第九十六ノ二話(藤堂・山南) | さらさの「粗野がーる」

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アメーバの携帯ゲーム「艶がーる」の主人公を、28歳・恋愛偏差値20の女性に置き換えた実験的小説を書いています。

あくまでフィクションなので、深く考えずに読んでください

顔を出したのは藤堂さんだ。


「こんにちは、さくらさん。先日はみっともないところをお見せして、申し訳ありませんでした」


詫びを入れつつ照れたように笑う藤堂さんから、一昨日の不安定なものは消え去っている。
そのことに安心して、「こちらこそ」と微笑んだ。


「じゃあ、私は勇坊と約束があるから。さくらさんは任せたよ、平助」
「また子供の相手かい。たまには総司も、山南さんの講義を受けたらどうだ」


私を座敷へ押しやるようにした沖田さんを、藤堂さんが引きとめようとする。けれど、沖田さんは「退散退散」とおどけて逃げて行ってしまった。


緊張しながら招き入れられた山南さんの部屋は、墨の香りと古い紙の匂いが漂っている。

明かり取りの窓を背にして、書見台に向かっている男の人が、私を見てにこりと笑った。
柔らかな顎のライン、笑みを含んで弧を描く目元、少し下がり気味の眉。
初めて間近で見る山南さんは、すべてが円(まる)みのある印象の人だった。


「お初にお目にかかります。藍屋で下働きをしております、吉田さくらと申します」
「存じてますよ。わざわざ見舞いにきてくださって、ありがとう」


応える声も、どこにも錆びたところがなく耳触りがいい。
剣士というより、学者か医者だと言われたほうが納得のいく雰囲気だ。

山南さんの醸し出す、ゆったりと温かい空気に、緊張が緩やかに解けていくのを感じた。


「些少ですが、藍屋の主よりお見舞いの品です。あと、こっちは私が作ったものですが、お茶うけにでもどうぞ」


怪我人にはお酒はよくないからと、秋斉さんが持たせてくれた茶筒に加え、鰹節を山椒の実や唐辛子と炒って甘辛く味付けした佃煮を取り出す。


「へぇ、うまそうだ。酒のつまみにもなりますね」


背後から両膝と左手を畳について覗きこんできた藤堂さんが、佃煮の入った壺の蓋をひょいと開け、嬉しそうに言う。「平助、行儀が悪いよ」山南さんがやんわりと窘めた。


「ありがとう、さくらさん。藍屋殿によろしくお伝えください。平助、せっかくだから頂いたお茶を淹れれてきてくれないか」


藤堂さんが「承知しました」と出て行ったのを潮に、怪我の具合を尋ねると、山南さんは笑みを絶やさないままに軽く首を振った。


「傷は塞がったし、幸い膿もでませんでしたが、強く握ることができなくてね」


言いながら、右手を拳の形にして見せた山南さんの人差し指と中指は強張ってうまく曲がらない。
やはり、どこか神経が傷んでしまったのかもしれない。


「痛みはありますか?」
「いや、ないですね」


痛みがないことは、果たしていいことなのだろうか。
それとも、麻痺してしまっているということなのだろうか。

難しい顔をして黙りこんだ私に、山南さんはふふっと小さく声を立てた。


「私の怪我のことまで、貴女が気にかけることはないのですよ。肥後守様のお側医にも診て頂いていますから」
「そう―――ですよね」


優しく言われて、恥ずかしさが募る。
土方さんが私の浅い知識に耳を傾けてくれたから、ついその気になってしまったけれど、私はただの素人だ。
応急処置や簡単な救命処置の知識はあっても、刀傷のことなどわかるはずもない。


「あまり抱え込み過ぎると、肝要なものが何かわからなくなってしまいますよ」


あくまで穏やかに言葉を継いだ山南さんは、書見台の上の書物をゆっくりと閉じ、背後にある格子のはまった小さな窓を見上げた。


「特に今は、このような世ですから、よくよく気をつけなければならない」


窓からは、黄みがかった光が差し込み、山南さんの輪郭を柔らかく融かしている。
その佇まいは閑(しず)かなのに、内に秘めたものがゆらりと立ち上るような気配に、私は言葉もなく彼を見つめた。


