◇これだけの地方公共団体が「障がい」に

 

先日、 「障がい」という表記は論理的に間違いである

 とお伝えさせていただきました。

 

 

では、

実際にどれほどの自治体が

この表記を使っているのか。

 

驚くべきことに、

 現在、日本全国の非常に多くの地方公共団体が、

 ガイドラインを作ってまで このひらがな表記を推進しています。

 

具体例を挙げると、キリがありません。

 

👉 都道府県

 

岩手県、山形県、三重県、京都府、大阪府、

兵庫県、 和歌山県、鳥取県、島根県、徳島県、

香川県、愛媛県、 高知県、佐賀県、長崎県、

熊本県、大分県、宮崎県、鹿児島県など

 

👉 政令指定都市

 

札幌市、新潟市、静岡市、浜松市、

京都市、 大阪市、堺市、神戸市、岡山市、

広島市、北九州市、福岡市、熊本市など

 

※Gemini情報ですので、間違いがありましたら

 お知らせください。

 

 

実に、

西日本を中心に、

これほど多くの自治体が組織名や公文書で、

「障がい」という交ぜ書きを使っているのです。

 

私の故郷である福島県でも、

 平成16年(2004年)という非常に早い段階から、

 原則として「障がいのある方」

という表記にするガイドラインを運用しています。

 

これだけの行政が、こぞってひらがな表記を取り入れている。

一見すると、

 

👉「社会全体で優しさが広がっている」

 

 ように見えるかもしれません。

しかし、私はあえて申し上げます。

 

👉それは、誤解と無知の産物です。

 

つまり、その公共団体が

 

👉「社会モデル」を全くわかってない証拠

 

となっています。

 

 

◇社会的障壁を作っているのは誰か?

 

何度も申し上げますが、

「社会モデル」において、

「障害」とは本人の心身の問題ではありません。

 

社会の側に存在する

「障壁(バリア)」のことです。

 

「障壁」を取り除く例としては、

 

・駅にエレベーターを設置する

・段差をなくし、スロープを作る

・合理的配慮のルールや制度を整える

 

ようなことがあります。

 

 

では、

その社会的障壁(障害)を取り除く責任があり、 

逆に言えば、

 

それを取り除かずに

 

👉 社会の中に「障害」を作り出してしまっている当事者は誰でしょうか?

 

 

そう、他ならぬ、

 

👉 「地方公共団体(行政)」

 

なのです。

 

 

◇深層心理の防衛本能なのか?

 

ここに、恐ろしいほどの”矛盾”があります。

 

自分たち自身が、

社会の中に「障害(障壁)」を作り出している。

あるいは、予算や手間の都合で放置している。

 

その張本人である行政が、

 

「私たちは『害』ではありませんから、

 言葉をひらがなにしてマイルドにしておきますねグッド!

 

と、オブラートに包んでいるわけです。

 

 

失礼を承知で、

まさか、その深層心理に

組織への防衛本能があるのではないでしょうけど……

 

これ、もの凄い「皮肉」であり、

ブラックジョークにしては、重すぎますガーン

 

 

◇形式的な「ねじれ」という欺瞞

 

これら矛盾は、「行政の公式文書のねじれ」として、

無残にも表面化しています。

 

例えば、わが福島県では、

 

障がい福祉課の窓口で、身体障害者手帳の申請を受け付けます」

 

という、ちぐはぐな文章が平然と使われています。

 

国の法律や条約が、

正式な「障害(漢字)」を維持しているため、

「ここは漢字、ここはひらがな」という、

中身のない形式的な使い分け(パズル)に、

行政の貴重なリソースが割かれているのです。

 

言葉の表面だけを優しく書き換えて、

「私たちは配慮しています」 というポーズを取る。

 

それこそが、

障害当事者や私たち家族を、

最も置き去りにする行為なのではないでしょうか。

 

 

◇本当に変えるべきもの

 

行政が本当に向き合うべきは、 

文字の書き換えではありません。

 

自らの不作為を認め、

目の前にある「社会的障壁(障害)」を 一つずつ、

具体的な予算と行動で取り除いていくことです。

 

言葉をマイルドに濁して安心している暇があるなら、

 

・エレベーターを一つでも多く設置しましょう。

・点字ブロックの設置・整備をしましょう。

・生活介護へ移動する際のヘルパー代を支給しましょう。

・居住支援法人へ赤字にならない額を支給しましょう。

等々・・・

 

だからこそ、私は逃げずに、

「障害」という言葉を使い続けます。

 

社会の本質的な課題から、

目を背けないために。