「さる事、さして悪しき事ならざらんを。」とK云ひ、わづかに思ひしなえたり。
「さりとては、此処もとにては大いに悪しきなる。」と商うど云ひしが、明かすや即ち苦しげなる息をつきゐぬ。さはれ、Kの言葉を聞きて、心うち解けにけれ。
「許されあらじよ。所謂弁護の士と呼ぶ者を措きて、おぞき口叩きの弁護の士を頼むなど、いや、こればしも許されあらざる。
しかるを、それがしの為せるは、まさに此れにて、かの人に加ふるに、おぞき弁護の士、五つたりあり。」となん。
「五つたり矣。」とK叫びぬ。その数を聞くや、まづ此れに驚き入りたるなり。「これなる弁護の士を措きて、五つたりとかや。」とK。
商うど、うなづきて云ふ、「今まさに六たり目に掛け合ひゐたる。」と。
「さはれ、何がゆゑに、さる数多なる弁護の士を用ゐんとするや。」とK問ひぬ。「なべて用ゐざるべからざる。」と商うど云ひぬ。
「その何ゆゑかを説き給へかし。」とK問ひぬ。「善しや。」と商うど云ふ、「何がさて、まづは訴へ事に負くるなどあるべきやは。
こは、そも云ふに及ばざれ。しかるべくは、用ゐらるゝものは、その悉くを見落とすべからざるなるべし。
およそ用ゐらるゝさまにあらずと見置きゐたるとも、棄てゝ見放つべきものにはあらじかし。
さすれば、それがし、己が持ちものゝ悉くを、この訴へ沙汰に注ぎ込みしか。
譬へば、それがしが商ひの金、これ悉くを使ひ果たし、先には、それがしが商ひ店なは、棟の一階のおよそすべてを占めゐたれど、今や裏座敷のさゝやかなるにて足りなんとす。
それにて、それがし、丁稚ひとりを置きて然かくす。かくも商ひをかたぶけしは、金を使ひ果たしゝもさる事ながら、なりはひにいそしむ力をそがれし方、多かりしなれ。
訴へ事の為に何ぞや為さんとせば、余の事、あはれ、わづかに携はるを得べきのみ。」となん。
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