「ああ、相すみませんね。平助や総司から貴女の話をよく聞くので、初見の気がせず、つい・・・。すぐに訓示めいたことを言うのは私の悪い癖でして」


照れくさそうに笑う山南さんに、なにか言おうと口を開きかけたところへ、微かな足音がして。


「お茶、淹れてきましたよ。いただいた佃煮も」


片手にお盆を持ち、開いた手で立ったまま障子をあけた藤堂さんを見て、私は思わず噴き出した。
山南さんも、「それ」に気付いて眉を下げて苦笑する。


「え、え、なんですか?」

戸惑う藤堂さんに、私は、自分の頬をちょんちょんと指して見せた。

釣られて同じ場所を指で確かめた藤堂さんが、白い頬を紅潮させる。

それを見た山南さんは、目元を笑ませたまま、「つまみ食いはバレないようになさい」と、しかつめらしくたしなめた。


よほど恥ずかしかったのだろう。

ごしごし口元を擦った藤堂さんは、「八木の方に貸本屋が来てるそうなので、行って参りますっ」 と、逃げるように行ってしまった。

年の割に言動は大人びていると思っていた藤堂さんの意外な一面。山南さんと同じく私も笑みを誘われる。


「藤堂さんって、可愛らしいですね」
「ええ。皆に可愛がられています。ただ、それを言うとムキになりますのでね。どうぞ内密に」


唇に当てて見せた人差し指の節は太かった。いくら柔和な空気を醸していても、やはり剣を扱う人の手をしている。


「平助はね、いたって『まとも』な青年です。何事にも真正面から当たる」
「ああ、そんな感じがします。損することの多そうな・・・・・・」


今まで目にしてきた彼を思い返せば、容易に頷ける。
原田さんに仕事を押しつけられたり、押しつけられたり、押しつけられたり。
ほんっっと、気の毒っ。


「『まとも』なのは、決して悪いことではないのですがね。ここ、は、『まとも』でいるのが難しい場所だ」


山南さんの言葉は独白に近かったけれど、何かとても重大な話をされている。そんな気がして、私は口を差し挟まずに彼を見つめた。


「土方君はね、平助に、『考えるな』と言うそうです」


突然出てきた土方さんの名前に、どきりと跳ねた心臓と共に、視線も揺れる。
彷徨わせた視線を山南さんに戻せば、温和な笑みを浮かべたままの彼の眉宇が僅かに寄っているのが窺えた。


「考えることは時に痛みを伴いますからね。停止できれば楽になれる。けれど、それは、からくりの歯車になれと言っているようなものだと思いませんか?」
「そう、ですね」


問いかけられた私は、返答に窮してしまう。

一体なんと答えろと言うのだろうか。
私の知っている土方さんと、こうして人づてに聞かされる新選組の副長である土方さんの姿は、どうしても噛み合わなくて。


「でも・・・でも、土方さんは、土方さん自身は、思考を止めることのできない人だと思うんですが」


土方さんは指示を出す立場の人だから、何も考えずにいることはできないだろう。
考えることを止められないということは、嫌なことからも辛いことからも目を背けられないということで。

それは、つまり―――


「一番嫌な役目は、土方さんだと・・・・・・」
「そうですね。その通りだと思います」
「へ」


あっさりと肯定されて、間抜けな声がでた。


「彼は、何もかも、一人で抱え込もうとしている。らしくない役を演じながら、ね」
「あのぉ、山南さんは、土方さんが嫌いだったり・・・します?」


口元の笑みは消さないまま目を伏せる山南さんの声に、苦いものを感じて、私は尋ねた。

土方さんと山南さんは折り合いが悪いと、確か原田さんに聞いた覚えがある。
原田さんの言うことは、いつもあまり真剣に聞いていないから、忘れかけていたけれど。


「さくらさんは、原田君が嫌いですか?」
「嫌いです」


唐突な問いかけだったのに、即答してしまった。
背中に芋虫放り込むような男を嫌いにならない女子がいたら、顔を見てみたい。

甦った感触に怖気をふるった私の顔がよほどおかしかったようで、山南さんが笑い声を漏らした。
急いで表情を改めた私に、「失礼」と小さく詫びた山南さんは、口元に拳を当てて、懸命に笑いを噛み殺そうとしている。

ここに来て初めて見せた、本気の笑み


「それは憎しみと言えるようなものですか?」


なんとか笑いをひっこめた山南さんが重ねてきた問いかけには首を振る。

「いや・・・そこまでは。意地悪ばかりされますけど、優しい時もありますし」


ごくたっまーーーーーーーーーーにだけど。

―――と、内心で付けくわえつつ答えると、山南さんは、目を閉じて頷いた。


「そういうものでしょう? 人の情というものは」


淡い微笑み。山南さんは、よく笑う。ただ、そ慈愛だったり、苦悩だったり、憂慮だったり、そこに透けて見える感情は様々だ。

すべてを笑顔の下に押し込めているこの人も、結局は土方さんと同じように「仮面」を被っているのような気がする。


「土方君が抱え込んでいるものを、僅かでもいい。引き受けられたらと思っていたのですがね」


右腕の肘下に、そっと左手を添えて、呟いた山南さんは、やっぱり笑っていて。
怪我をした箇所なのだろうそこを、何度も擦りながら続けた。


「生憎とそれもできなくなってしまいました。私は彼との向き合い方を、考えていかねばならない」


応えを求められているわけではないのだろう呟きに、私はただ粛然と耳を傾けた。
土方さんとの向き合い方。
山南さんの言うのとは全く別物だけど、私が棚上げにしている問題も同じことだったから。


「ああ、いけない。せっかくのお茶が冷めてしまいますね」


我に帰ったような山南さんの声に、私も俯けていた顔を上げた。

「さくらさんもどうぞ」


促され、二人で湯呑に口をつけると、穏やかながらも濃密だった空気が、柔らかく撓む。

その時。

「すみません、沖田です」


廊下からタイミングよくかけられた声に振り向けば、そろそろと開かれた障子の向こうに、沖田さんが立っていて。
なぜか、その手には豆腐が一丁、竹笊にのせられて、柔らかく震えていた。


第九十八話に続く