山は我々を見放した、八甲田山、死のスキーツアー。 | プールサイドの人魚姫

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うつ病回復のきっかけとなった詩集出版、うつ病、不登校、いじめ、引きこもり、虐待などを経験した著者が
迷える人達に心のメッセージを贈る、言葉のかけらを拾い集めてください。


山 暖冬と世間では言われながらもここ青森にある八甲田山では雪が音もなく降り積もり、観光客のスポットライトでは連日、スキーツアーの客たちで賑わっていた。雪山の中でも難所と言われる八甲田であるが、スリルを求めてここに集まる熟練観光客は多い。ツアー用に用意されているルートは幾つかあり、地元民も安心してツアーを楽しむことが出来るのだが…。先日、八甲田山で起こった雪崩の被害はまざまざと自然の猛威を知らされるニュースとなった。と同時に思い起こされるのが新田次郎の小説『八甲田山死の彷徨』を原作とする映画である。北大路欣也の台詞「天は我々を見放した」このフレーズが今でも青森の地に雪が訪れると思い出す。どんなに訓練を積んだガイドでも一つの判断ミスにより想像を絶する事故に巻き込まれる結果を招いてしまうものだ。山の天候は非常に変わりやすい。夏でも冬でもそれは同じで、高い山ほど荒れ模様になる。多くの知識と経験を積んだ山のプロでさえ、予期せぬ出来事は起こりうる。経験が産んだ油断だとすれば、人間の自然に対する認識が甘かったとしか言い様がない。私の伯父は登山家で、日本の山は全て登り切った。その中で一度だけ遭難した事がある。一人小さな洞窟を見つけ何日も助けが来るのを待ったと言う。サバイバル術を見につけていなければ、おそらく助からなかったかも知れない。道に迷ってしまった時は安易に移動してはならない。近くに避難できる場所があれば身の安全を確保する事が先決。後は天候の回復を待つしかないのである。身の危険を感じ、危機に陥った時、生き残れるかどうか、それには冷静な判断力が必要となる。大自然が相手となればなお更のこと。大地震や津波、台風などの自然災害は避けて通れない人類共通のテーマであるが、被害を最小限に留めるには出来るだけ自然に寄り添って生きていくべきなのではないだろうか。