息を吸い、そして吐き出す。
胸の内に滾るものはそのままに、頭だけは冷やそうと。
「たかが、女。そう言いましたね」
「いかにも、言った」
私の視線を傲然と受け止め、三谷さんは、小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「お前の男が誰なのか、花街の者は口が堅い故に漏らしはしないが、お前のような女を置屋の下働きのまま据え置く男だ。いずれ大した男ではなかろう。そもそも藍屋とケーキ殿の気がしれん。もっと使いようがあるだろうに」
「黙れ」
自分でも驚くほどに、冷たい声が出た。
「黙れだと?誰にものを言っている」
「貴方のほかに誰がいるよ。自分が一番賢いと思っている、大口叩きの貴方に言っているの」
私のあまりの言い草に、逆に怒りを削がれた風情で、三谷さんは呆然と私を見ている。
「たかが女」に罵られたことなど、ついぞない経験なのだろう。
丁度いい機会だ。その天狗の鼻ぼっきぼきに折られて、一皮剥ければいい。
「少し話しただけでも、貴方がすごい人だっていうのはわかる。この国を植民地にしたくないという志も立派だと思う。けどね、たとえ私に惚れた男がいなくても、貴方についていくのはごめんだわ」
幕末に来てからこっち、ここまで怒りをあらわにしたことがあっただろうか。現代でもなかったかもしれない。
三谷さんへの怒りはの内半分は、今まで目にしてきた売り買いされる「女」という性や、父親や夫の意のままに生きて行かなければならないこの時代の女性の立場への、やる方ない憤懣であったように思う。
「『たかが女』とはよく言えた。 女で何が悪いよ。だいたい、貴方誰から生まれたわけ?木の股から?地面から湧いてきた?お母様から生まれたんじゃないの?この世の人間の半分は女なんだよ。その女を馬鹿にする男に、世直しなんかできるもんかっ」
一息に捲し立て、息をつぐ。
三谷さんが何か言いかけたけど、彼が口を開く前に、私は糾弾を再開する。
「私の大好きなあの人はねぇ、私のことを『たかが』扱いなんてしたことないっ。利用しようとしたこともないっ。慶喜さんや秋斉さんだって、同じ。使いようがあるってどういう言い草よ?私たち女はねぇ、物じゃないの。貴方達男の道具じゃないっ」
言いたいことを言い切て立ち上がり、呆気にとられた三谷さんを見下ろした。
「わかった?わかったら、とっとと長州へ帰ってやるべきことをやってください」
そのまま踵を返して立ち去ろうとした私の着物の裾を、三谷さんが掴んだ。
「一つ、聞く。お前の男は、徳川方の人間か」
「そうですけどっ。それがなにか?」
「・・・幕府はもはや泥船だぞ。金はない、人物はいない」
「そんなことはわかってますっ。けれど、人の心は利だけでは動きません。頭のいい貴方ならわかるでしょう。それとも頭がよすぎるからわからないんですかねっ」
どこまでもつけつけと憎まれ口を叩く私に、怒りだすかと思いきや、三谷さんはきつい双眸をふうっと緩めて微笑んだ。
「・・・まったく・・・目の前というのは何度でも開けるものだ」
今度は私が言葉を失う番だった。
苛烈さがなりを潜めたその笑顔が、あまりに艶やかで。
「注進通り、俺は国へ帰ることにしよう。脱藩扱いになっている故、入牢することになるだろうが、俺は俺のなすべきことをする」
「・・・力になれなくてごめんなさい。でも、新しい世は、苦しくても、ここに生きる人たちの手で掴みとらないといけないものです。傷ついて血を流しても、それは産みの苦しみだと思います」
立ったまま見下ろすという無礼を止めて、再度畳に膝をついた私は、ご健闘を、と頭を下げた。
「おかしな奴だな。徳川方に男がいると言いながら、俺の健闘を祈るのか」
「・・・惚れてはいても、私の気持ちは私のものです。誰かの言いなりになるつもりはありません」
なにがあっても、土方さんの傍にいたいと思う、この気持ちに嘘はないけれど。
かといって、盲目的にすべてを捧げるつもりはない。
私は、私の意志で、彼の傍にありたいと望んだだけだ。
「・・・お前のことは生涯忘れん」
「私も、忘れられないと思います」
お元気で・・・と続けた私に、なぜだか三谷さんは片眉をさげて、苦笑いを見せた。
指の長い、お侍にしては綺麗な手が、紅鳶色の着物越し、かりりと右胸を掻いて。
「お前には、本名を言っておこう。俺の名は、三谷和助ではない」
輝きを取り戻した鮮烈な眼差しで私を捉え、三谷さんは名乗った。
長州毛利家、臣、高杉晋作―――と。