審判奇譚 第八章12 | 神鳥古賛のブログ

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古典。読めば分かる。

 「何ゆゑ、さる事、お訊ねにやなる。」と商うど、気悪しうなりて云ふ、「彼処の奴ばらの事、まだし知らざらんならし、しからば、誤れる思ひ解きなどしやせまし。


これぞ此れ、能くぞわきまへられ給ひねかし、かゝる訴へ沙汰のさ中には、諸もろの言ぐさは絶えせず口端にこそ掛かれ、さる事の趣きを聞き分かんとすれば、およそ人の知恵の及ぶ処ならず。


皆々、はや疲れ果て、かつは諸もろの事ざまの為に心静かならず。さても、これを埋め合はせんとて、跡無き事どもに耽りなどするなり。


それがし、余の人びとのうへを云ふものなれど、己れとても、およそ変はる処あらず。


譬へば斯かる、かくの如き跡無し事のひとつには、いとさはなる人、訴へられし人の面差し、殊にも唇の有るやうもて訴へ事の行く末を思ひ当てんとするなる。


この奴ばら、御前さまの唇より推し量らんに、間なしに、御前さまには罪ありとの裁きこそ下し置かれめとなん云ひ立てしか。


重ねて申すべし、こは、たはけたる跡無し事にて、おほよそは、正しき事にも全くし背けれど、かの類ひに身を置かば、かゝる思ひ做しを離れん事難きなり。


かゝる跡無し事の如何なる力を及ぼさんとするか、そは、甚だしきばかりなる。


御前さまは、彼処にありて、さる男にぞ云ひ寄り給へれ。さるを彼の男、御前さまに、およその一言もいらへする事あたはざりき。


彼処にありて、心惑はしめんとする事わけと云つぱ、そは、いとゞしきばかりなるはさる事ながら、そのひとつとして、御前さまの唇を見たるにあり。


かの男、後ちに語りゐたりしか、御前さまの唇のうへに、かの男みづからの、罪ありとする裁きの印を見たるがに覚ゆ、とぞ。」となん。


「我が唇をとや。」とK問ひ、懐うちより鏡を取り出で、己がおもてを写し見ぬ。


「この唇や、見たるとも、我れには何ぞの著し処も見顕されず。爾は如何に。」とK。


「それがしとて同じ事。」と商うど云ふ、「こればしあらざれ。」と。


「何たる、跡無き事に泥みたる輩らかな矣。」とK叫びぬ。「さればよ、しか申したれ。」と商うど云ひぬ。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

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