第百一ノ四話(三谷和助) | さらさの「粗野がーる」

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アメーバの携帯ゲーム「艶がーる」の主人公を、28歳・恋愛偏差値20の女性に置き換えた実験的小説を書いています。

あくまでフィクションなので、深く考えずに読んでください

「は・・・・・・」


呆けたような声がでた。実際呆けはしたのだが。


「いや、来てほしい。日の下広しといえども、今の俺ほどお前を必要としている男はおらんはずだ」


気付けば、研ぎ澄まされた刃物を思わせる野性味のある貌が間近に迫っている。
気圧された私は、つい軽口を叩いてしまう。


「なんかそれって・・・求婚みたいですよ」
「なんなら、それでもかまわん」


真顔で返され、ほんのちょっぴりトキメいてしまった。

女、二十八。

求婚を思わせる言葉にはビンカンなのだ。


けれど、ああ、けれど。

これが土方さんからの言葉なら、どんなに嬉しかったことか。


「たか・・三谷さん、マサさんに言いつけますよ」


ごほんっと咳払いをした「いち」さんが口を挟んできた。


「無粋を言うな、市。浮ついた気持ちで言っているのでないことくらい、お前にだってわかるだろう」


話の腰を折られたことへの苛立ちを隠さず、三谷さんは「いち」さんを睨みつけ、すぐに私に向き直った。


「お前の来歴については、枡屋どのも藍屋も知らぬと言うし、独自に調べてみたがさっぱりわからん。お前がその教養と見識をどこで身につけてきたのか興は尽きぬが、俺にとって今肝要なのは、お前のような考え方のできる人物が、目の前にいるという事実だ」


熱の籠った視線と声を浴びせられ、じりじりと詰まる間合いに、膝頭が触れ合って、私は落ち着かずに身じろぎをする。


「今、この国は存亡の危機に面している。外には夷狄の脅威、内には腐敗しきった幕閣。異人どもの恫喝に、なんら有効な手を打てず、やることといえば、のらりくらりと言い逃れを続ける『ぶらかし策』と来た。そんなもので国は救えんっ」


感情が激してきたのか、三谷さんの声はどんどん大きくなり、内容が内容だけに、はらはらされられる。


「この国は、変わらねばならん。このままでは、早晩西洋列強の餌食となり、上海の二の舞となるだろう。
それだけは避けたい。だから俺はまず長州が割拠して力を蓄え、来るべき時に備えねばならんと考えている。そこで、だ」


滔々と語られる言葉に圧倒されながら、三谷さんという人に気持ちが強く惹きつけられるのを止めることができなかった。

この人には、カリスマ性がある。
まだ年も若くて、恰好も風変わりだけど、絶妙な抑揚をつけた語り口と、炯々と輝く眼差しの求心力。

私が知らないだけで、歴史に名を刻んだ人なのかもしれない。
それとも、志半ばに倒れて歴史にうずもれて行った沢山の人の一人ということも――――――


「おいっ、聞いているのか?」
「わっ、ごめんなさい」


三谷さんの言っていることは理解できるし、この国が危機に面しているということも、ぼんやりながらわかってはいる。
けれど、どれもこれも現実感が希薄なのだ。


私は、なにか大きな存在の悪戯とでもいうべき不可思議で、この時代に紛れ込んでしまった。
いわば異物に過ぎない。

そんな私に、三谷さんが期待するような働きができるわけもなく、また、してはいけない気がする。


「申し訳ありませんが、お力にはなれません」
「ちょっと待てっ」


きっぱりと断って頭をさげかけた私の肩を、三谷さんが掴む。
気性の激しさが如実に表れた、きつい印象の顔に、はっきりと怒気が浮く。


「考えもせずに返事をするなっ。能があるのに使わないのは、もはや罪だ!」


横っ面を張り飛ばす勢いで怒鳴られて、私は困り果てた。
どう、説明したらいいのか。


先ほど私が三谷さんに述べた考えは、現代女性なら思い浮かべるのが難しいことではないと思う。
でも、この人が私の言葉に感銘を受け、「進んだ」考え方を何らかの政治活動に取り入れたいと思っているのなら、現代人の私がそれに協力することは、ルール違反なのではないだろうか。


