#68 斉藤由貴『ガラスの鼓動』 | 漂流バカボン

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何か適当なテーマを自分で決めて自分で勝手に述べていこうという、そんなブログです。それだけです。

1985年、「卒業」でデビューした斉藤由貴は、その当時の隆盛を極めていた他のアイドルとは違う雰囲気をもって登場してきました。

 

それは、デビュー曲である「卒業」の歌詞にも表れています。この「卒業」、松本隆による詞なのですが、やや大人びた自意識の高い少女が卒業を迎えた際の心境を、見事なほどに上手に切り取って詞にしています。(また、個人的には、舞い散る桜をイメージしたこの曲のイントロは、「アイドルの曲イントロ部門」の最優秀賞候補だと思います)

 

♪ああ 卒業式で泣かないと 冷たい人といわれそう

 でももっと 悲しい瞬間に 涙はとって おきたいの

 

♪ああ 卒業しても友達ね それは嘘ではないけれど

 でも過ぎる 季節に流されて 会えないことも 知っている

 

卒業式の感傷に浸りながらも、どこかしら客観的に一歩引いてみている視点。そして、そんな歌詞の世界をデビュー曲で与えられた斉藤由貴は、これ以降、従来のアイドルがあまり歩んでこなかった路線に踏み込んでいくこととなります。

 

いわゆる「偶像」としてのアイドルではなく、女優業や作詞など、自分で発信もしていく存在。

もちろん、事務所やブレイン等の手助けもあったかもしれませんが、基本的に他のアイドルにはないハードルが斉藤由貴には課せられていました。

 

当時の自分は、斉藤由貴については「気になる存在」という感じでは見ていました。かといって、ファンという程の思い入れまでもなく、いわば「文学少女への憧れ」的な感情を、この当時の斉藤由貴に投影していた気がします。

 

そんな自分がある時に聴いてその世界に一気に引き込まれたアルバム、それが斉藤由貴のセカンドアルバム『ガラスの鼓動』です。

 

このアルバムの発売が1986年3月、斉藤由貴がデビューしてからおよそ1年後。「初戀」「情熱」という曲をヒットさせて勢いに乗っていた頃にリリースされたアルバムです。

 

このアルバム、A面3曲目から5曲目の、谷山浩子が作詞した「土曜日のタマネギ」~2曲のシングル「初戀」「情熱」につながる流れもいいのですが、自分が最も気に入ったのは、B面に収録されていた、やはり松本隆作詞によるふたつの曲です。

 

それは、B面1曲目の「コスモス通信」と、4曲目の「海の絵葉書」。

 

「コスモス通信」の方は、まさに斉藤由貴バージョンの「木綿のハンカチーフ」。そこに「林檎の木」や「コスモス」「雪のペンキ」という言葉をかぶせることで、この曲の世界観はそれこそ、このブログでも以前紹介した、島崎藤村の「若菜集」に通じるものになっています。

なので、自分はこの曲を聴くと、勝手に信州の林檎畑や、コスモスの咲く野原などを舞台として想像してしまいます。また、来生たかおによる素朴なメロディーもグッドです。

 

「海の絵葉書」は、最初聞いたときは、メロディーがきれいだな、と思いました。サビのところのメロディーが斉藤由貴の声質にあっており、心地よい透明感を生み出しています。

でも、何回か聞くと、やはり歌詞の内容が次第に沁みてくるんです。

 

♪海の絵葉書 別の未来へ 私はひとり旅立つわ

 海の絵葉書 読んだ瞳を 淋しい青で染めたい

 

付き合っていた恋人に別の女性の影を感じ、自分から身を引く女性が、その相手に最後に別れの絵葉書を送る、という設定です。

 

「フツーはもっとドロドロだろ~。恨みの一言や修羅場の一幕もあるよね~。」と通常の感覚で思いがちですが、ちょっと待って、ここは斉藤由貴ワールド。あくまでも美しく潔く、悲劇のヒロインになりきらなければいけません。

その一方で、「別の未来へ ひとり旅立つ」という強さがあったり、残る未練を「読んだ瞳を 淋しい青で染めたい」という洗練された言葉で表現しており、詞としても良く出来ていると感心します。

 

ちなみにこの曲は、作曲は筒美京平の手によるもので、「松本-筒美」という、昭和歌謡ファンにとっては涙の出るようなヒットメーカーコンビによって作られた作品です。個人的にはアルバムの中に埋もらせておくにはもったいないくらいの名曲だと思います。

 

その後、斉藤由貴の別のアルバムも聴き、世界観などは似ており、また個別には良い曲もあるのですが、自分にとってはトータルで見るとこのアルバムだけ飛びぬけて完成度が高いような気がします。