その豆腐はなんですかと尋ねると、沖田さんは、「さくらさんさえよろしければ」と遠慮勝ちな前置きをしつつ、その実、期待に満ち溢れた目で、田楽を作って欲しいと言う。
さっき渡した甘味噌をすぐにでも試したくて、豆腐屋へ走ったらしい。
水切りは自分でしましたと、自慢気に言うのがまた笑いを誘われる。
なにもかも達観したようなことを言うかと思えば、幼い子どもみたいな言動も多く、憎めない人だ。
山南さんも同じ思いなのか、沖田さんを見る目は、先ほど藤堂さんに向けていたのと同じ、慈しむようなものだった。
「見舞いを有難うございました、さくらさん。貴女と話せてよかった」
「私の方こそ。お体お大事になさってください。失礼致します」
山南さんと頭を下げあい、沖田さんに連れられて台所へと向かう。
男所帯の割りには整っている。沖田さんによれば、八木家から女子衆が手伝いに入ってくれるとのことだった。
借りた襷で袂をからげ、七輪に炭をおこす準備をしていると、土間の上がり框に腰掛けてそれを眺めていた沖田さんが口を開いた。
「さくらさん、コレの中身は、沢庵ですか?においがする」
「コレ」とは、沖田さんへの手土産や、山南さんへのお見舞い品を包んできた風呂敷である。
「ええ。冬の間に仕込んでおいたのがいい感じで漬かっていたので、少しだけお裾わけです」
「ふむ・・・。土方さん、遅いですね」
「―――うっ、げほっ」
七輪から立ち上ってきた煙を、思い切り吸い込んでしまった。
誰へのお裾分けだとは言っていないのに、バレている。
持参した「コレ」は、土方さんの好物が沢庵だとの情報を得て、漬け込んでおいたものなのだ。
心を掴みたければ、まず胃袋から。
いじらしくともいじましい下心を見透かされて、無性に恥ずかしくなる。
「さくらさんは料理上手だと聞いています。きっとこの沢庵もうまいんでしょうね」
食べてみたいなあと、沖田さんが微笑む。
あどけない、子供のような笑顔。
沖田さんは、島原の座敷にあがっても、遊女に戯れかかったりすることなく、本気でお座敷遊びに興じたり、食事に専念していると聞くけれど、彼がその気になりさえすれば、この笑顔は最強の武器だと思う。
多少の無理なら聞いてあげようと思わせられる威力、十分だ。
「じゃあ、はしっこを切り落とすので味見してみますか?」
私自身ほだされて、ついそう、口にした時だった。
ざりざりと草履の滑る音がして、離れ側の土間の入り口に姿を見せたのは土方さんだ。
途端、動作も思考も停止してしまった私に目もくれず、大股に沖田さんへ近づき、彼が膝の上に載せていた風呂敷をひょいっと掴み上げる。
「お前にゃやらねえよ、総司」
「ああ、帰ってたんですか。土方さん」
沖田さんにはてんで動じた様子がないけれど、私の鼓動は滑稽なほどに早く打ち始めた。
この人を好きだと自覚してからもうずいぶん経つ。なのに、全く進歩してない自分にため息をつきたい。
「これは、俺ンだ」
「立ち聞きしてたんですか? いやらしいなあ」
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、二人は他愛のない言い合いを始めた。
「たくさんあるんだから、一切れくらい味見させてくれたっていいでしょう」
「お前は田楽を食うんだろう」
「いやだな、一体いつから聞いてたんですか。立ち聞きなんて『士道』にもとると思いますけど」
「うるせえな。立ち聞きなんざしてねぇよ。山南さんに聞いたんだ」
他出先が気の張る相手だったのか、今日の土方さんは上等の羽織袴で、いつも以上に隙がない。
整った容姿と恵まれた体格とも相まって、大身のお侍に見える。
そんな人が、たかが沢庵のことで言い争いをしているのがおかしくて、私はつい笑い声をたててしまった。
土方さんにギロリ睨まれ、慌てて七輪の中を覗き込む振りをする。
「さくら。お前も総司の我がままに付き合う義理なんざねぇんだ。用が済んだならとっとと帰れ」
「また、そんな言い方。ご自分が山南さんの見舞いにきてくれって言ったんでしょう。素直に『ありがとう』って言ったらどうなんですか」
「余計な御世話だ。大体お前は、なにをちゃっかりさくらに料らせてんだ。普段はろくすっぽ飯を食わねえくせによ」
「別にいいでしょう。さくらさんがいいって仰ったんですから」
・・・惚れた欲目で土方さんの味方をしたいところだが、残念ながら沖田さんに理があると思う。
ただ、口を挟むと藪蛇になりそうだ。黙って田楽作りに専念することにしよう。
八つに切った豆腐に串を刺し、七輪で両面を炙る。
うっすら色づいた豆腐に味噌を塗る、その間にも、二人の低次元な諍いは続いている
両面炙って、味噌を塗るその間にも、二人の低次元な言い争いは続いている。
味噌がいい感じに炙られて、立ち上るその香ばしい匂いを団扇で煽いで二人の方に送ってみた。
その効果たるや、絶大だ。沖田さんがピタリと口を噤んだ。
すかさず、「はい、できましたよ」出来上がった田楽をお皿に載せて示して見せる。
「わあ、これはうまそうだ。ありがとうございます、さくらさん。山南さんと近藤さんにもお裾わけしてきます」
沖田さんは、もはや土方さんなど眼中にない様子で、田楽と小皿を何枚か載せたお盆を受け取ると、心底嬉しそうに腰を上げた。
「土方さんにはあげませんっ。どうぞお二人でごゆっくり。人払いはしておいてさしあげますよ」
「いらん世話だ、さっさと行け」
渋い顔の土方さんに、犬でも追い払うように手を振られ、不平顔をして去っていく沖田さん。
その背中を見送って、土方さんは「・・・・ったく」と小さく舌打ちをした。
「なに笑ってんだ、お前」
「え」
振り返った土方さんに再び睨まれて、慌てて笑いを引っ込める。
「えっとっ、お帰りなさい。お邪魔してます。こんにちは」
「なんだそりゃ」
云いそびれていた挨拶を纏めて済ますと、土方さんは呆れた顔をした。それも一瞬、険しく寄った眉根が柔らかく解ける。
「山南さんの見舞いに来てくれたんだとな。ありがとよ」
「いえ、何もお役にも立てませんでしたし、逆に私が励まされたような気がします」
甘さすら漂う声音にどぎまぎしながら答えると、私を見つめる双眸に複雑な色が閃いて消えた。
「あの人ぁ、親切者だからな。説教くせぇのが玉に瑕だけどよ」
「あはは、ご自分でもそこが悪い癖だっておっしゃてましたよ」
和やかに話ながらも、本当は、新選組の去就を聞いてみたかった。
でも、こうして穏やかに話せる時間も、私たちには貴重なもので。
土方さんが与えてくれた、黙って置いていかないという約束を拠り所に、私は努めて明るく振る舞った。
原田さんが言うように、神様に祈るより、こうして笑っていることが土方さんの気晴らしになるのなら、できる限りは笑っていたい。
汚いことにでも、酷いことにでも、必要であれば手を染めるであろうこの人は、己が振るった暗い刃で自らもまた傷つける。
その事実から、彼を守ることはできないけれど。
ついてしまった傷を、少しでも癒すことができたなら・・・そう願わずにはいられなかった。