枡屋さんは、私が未来から来たということを、三谷さんには教えていないらしい。
けれど、私のことを面白い人間だと言って、三谷さんを嗾(けしか)けたのは、あの時祇園社の林で私が描いて見せた未来を、三谷さんにも知ってほしいと思ったからだろう。

今更ながら、自分の弱さに負けて、この時代の人に打ち明け話をした浅慮を悔やんでしまう。


「三谷さん。詳しいことはお話できないのですが、私は本来ここにいるべき存在ではありません。私が貴方に力を貸すことは、御法度だと思うんです」

せめてもの誠意を見せようと、私は言葉選びに苦労しながら言った。


「御法度だと? 誰が定めた法度だ。徳川か。お内裏か。それとも、やはりお前は異人なのか?」
「私にも・・・よくわかりません。強いて言うなら、『天』でしょうか」
「『天』・・・だと。ふざけているのか?」


片眉を吊り上げて、三谷さんは私を睨(ね)めつける。
どういったらいいんだろう。
『ここ』と、私のいた現代が繋がっているという確証はない。

もしかしたらどこかで時空が歪んで、あのまま現代で暮らしている『私』も存在しているのかもしれないし、同じように幕末に紛れ込んでも、土方さんと出会わない『私』が存在してる可能性すらある。

けれど、いずれにしても、『ここに』紛れ込んだ私が及ぼした影響が、並列した他の世界、他の時代にどんな波紋を広げるか知れない。
置屋にひっそり置いてもらうだけならともかく、この国の行く末に関るような事象に深く関わるのは許されないことな気がした。

「ケーキ殿はお前を『天狗』だと言った」
「慶喜さんともお知り合いなんですか?」
「ああ。江戸にいた頃知りあってな。あの人のぶらぶら癖は、昔から変わらん」


ぶらぶら癖。
幕府の要職にありながら、お供も連れず、帯刀もせず、籠にすら乗ることなくふらりと現われる慶喜さんを思い返し、私は小さく吹き出した。


「藍屋はお前を『月から来た』と言っていたな。なにかの諧謔(かいぎゃく)かと思っていたが・・・なるほど、お前には、この世のものとは思えん風情がある」


まだ熱を孕んだままながら、癇の強さを感じさせる瞼の切れあがった瞳からは面白がるような色も感じられる。

ついっと伸びてきた指に、顎下を擽るように触られて、私は体を強張らせた。


「三谷さん」

ずっと沈黙を保っていた「いち」さんから、すかさず咎めるような声が飛ぶ。


「うるさいやつだな」
「貴方が不埒な振る舞いをしないように見張りおけと、枡屋殿から言い含められていますから」


さすが枡屋さん。隅々まで気配りが行き届いてる。

前回置屋の台所で交わしたやりとりを思い返すに、三谷さんに気を許し過ぎるのは禁物だ。


跪座の姿勢になった後ずさった私の動きを目に止め、三谷さんの双眸が険呑な色を宿して細められた。


「お前、俺の申し出を断る理由はそれだけか。男がいると聞いたが、よもやその男のためではないだろうな」
「・・・だったら何か問題ありますか」


実際、私は土方さんの側を離れるなんて考えられない。
こうして島原の座敷で意見を聞かれる程度ならまだしも、京を離れて長州に行くなんてとても。


「国難を掃うことより、男が大事とは・・・・・・」


三谷さんの瞳から、みるみる熱が失われていく。


「くだらん。所詮お前もただの女か」
「・・・・・・」


吐き捨てられて、じんわりと。
でも確実に。

頭に血が上っていくのを感じた。


「『いち』さん」
「山田です」


いらいらと手酌でお酒を飲み始めた三谷さんに視線を据えたまま、山田さんへと声をかける。


「ちょっと、二人にしてもらえませんか」
「え、いや、しかし・・・・・・」


普段より格段低い声がでていると思う。
目も据わっているだろう。

ただならぬ気配に、山田さんが戸惑いを見せるけど、三谷さんの後輩だか部下だかであろう山田さんには席を外してもらいたかった。


「大丈夫です。自分の身は自分で守れますし、万が一の時には手加減もします」
「は・・・そうまで言われるなら。外で控えております」


山田さんは追い出した。
何のつもりだと目を眇める三谷さんに向き直り、私は大きく息を吸いこんだ。


第百一ノ五話に続く