「わきまへつ。」と弁護の士云ふ、「さりながら、けふのうちにも取り下げられんとするにや。」となん。
弁護の士、再び臥しどに横たはり、羽根の衾を顎のあたりへ引き寄せ、さて、壁に身を向けたり。しかして、呼び鈴を鳴らしぬ。
呼び鈴を鳴らすや、およそ時をも置かずに、レニ、即ち、立ち顕れたり。
をみな、疾く辺りに目を走らせて、何事の起これるやを見極めんとしつ。
K在り、弁護の士の臥しどの傍らに、落ちゐて在りしかば、稍や安堵したるさまなり。
己が方を、Kのまぼりゐたるに、笑まひを返して、うちうなづきぬ。
「ブロクを呼び出だせよ。」と弁護の士云ひぬ。
しかるを、をみな、ブロクを連れ来たらんとするにはあらで、扉のまへに至るや、かくは叫びぬ。
「ブロク矣。弁護の君の御まへに矣。」となん。
思ふに、弁護の士、これ壁に向きたるまゝ、心にも止めざるさまなるがゆゑなれ、をみな、さてありて、密やかに、Kの椅子の裏へまはりぬ。
さては、はや、あざればむ事頻りにて、椅子の背越しに身を折りこ垂るゝや、
いとも優しう慎ましき手づかひながら、左右の手にて、彼れの髪を掻き撫でつ、頬をまさぐりつして、悩ませけれ。
果ては、K、さる事させじとて、をみなの片への手をつかみしが、をみなは初めは抗ふさまなれど、やがて彼れにゆだねたり。