2005年2月の下旬、東京は深夜から降り出した雪が朝になっても降り続き、全く止む気配を見せていなかった。早朝、窓を開けると大粒の雪が混じった空気が入り込む。吐く息は白く、両手に息を吹きかけ天からの訪問者を見上げた。分厚いジャケットに着替え、長靴を履き外へ出る。雪は10センチを超えるほどで都会にとって見れば大雪である。いつもの風景は一変し、雪国に来てしまったかのような錯覚さえ感じていた。車の気配はなく雪だけが音も立てず遙かな空から舞い落ちてくるだけだった。ザクザクと音を立てながら雪の上を歩く。真っ白な何の足跡も付いていない場所に足を踏み入れるのは、何処となく罪悪感に駆られてしまうものである。詩集天国の地図が新聞の広告に掲載される日だったので近くの新聞販売店に足を運んだ訳である。私の場合特例で毎日新聞と産経新聞に広告を載せて貰えることになった。この雪で新聞の配達もかなり遅れていたようで、忙しく今朝届ける新聞を整理している店員に100円を渡し、家に付くまで待ち切れなくその場で広告を確かめた。小さく表示されたタイトルと自分の名前を確認し、熱くなる心で雪も溶け出すようだった。そして時を同じくして各地の書店に本が並んだ。以前にも述べてきたように、詩集は日本では最も売れない本である。日本は仏教の国なので欧米と大きく文化が異なる。外国の文化には生活の中に宗教があり、その中で多くの詩が身近な存在となって生まれてきてから死んでいくまで詩の世界に浸っているとも言えるだろう。世界的に一番読まれているのは聖書である。その内容はまさに詩集そのもの。神の言葉が詩となって表現されている。聖書が読み易いのは言葉にリズムがあるからだと思う。書店に行き自分の本を確かめる時の感覚は出版経験のある人ならば同じ気持ちではないだろうか。嬉しさと驚きとそして恥ずかしさ、この三つが折り重なってトップでゴールインしたランナーの如く、心が躍る。よく見ると詩集の筈なのに何故か詩集のコーナーに置かれておらず、周りはインストール、冬のソナタ、天国の階段、レイクサイドなどベストセラー本ばかりであった。その中心に平積みされたこの詩集は出版前から既にこの場所を確保していたとでも言いたげにその存在をアピールしていた。無名の一般人が本を出版することは非常に難しく、原稿のまま眠っている作品も多いと思う。そこに焦点を当てたのが出版ビジネスである。全国流通しない自費出版、全国流通する協力(共同)出版、そして出版社が全額負担する企画出版である。出版社にもそれなりのプライドがあり、出来るだけ良い作品を世に送り出したいと思っているが、当然知名度のない人間には価値のある作品に対して初版の制作費を求めてくる。私は地方含め5社に原稿を送った。文芸社には担当者と直接会って原稿を見せた。A4サイズのコピー用紙に印刷された原稿に素早く目を通し、一言「レベルは低くない」その言葉にわたしは手応えを感じ取ったが、この時点では全国流通など考えもしなかった。そして二週間後に届いた書評。同時に碧天舎(倒産)、新○舎、新○出版に原稿を送り、その内碧天舎、新○出版からも書評を貰った。何度も足を運んだのは文芸社と碧天舎だった。碧天舎では編集顧問と話しが出来、提携書店リスト一覧まで頂いた。これは常識ではあり得ない話しである。出版社を決めるのに非常に困った時期が二週間続いたと思う。制作費から言えば破格値の碧天舎だが、地名度を取れば文芸社。そして決断したのは一本の電話だった。夕食が終わり、寛いでいる所に文芸社から電話が入った。その場で制作費を聞いたのだが、わたしは納得できず、碧天舎のことを言うと担当者は驚いていた。そして「少し待って下さい」と一旦電話を切ったのである。そして一時間も経った頃再度電話が来た。提示金額を聞き「分かりました」と電話を切った。担当者曰く「編集顧問がどうしても文芸社から出版したい」と言う事であった。しかし、実はこの後にもっと驚く話が待っていた。わたしは詩集天国の地図以外に次なる作品を文芸社に送っていたのである。人事異動も重なり、担当者も変わって出版の話しが混乱状態に陥ったのだろう。私は一旦白紙に戻そうと担当者に告げた。しかし詩集天国の地図は既に契約が終わっていた。どちらにしろわたしに取っては大きなプラスになった事は確かで、その結果が平積み、面陳に結びついたのではないだろうか。詩集は今でも少しずつではあるが売れ続けている。二作目を早く読みたいと嬉しい言葉を頂くが、詩集の企画出版はまず90%あり得ない。よほどファンがいて地名度が高くなければ無理なので、もう少し待って頂きたいと思う。今手元に眠っている作品は「何億光年もの彼方から(仮題)」「天国の同窓会」「風のカルテ」「天国の口づけ」「心の棘」「雪の花びら」「天国の涙」「プールサイドの人魚姫」小説は「届かなかった僕の歌」「僕の命は誰のも」「天竜荘物語(仮題)」である。
