(精神病院での暮らし)*中学校時代④* | 私の遺言伝記

私の遺言伝記

職業女子大生。韓国と日本のハーフ。父子家庭。これまでの人生と、これからの日常をつらつら。

こんばんわ

 

前回の続き

 

私が自殺未遂で

入院しちゃった話になります

 

 

 

(序章)

小学校のときから自殺願望がありました

 

どうやったらしねるのかなと

毎日考えていました

 

きっかけは忘れちゃったけど

肺の持病の薬とかがあったので

ドラマとかアニメみたいに

大量に飲んだらしねるのではないかと

飲んでみました

 

 

 

(自殺未遂)

どのくらい飲んだのかな。。。

20~30くらいだったかな。。。?(--;)

 

どんどん動悸が激しくなって

手足がぴりぴりして

気持ち悪くて

なんだろう。。

白くなっていく感じ。。。

頭が冷たくなっていくのに心臓は

ばくばく。。。

もうあのときは

なんかすごく

気持ち悪くて最悪って気持ちと

しねるしねるやった嬉しいすごい

って気持ちだった

 

 

(病院)

倒れた

人間が倒れる時ってすごい音がする

母親が車で病院まで走ったって聞いた

もう目が覚めたときは最悪だった

本当に最悪だった

 

母親は怒るし泣くし

父親も怒ってるし

最悪

 

しねなくて本当に悔しかった

 

 

 

(精神病院)

親からしたら「治したい」って

気持ちなんだろうけど

治るとかいうものではないなと思う

病気じゃない

これは私

私からは逃げられない

 

。。。みたいなことをぐるぐる考えてたら

入院が決まっていた

 

 

 

ー初日の思いでー

病院なのかこれは

極悪人の刑務所では?

って感じの場所だった

看護師さん?が普通に優しそうな人だった

のがものすごく嫌だった

周りはおじさんおばさんが多くて

アットホームな人とか

本当にやばい怖い人とかがいて

1日目から絶望だった

 

出たいとかじゃなくて

だって帰っても何もならない

楽になりたいはやく死にたいって思ってた

人間なんてみんな大嫌いだって

 

 

 

正直

精神病院に入ったからといって

[治る]ものではないとわたしは思う

なかには[治る]ひともいるとは思うけど

病気というよりは性格に近いもので

わたしが入院させられたのは

母親の自己満足だったと思う

 

 

1ヶ月しないくらい?で退院した

元気いっぱい!という状態ではなかったけど

むりやり更正させられたという状況だった

そうしないと一生出られない気がして

頑張って猫をかぶって面接をうけた結果だった

 

 

そして自殺未遂1回目ということは

2回目がある

 

 

 

すみません

うろ覚えなのですが

当時の日記(落書き)が残っているので

それをみて書きました

ノンフィクションのつもりですが

嘘が混じっていたら

ごめんなさいm(__)m💦

 

 

次回。