網走番外地・第5章。 | プールサイドの人魚姫

プールサイドの人魚姫

うつ病回復のきっかけとなった詩集出版、うつ病、不登校、いじめ、引きこもり、虐待などを経験した著者が
迷える人達に心のメッセージを贈る、言葉のかけらを拾い集めてください。


プールサイドの人魚姫-借金

 東西に長く延びた静岡県の地形は、西が浜松、東が熱海とその距離はおよそ150kmにも及び、南北は120kmと広大な県域を保つ。北部には3千m級の山々が連なり、その頂点には日本一の富士山を抱き、南には日本で最も深い駿河湾がある。山の幸、海の幸に恵まれた新鮮で豊富な食材を楽しむ事が出来るだけでなく、その気候も温暖で住み易い県として人気が高い。

 静岡市のベッドタウンとして発展して来た藤枝市は、サッカーの街として有名であり、私の通った藤枝小学校の直ぐ近くには、賞嫌いで有名な作家の小川国夫も卒業した藤枝東高校があるが、実は父の兄もまた藤枝東を卒業している。卒業後は東京外国語大学に入学し、優秀な成績で卒業したものの、残念ながらその秀逸な能力を発揮する間もなく南方で戦死した。

 父の墓参りで帰郷した時に、亨伯父さんが「頭のいいやつほど早死する…」とぼやいていたのを思い出す。おそらく、兄弟の中で一番出来が悪かったのは父だったのかも知れない。

 乗客たちで混雑している人ごみを分け入り改札口へと向かうが、実はあまり乗り慣れていない電車と、駅の改札口を探すのに手間取ってしまい、流れ出る汗をタオルで拭いつつ漸く改札口へと辿り着いた。

 「よお!ご苦労さん、東京も暑ついが静岡も結構暑いね」

 切符を受け取る改札の駅員に気軽に声を掛ける。機嫌が良い時の信夫は言葉も流暢になる。

 「電話は何処にあるんだろう?」

 「あっ、はい、電話はあの自動販売機の横にございます」

 「ああ、あの赤いやつね、サンキュー」

 ズボンのポケットから小銭を何枚か取り出し、十円玉をその口へと落として行く。胸ポケットから一枚の紙切れを出し、数字を確認しながらダイヤルを回した。

 「はい、中央工芸でございます」

 電話口に出たのは、浅田美代子によく似ている遠藤さんという20代の女性だった。

 「あっ、もしもし、お仕事中恐れいります、私、神戸俊樹の父ですが息子はおりますでしょうか?」

 刑務所帰りとはとても思えぬ、丁寧な言葉使いだった。

 「神戸君、お父さんから電話だよ」

 松坂屋の催事場で使う看板の製作に追われ、多忙を極めている時だった。父からの電話と聞き、私は疑問ばかりが先立った。何故なら、中央工芸に就職した事も知らせてなかったし、就職の相談で清水の訓練所に呼び出されたのは父ではなく亨伯父さんで、事実上の父親代わりは伯父だったからである。

 養護学校を卒業する時も迎えに来てくれたのは伯父だった。父がいるのに何故?と私は不思議で堪らなかったが、その理由を憚れる思いに駆られていたのは確かだった。

 それはあの夜の事だった。卒業して清水に行くまでは藤枝の実家で暫く過ごしていた。家には父と伯父が住んでいた。兄弟仲は悪く、顔を合わせる度に伯父の罵声が飛び交ったが、父は伯父に対し罵るような事は一切なかった。然し、それにはそれなりの理由があった。父は伯父に頭が上がらないような事ばかりして来たからで、その極めつけは家の権利書を担保にして借金を作ってしまった事。その金額はなんと5百万円。

 昭和40年代の5百万だから桁の大きさは想像が付くと思う。その借金を伯父は一人で返し、権利書を取り戻したのである。言い方を変えればつまり家を守ったと言う事になる。だから父に対し、伯父の怒りがどんなに時間をかけても収まる事はなかった。

 父は一体その5百万もの大金を何に使ったのだろう…。一つの布団で私と一緒に寝ている伯父が言った。

 「俊樹、俺が父親だったらお前を高校に行かせてやったのにな…」

 その直ぐ横には酔った父が赤い顔で、あぐらをかきながら二人を見つめていた。息子を取られてしまったような、少し悲しい眼差しの奥にはうっすらと涙が滲んでいるように見えた。父と伯父との間で私の今後について何か話し合いがあったのだろうか…。

 伯父と一緒に寝た事のない私は、何処か他人と寝ているような気がして、安らかな眠りに付けないでいた。伯父がどんなに優しく接してくれても、眼の前で飲んだくれている父の方が気になって仕方がなかった。父親である事を放棄した男の涙でその夜は音もなく更けて行った。

 ペンキだらけの手を洗い、受話器を取った。「もしもし…」

 「おう俊坊、久しぶりだな、今な静岡駅にいるんだ」

 「駅?なんでまた駅にいるの?」

 「まあ、いいからさ、ちょっと迎えに来てくれよ」

 ははぁ、なるほど、そういう事か…。私は事の次第を直ぐに理解した。

 「仕事が忙しくて、今日は木曜日でしょ、残業になると思うよ」

 父との会話を横で聞いていた課長の平岡さんが、頷きつつ右手でOKのサインを出しながら言った。

 「かんちゃん、定時で終わっていいからね」

 「仕事は5時半に終わるので、駅に行けるのは多分6時頃になると思うよ」

 「おう、そうか、何時でもいいから来てくれよ」

 「今4時でしょ、だいぶ待つ事になるから何処か店にでも入って時間潰してて」

 「分かった、じゃあ、6時頃に駅の改札辺りにいるから」

 「はい、じゃあね…」

 「忙しい時に済みません、ありがとうございます」

 電話を切って、平岡さんにお礼を言ったが、私は未成年だったので、残業をする義務もなく、会社の方も残業を強制させる訳には行かなかったが、残業は日常的にあり、徹夜した事もあった。但し、残業代は専務から直接手渡しで受け取っていた。タイムカードには記録が残っていないのでその金額は殆どがどんぶり勘定だったと思う。

 電話を切った後、信夫はキヨスクで購入しておいたワンカップ大関をバッグから取り出した。2年振りとなる酒である。

 「金輪際、酒は止めるから…」親戚縁者が集まる中で何度も頭を下げた。傍らには痣だらけの息子が小さく震えていた。私は子どもの頃、酒を「きちがい水」と呼び、この世から無くなってしまえばいいと思っていた。父を狂わせる酒が憎くて憎くて仕方がなかった。

 父が酒を止められなかったのは、意思が弱いとかそう言った類のものではなく、父にとってみれば、酒は薬そのものだったのかも知れない。

 深夜、泥酔状態で帰って来る父の面倒をみるのは常に私の役目だった。柱の時計は既に午前0時を回っており、辺は物音一つせず、時折走る車の音だけが暗闇の国道に吸い込まれて行った。ポツポツと点在する街灯が頼りない光を放つその下で、男が身体を左右に揺らしながら家路に着こうとしていた。

(続く…)。