煙管を咥え、煙草盆を片手に乗りこんできた原田さんは、やってくるなり、「なんだその嫌そうな顔はよっ」と私に絡みはじめた。
「先だっては、俺に惚れ直したと言ったくせに」
「えええっ、真ですかっ?」
原田さんの口から出まかせに、沖田さんが目を見瞠る。
「言ってませんっ。言うわけないでしょうっ」
確かにあの時は、原田さんを見直した。
いいとこあるじゃんと、思った。思ったよ。
けど、あの後すぐに、原田さんは・・・・・・
思い出すのもおぞましいけれど・・・・・・・
私の襟首にっ。
私のだいっっっっっっっっきらいな芋虫をっ。
放り込んできたのだっっっ。
「好」に少し振れたメーターが、一気に「悪」に振り切れた。
背中の方へ這っていく芋虫に泣き叫びながら、嫌がらせをした張本人に、取ってくださいと縋りつかないといけなかったあの屈辱。
死んでも忘れるもんか。
末代まで祟ってやるから覚えとけ。
いや、むしろあんたの代で滅びてしまえーーーっ。
「そういえば、さくらさん。今日は土方さんにどんなご用事だったんですか」
憎悪のこもった視線を原田さんに向ける私をどう思ったのかを、まったく表にださず、沖田さんはさらりと話題を変えてきた。
「あ、いえ。今日は土方さんにではなく、山南さんのお見舞いをと思ったのですが、直接面識がないので」
「そうでしたか。それは、山南さんも喜びますよ。貴女に会ってみたいと言っていたから」
どんな噂が届いているものやら。
尻込みする気持ちが湧く一方で、興味を持ってもらえているなら心安い。話のとっかかりもできるだろう。
「それから、沖田さんにも渡したいものがあって」
「へえ、なんだろう??」
「お味噌です。仕込んでおいたのがやっとできたので。ほんの少しですけど」
沖田さんの自由人っぷりと、原田さんの出現で忘れかけていた。
懐から油紙と経木でくるんだ包みを取り出す。
「わあ、本当だ。江戸の味噌と同じにおいがする」
中を改めた沖田さんが、嬉し気な声をあげた。
「それはお味噌汁用で、こっちは甘味噌です。田楽やなんかに合うと思います」
「俺には?」
私と沖田さんのやり取りを、煙管をふかしながら眺めていた原田さんが口を挟んでくる。
「ない」
「なんでねぇんだよ」
「胸に手を当てて考えて」
「こうか?」
避ける間もなくぎゅっと。
あうことか、胸を鷲掴まれた。
「~~~~~~っ!!」
「ちょっと、左之さん。いい加減にしてくださいよ。さくらさんは一応女性なんですから」
咄嗟に繰り出した右フックをあっさりかわされ、怒りにうち震える私を引き寄せた沖田さんが、背中に庇ってくれた。
聞き捨てならないことを言われた気がするけど、とりあえず有難い。
「それから、煙草はよそで吸ってください。喉がむずむずする」
沖田さんの言葉に、声も出ない笑いに身悶えていた原田さんが表情を改めた。
「なんだ、総司。まだ咳が出るのか」
「いいえ、このところは出てません。でも、煙や砂埃を吸うと、この辺りが痒くなるんです」
「ここが」と、沖田さんは右肺の辺りを擦る。
その仕草に、私もむず痒さを覚えた。
胸に、ではなく、頭蓋の中だ。
何か重要なことを忘れている―――そんな気がするのに、とんと思い出せない。
むず痒さは、沖田さんについて山南さんの部屋へと案内される間も続いた。
原田さんは、ついて来ようとはしなかった。
どうやら山南さんとは気が合わないらしい。
山南さんの部屋は、離れの庭に面した日当たりのいい場所だった。
ここまで来ると、道場の声も遠くなる。
「山南さん。島原藍屋のさくらさんがお見舞いに来てくださいましたよ」
くれ縁から沖田さんがかけた声に、部屋の中から障子が静かに開かれた。