自炊のすすめ。 | プールサイドの人魚姫

プールサイドの人魚姫

うつ病回復のきっかけとなった詩集出版、うつ病、不登校、いじめ、引きこもり、虐待などを経験した著者が
迷える人達に心のメッセージを贈る、言葉のかけらを拾い集めてください。

20年振りに自炊を始めた。(画像は焼きそば)
退院の少し前に、栄養士から「心臓食」について詳しい説明と指導を受けたものの、塩分・カロリー・水分の摂取制限が厳しく、独身に戻って果たしてこれらを維持出来るのかかなり不安だった。
体重が3キロ増えたらまた病院に逆戻りになってしまう為、それを左右する食生活が重要であることを主治医や看護師から念を押されていた。
食事の心配が要らない病院の生活をそのまま独身生活に反映させることは困難だし、かと言って健常者のように何でも食べられる訳ではない。
味の濃い外食は極力控えなければならず、食の中心はどうしても「自炊」へと移行しなければならない。
わたしはあまり料理は得意ではないが、初めて料理らしき物を作ったのは、小学1年の時だった。
先日、味噌汁について書いたが、その味噌汁が最初の料理であった。父親が作っているのを真似して、父の留守中にこっそりと作ってみた訳である。
八百屋で買った細ネギと、リヤカーを引いて売りに来る豆腐屋の出来立て油揚げを一枚切り、立ち上る湯気の中を覗きながら目を丸くして、杓文字に取った僅かな味噌を溶かし始める。
顔を赤くして帰ってくるであろう父の姿を鍋の中に思い描きながら、ネギと油揚げを両手で放り込む。
「父ちゃん喜んでくれるだろうか…」
「とし坊、よく作ったなぁ、えらいえらいと褒めてくれるだろうか…」
そんな期待を胸に抱きながら作った味噌汁は、結局一人で食べる結果となったが、父に褒められたい一心で、僅か6歳の少年が必死に挑戦した初料理だったことを思い出し、その気になればやれる筈だと自分に言い聞かせている。
わたしの料理は父親仕込み。味噌汁だけは誰にも負けやしない。
そうだよね、父ちゃん…。
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