父の命日だった11月5日、娘の初舞台だった。「あのころはフリードリヒがいた」の準主役の「フランツ」に自分から役を買って出た。家で見る娘と学校での娘はまるで違う事に非常に驚いた。私も13歳の頃に養護学校で劇をやり中々良いと評判だったが、娘の演技はとても子どもとは思えないほど迫力があった。主人公よりも出番が多いせいもあり、フランツの方が主役ではと思うほどだった。原作を読んでみると、フランツという名は登場せず、「僕」と表現されている。フランツはドイツ人、フリードリヒはユダヤ人。背景にはキリスト教やヒトラーなどの戦争が描かれているが、争いをしかけるのは何時も大人である。大人は本来子どもの手本になるべき存在である筈。そして権力を持った大人の醜い争いの犠牲者は子どもである。目覚めない大人たち、恥ずかしくないのだろうか?初心に帰って反省する時間くらいあるだろうに。

ハンス・ペーター・リヒター, 上田 真而子
あのころはフリードリヒがいた