何気に連載のようになっていますが不定期です‥前回の続きです‥⬇️この辺りから
私の父親は甘えられる存在もなく、心の開放(感情を受け止めてくれる大人が周囲に居なかった)がなされぬまま、成長したということです‥まず、弊害の一つの症状が酒(アルコール類)を飲むと酒乱になるということなんでしょうかね‥続きです‥
母親の口癖(お酒さえ飲まなければ優しい人なんだけど‥)子ども心に(飲んでも飲まんでもDVはあかんやろ!)と父親を憎んでいた!でも、今なら理解できる!親の都合で父親からも母親からも見捨てられて育ったという子の犠牲は計り知れない!今だから、昔だからという定義ではなく、父親が愛人を作り、母親も再婚し、私には祖父母にあたる人達だが、欲望のまま、本能のまま生きてきて、挙句に私の父親(まだ、当時5歳にもなっていないと思う)だけ置いて2人とも出て行ったのだから‥今、そのおじい、おばあに言ってやりたいわ!あんたらが欲望のまま生きてきた結果、私の実父がどんなに辛く孤独でその後の人生に多大な影響を与えたのか!随分、苦労したはずやぞ!ってね!今、あの世で3人どうしているんだか‥母親に聞いたけど、まだ、この3人のいるところには行きたくないってっさ!まだ、まだ、こちらで頑張るらしいよ!そんな複雑な生い立ちの父親の1回目の結婚で生後6ヶ月の乳飲子(私の異母兄)を残したまま前妻が白血病で亡くなったそうだ‥詳細は分からないが、母が秋田県から上京して愛知県の織物工場で働いていて、職場のおばさんが、乳飲み子を抱えて、仕事をしていた父を不憫に思ったらしく母(当時22歳)を紹介して再婚したという‥母はいきなり6ヶ月の男の子の母になった訳である!この兄も色々ある人で兄を語らせれば話は終わらないから別の機会があれば‥
父にとって、母との再婚は家庭の温もりなんて全く知らないで育ったのだから円満な家庭を築けるだろうと思っていたのかもしれないし、母は何で父親と結婚したのか?それも連れ子付きで、それはそれで運命の流れだったのかもしれないが、実際には家庭さえ持てば全部解決とは行かず、更に試練が待ち受けるのがこの世の常なのかもしれない!多分、酒を飲むと憑依酒(酒乱)になるのは、前の結婚でもそうだったと思う!そんなことを知らずに母は父と再婚したのだろうね‥😖父にとってのアルコール(人工的に作られた酒類)は憂さ晴らし、自己の葛藤や憎しみなどを昇華できないまま大人になって、気持ちの置き場が分からず、そのやるせない感情が一瞬だけ忘れる事ができたのかもしれない!
一瞬ね!普段は口数少なく大人しく真面目に仕事もするのだが、一旦アルコールが父親の負の思いが詰まった脳内に侵入することによって、まあ、酒癖の悪〜いなんてもんじゃない!幸い私と兄にはその矛先は向けられなかったが、母がそれを一手に引き受けたということである‥
酒乱評論家ではないけれど、父親の場合、まず瓶ビール1本目はまあまあ楽しい気分になり、そこまでは憑依はないが、私が子供ごころに覚えているのは2本目から目つきが悪くなり、グダグダ母に日頃の鬱憤を言い出す!母はアルコール類は飲まないから、水商売の女性のようには上手くあしらえない!そんな話術は普通の主婦では難しいかも、だから母はそんな父に文句を言う!父、キレる🔪!手をあげる!ちゃぶ台(テーブル)をひっくり返す!!
⬇️ちゃぶ台ひっくり返しのイメージ😖飛雄馬が殴られているけど、うちは母がこのように暴力を振るわれていた‥星一徹も今回想すれば酒乱だったのかも‥後片付けが大変なんだやわ!全く💢もう!
怒りながら父はタクシーを呼んで夜の繁華街に出て行ってしまう、泥酔して帰ってくる、また、暴力をふるう、暴れる、私たち兄弟は布団にくるまって耳を塞ぎ、朝になるといびきをかいてそこらへんに寝ている父親、泣いている母親、めっちゃこの父親憎んだわ!朝になると憑依も抜けたのか、おとなしい父に戻る‥この繰り返し‥毎日がそうだった訳じゃないけど、晩酌の瓶ビール1本が2本になる時は多分職場で嫌なこととかあったりして、自分で怒りや悲しみをコントロールできない人だから、ビールで誤魔化すために飲むんだよね‥今は瓶ビールなんてあまり見ないけど、私、瓶ビールがある意味トラウマ!このキリンの瓶ビールはケースごと酒屋さんが配達してくれた時代でしたね‥この頃はまだ、アルコールを飲みすぎると酒乱が発症?発動でしたが、これが伏線だったのか、この後、アルコール関係なしに壊れていくようになります‥
‥続く(不定期)
⬇️こちらの方はカードリーディングをするオーガニックカフェ(カリィ)のマスター
ここからは、私の見解とマスターの見解に(信じるか信じないかはあなた次第)なります‥🙇♀️
足りてるか?足りてないか?足りていると思えば幸せと感じ、足りないと思えば幸せを追い求める?
心臓が動き、今日も一日幸せだったなぁ〜明日の朝も同じように心臓の鼓動で目覚めれば生かされていることの幸せを感じる人もいれば、足りない足りない、もっと欲しい、お金も地位もこれだけじゃ満足できない、もっともっとと、際限ない欲望に囚われた人は幸福のバロメーターが物質至上主義だから、その命が朽ちるまでただ、存在するだけでそこに或るだけで幸せだったと自覚のないまま終えていく‥
結弦君は震災という経験からも、ご自身の競技人生の中での決して順風満帆ばかりではなかったであろう経験から、ただ、生きている、ご飯も食べられる、心臓の鼓動も聞こえているよ!それだけで幸せなんだよってことを伝えたいのかな?って勝手ながらそう思いました‥
家康さんは(会ったことはないけど)人はオギャアと生まれ時から様々な荷物を背負わされるから、(魂の修行ともいうべきか)慌てなくてもいい!道はまだまだ遠いんだから、ゆっくり進めばいいんだよ!魂はその人その人違う形で欠けていて不自由かと思えるが、その欠けたところを補修、修復して丸〜い形に磨き上げるんだから、不自由で当たり前なんだよ!って苦労人の家康さんだからこそ、不自由を常とせよ!って言えたのかな?江戸時代は本当はとても良い時代だったのかと、後世の私達は戦国時代の戦いの歴史ばかり教えられてきたが、縄文時代同様、江戸時代にも今の日本を振り返る幸せのヒントがあるのかもしれない‥何故、戦の歴史ばかり教えられてきたのか?何故、泰平の世の歴史を知らされていないのか?知るべき時が来ているのではないかと思う‥知られたくない存在があるのかな?
⬇️凄いぜ!👏メーテレ、小出し小出しに出してくるところが流石!
結弦君が愛知に来たことを(貴重なことであるから、そうそう来れないから、何ならお隣の岐阜にもと思うのだが、全国、世界中待っているよね‥)
風が吹けば桶屋が儲かる
‥思いもかけぬところに影響が出てくるという意
転じて⬇️
ユヅルが通ればその地が潤う
最大限利用して結弦界隈を沸かせる技法は他も真似るべし!