塩こうじを作ってみたり、
梅干しを漬けてみたり、
所作を丁寧にしてみたり、
家を片付けてみたり、
本を読んでみたり、
早寝早起きしてみたり・・・
そういうことの積み重ねで
丁寧な暮らしってできてくると思っていた。
ですが、、、
実感としては全くなかったのが実際のところ。
丁寧に生きるってなんぞや?
そんな風に思っていたところだった。

2か月ほど前から床の拭き掃除を始め、
たまに「おや?」と思うことがあったり、
所属しているオンラインサロンで教えてもらったことを
ここ数日実践していたりして、
そういえば、私、丁寧な生活してるな、
今日、食器洗いをしていて、そんな風に感じた。
丁寧に暮らせていると感じた
それは、
感じたことを認識する時間が増えて、
自分の心地よさを得るために、
ちゃんと肉体を使うことが増えたから。
それを、些細なことほどやることが増えたから、
その結果だと思った。
特に、床掃除なんて、
日常、毎日する必要なんてない。
汚れたときにちょっとすればいいし、
後回しにしたって困ることはない。
なのだけど、
ふとした瞬間に、
目に留まった場所がきれいだとうれしくなる。
食事を作るときに、
ちょっと手間をかけるとおいしくなるということを、
ちゃんと実行して、おいしく仕上がったとき。
お皿を洗いながら、
おいしかったなとうれしくなることが増えた。
きれいに洗いあがって乾いた食器を、
食器棚に片付けるとき、
乾いてピカピカなお皿を見て、いい感じだなと思う。
めんどくさいけど、ちょっとだけと思って、
シンクを掃除して寝た日、
次の朝にピカピカのシンクにうれしくなる。
塩こうじを仕込んでいて、
今日はどんな感じかなと混ぜる時間、
色やにおい、混ぜる感触を感じて、なんだかうれしくなる。
職場の駐車場から職場まで歩くときに、
聞こえる音、空の色、田んぼの匂いに、
いろんなことを思う。
何かことが起こって感情が揺れるときでなく、
何にもない時に、自分が何を感じているか、
身体は何を感じているか、
どんな気持ちになっているか、
自分をよく観察するようになって、
やな感じの時はいい感じにできるなら
実行する。
そうやって、自分に手をかけてあげられる時間が増えたことが、
「丁寧に生きている、丁寧に暮らしている」と
自然にわいてくるように思えたことに繋がるのかなと思った。
今年の手帳は、
読み物になってしまっていますが、
たまに思い出したように書いています。
これも、自分が何を感じているか思い出すのに
いいきっかけになっています。
来年のものも出版されたようです。
丁寧に生きるって、
今この瞬間からできることなんだな。
私は今は、毎日が丁寧な暮らしです。