二、三の質問と言われて始まった問答は、真実二、三では済まなかった。
「これからのこの国に、最も必要なものは何だと思う」
「・・・国際的な視野じゃないですか。日本の中にだけいては、自分が日本人だという自覚すら持つのが難しいですから。どんどん他国に出て行かないと」
外に出て初めて見えるものがある。
自分のいる場所からは、その周辺しか見えない。
特に島国である日本に住んでいると、己の民族性や文化について考える機会は少なくなる。
「他には?」
「長い目で見れば、教育だと思います。特に女性の」
いつしか私は、ここが幕末の京都の揚屋の一室であることを忘れ、完全に現代人の視点で話をしていた。
「女に教育が必要か」
「この世の半分は女ですよ。仕える頭脳が多いに越したことはないでしょう。それに、男性への教育はその人への教育にしかなりませんが、女性を教育すればその人が産んだ子供全員への教育を施したことになると思います」
どれくらいの時間、そんなやりとりをしていたのか。
三谷さんは、私の述べる考えに反論することはなく、時に唸り、時に頷き、時に身を乗り出して聞いていた。
真剣な面持ちの彼に、誘導されるまま答えるうちに、私は段々と自分の声が遠くで聞こえるようにな錯覚にとらわれていた。
話し続ける自分と、それを高いところから見ている自分。
肉体と魂が遊離するような不思議な感覚。
同時に、三谷さんの姿に、ちらちらともう一つの影が重なる奇妙な感覚。
鴨川で初めて会った時にも、この人を知っているような気がしたけれど。
徐々に薄れて行く、既に失ってしまった現代の記憶を、三谷さんの姿が刺激する。
「疲れたか」
眩暈を感じて、額に手を当てた私に、気遣わしげな声がかけられた。
「いえ・・・平気です」
二重三重にブレて見えていた三谷さんの姿が、はっきりとした像を結ぶ。
意地の悪い視線も、人を食ったような笑みも引っ込めた彼は、平静を装ってはいるものの、どこか熱に浮かされたような瞳で、私を見ていた。
「お前は、身元がわからんらしいな。ケーキどのに拾われて、藍屋に住み着いたと聞くが、確かか?」
「はあ・・まあ、そうです」
私の存在を三谷さんに教えたのは枡屋さんらしいが、私の出自については漏れていないようだ。
それにしても住み着いたって・・・猫じゃないんだから。
「では、身寄りがない、というわけだ」
腕組みをした三谷さんは、束の間すすけた天井を見上げ、次いで一瞬だけ「いち」と呼ばれた青年へと視線を投げると、真っ直ぐに私を見据えた。
騒がしかった隣り座敷は、客が入れ替わったようで、浮かれた声はなりを潜め、代わりに哀切な三味線の音が漏れ聞こえてくる。
それを意識の隅で聞きながら、私は三谷さんの視線を、戦(おのの)きと共に受け止めた。
ゆっくりと杯を口に運び、濡れた唇を親指で拭った三谷さんは、冗談だとしか思えない台詞を、冗談とは思えない表情で、口にした。
「さくら。お前、俺と一緒に、長州に来ないか」