡屋さん。
いくら個人的な友人だと言っても、高杉さんが京にいることを知っていて隠していることは、咎められることなのかもしれない。


「花街で起きたことは口外しない」―――秋斉さんの言葉を胸に刻んで、私は努めて平静を装った。

土方さんに嘘をつくのは辛い。
けれど、私は島原でお世話になっている身。
土方さんのことは大好きだけど、恋情に流されて、不義理な密告者になることはできなかった。


「本当にないのか?言い寄られてるんじゃねぇだろうな」
「はっ?」


疑惑の目を向けられて、一瞬冷や汗が噴き出たものの、続く見当違いな言葉に目が点になる。


「ないない、ありえないです。私に言いよるような物好き、そうそういませんって」


おかしなことを言いだす人だと笑いがこみあげて、顔の前で大きく手をふってみせると、土方さんは眉間に更なる深いシワを刻んで、何度か口を開け閉めした。


「お・・・前というやつは、つくづく腹の立つ・・・・・」
「へ・・・・・・?」


噛みしめた歯の奥から絞り出すような声で言われ、慌てて笑いを引っ込める。
なんか、また怒らせた?

土方さんは口調はぶっきらぼうでも、いつも優しくて、決して『鬼』なんかじゃないと思っていたけど、今目の前にいる彼は、真実般若みたいな顔になっていて。

藤堂さんが言っていた新入隊士が震えあがるという眼光が、自分にだけ注がれているこの恐ろしさから逃れたくて、私は恐る恐る口を開いた。


「あの、土方さん?」
「なんだっ」
「宴会・・・遅れるんじゃないですか」
「・・・・・・っ」


私の指摘に、傘の柄を握った土方さんの手の甲に血管が浮き上がる。
その手がワナワナ震えているように見えるのも気のせいではないだろう。

それに、シワが・・・眉間のシワが・・・・
それ以上深くなったら脳味噌が見えちゃいますよっ。


色んな意味で怯えきった私を憤怒の表情で睨みつけたまま、土方さんは深呼吸を繰り返している。
落ち着こう落ち着こうとしているのが露骨に知れて、私は怒らせた原因がわからないながらも申し訳なさでいっぱいになった。


「わかっていた。お前は、そういう奴だ。わけのわからん奴なんだ。しかたない・・・・・・」
「・・・・・・・」


わけのわからん奴、か。
私にとっては、貴方がわけのわからん奴です。
会う度に翻弄されっぱなしです。

呪文のように「しかたない」と繰り返す土方さんに、お腹の中で言い返す。


「もう、行く。お前もさっさと帰れ」
「はい・・・・・・」


雨の中、踵を返して歩み去る土方さんの背中を、私はやりきれない気持ちで見送った。
なんで、こうなってしまうんだろう。
同じ方向に行くのだから、少しの間でも一緒にいたかった。
花里ちゃんも怒らせてしまったし、きっと原因は私にあるのだろうけれど。


ため息をついて、花里ちゃんが忘れて行った鼻緒の切れた草履を拾い上げる。
なんとか気を取り直そうと、しゃがみこんだそのままの姿勢で俯いていると、びしゃりと泥をはね上げる音が聞こえ、のろのろと顔を上げたその先に、苦虫を十匹くらい噛み潰したみたいな顔で、土方さんが立っていた。


「さっさと帰れと言っているだろう」
「お急ぎなんじゃ・・・・・・」
「そんな絵に描いたみてぇにしょげられちゃあ、行きづれぇだろうが」


もう、やだ。
この人、ほんとやだ。


早く立てと差し伸べられた手をとって、私は今日が雨降りでよかったと心の底から思った。
こうやって、傘を降ろして天を仰げば、潤んだ目の言い訳がたつ。


「なにやってんだ、阿呆。風邪ひくぞ」

すかさず自分の傘をさしかけてくれた土方さんには、また深いため息をつかれ、「つくづくわけがわからん奴だ」と吐き捨てられたけど、今度私の胸にこみ上げてきたのは、不満や困惑ではなかった。


「行くぞ」

「はいっ」


先を行く背中を追いかける。

手を繋いだわけでも、肩を並べたわけでもない。

けれど私は、大門から木津屋さんまでの僅かな距離を、持て余すほどの幸福感と共に歩いたのだった。


第百三話に続く