【海外生活】多様性とコミュニケーション能力を向上させる | 【自由に生きる方法 】 高見かなえ

【自由に生きる方法 】 高見かなえ

考えることをやめた時点で人は自由を手放します。

私は常に檻の外にいたい。

そのために、楽しみながら考え続けます。

あなたにとっての「檻」はなんですか?

こんにちは、Kanaeです🌺

 

今日もお読みいただきありがとうございます。

 

今日は、幸せな人生に不可欠な多様性とコミュニケーション能力についてお話します。

 

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欧米先進国のほとんどは、様々な人種、文化、宗教の人が同じ場所に暮らす、多様性が進んだ社会です。

 

そこに住む人々は、文化や価値観の違う人と同じ社会に住む術を心得ています。

 

その能力は外交力、コミュニケーション能力とも直結してきます。

 

他人を不快にさせることはしない。

 

価値観が違っても、批難や攻撃をしない。

 

それは、常識であり、マナーです。

 

 

 

また、西洋では自立することに大きな価値があります。

 

日本特有のひきこもり、不登校、精神疾患、うつ、過労死などの問題は、人が精神的に自立できていないことが問題の根源の一つだと思います。

 

(病気や障害の場合は社会全体で支える仕組みが必要ですが。)

 

 

簡単に言うと、自分の人生に責任を持っているかどうか、ということ。

 

日本は、自分で考えて決断することが当たり前の社会ではないから、人の心が依存的なままになっている、という面があると思います。

 

 

私はニュージーランドの自分の地区のFacebookグループに参加しています。

 

メンバーは約3万人。

 

毎日何十もの投稿があり、自分も地域の一員だと感じられて楽しんでいます。

 

「ネイルをするのは、この地区でどこがおすすめ?」

 

「この通りにこれが落ちてたけど、拾ったから持ち主は連絡して」と写真付きの投稿

 

「カルガモの子供たちが道路で車に轢かれてたよ。なんて悲しいんだ!みんなもっと注意して運転して。」

 

「スーパーの駐車場で、困っていたうちの高齢の母を助けてくれた人たち、ありがとう!」

 

「うちでいらなくなった家具を欲しい人は取りに来て。」

 

役に立つ情報から、ほのぼのする話題まで、投稿は様々です。

 

投稿に対する返信も思いやりと友情に満ちていて、同じ地区に住む仲間意識が感じられます。

 

 

そして、今日ご紹介する事件は、ニュージーランドでネットのニュースにもなったことなんですが。

 

ある地域のグループメンバーが、玄関に設置されたCCTVビデオの映像をFacebookグループに公開し、「この地区に怪しい人がいるようだから気を付けて」と注意を促しました。

 

ときどき不審者や不審な車の注意を促す投稿もあります。

 

公開された映像は、夜、白髪の混ざった白人中年男性が自転車に乗って玄関のドアの前まで来て、しばらく家の様子を伺い、自転車で去っていったというもの。ドアの前まで来ているので、はっきりと顔が映っていました。

 

その投稿のしばらくあと、メンバーの一人が、「ごめん、それうちのパパみたい。他の人の家へ行こうとして、家の番号を間違えたのよ。こわがらせてごめんね!」

と返信し、笑い話になったというオチ。

 

公開された映像を観た本人の知り合いが、何人も「これって○○だよね?」と家族に問い合わせたよう。

 

 

私はこのニュースをネットで見て、「もしこれが日本だったら、映像を公開された本人や家族は、笑い飛ばすことができずに

『不審者扱いするなんて、名誉棄損だ!侮辱だ!』とならないかな」とちょっと思いました。

 

不審者扱いされても笑い話にできるのは、普段からしっかりと周りとの関係を築けているからだし、自己肯定感があるからだと思う。

 

これは難しいことだけど、もしその人が白人男性でなかったら、また違う話になっていたと思う。差別がからんでくるから。

 

このニュースを見て、「もし私や家族が不審者と疑われても、こんなに冷静に対応できるかな?」と考え、ビデオに映った人や家族のメンタルの強さを「すごいなー、見習わなくては」と思いました。

 

「こわがらせてごめんね!」と言うことで、映像を公開した側を責めてもいないし、誰も敵にしていない。

 

 

人は間違えたり失敗するのが当たり前で、失敗はその人の人格とは関係ない、というのが自立した大人の考え方。

 

だから、無駄に他人や自分を責めない。

 

そういうマインドでいることで、どれだけ無用な争いやストレスを避けられるか。

 

コミュニケーション能力が高ければ、無駄なことでエネルギーを使わずに済み、人生を有意義に幸せに生きられる。

 

 

この国で暮らすようになって、周りのコミュ力の高い人々を見習い、私のコミュ力もかなり上がってきたと感じています。

 

欧米では、社交能力は大人になるために絶対に必要なスキル。

 

子供の時から、きちんと相手の目を見て自分の意見を伝えること、周りの人の気持ちを気遣うことの重要性を学びます。

 

そうすることで、コミュニティの中で自主性責任を持った言動ができるようになるんです。

 

自立することは、孤立することではなく、自立した一人の人間として周りにうまく対応する能力も含まれます。

 

そこには、弱者やマイノリティを受け入れる包容力と、彼らを支える責任感も含まれます。

 

 

日本人は依存的な人が多く、決断を人にまかせたり、自分で責任を負うことができずに、不満を抱えたままになりがちだと思います。

 

私もそうでした。

 

それというのも、周りと対立せずにきちんと要求を伝える能力と、違いを受け入れる土壌がないからだと思います。

 

同調圧力に支配された社会に住む人々は鬱屈を抱え、心を病みやすくなるでしょう。

 

私は海外で暮らすうちに、他人と自分の境界線を適度に保ち、無駄に心を煩わせないマインドの在り方も身に着けることができたように思います。

 

 

人はそれぞれ自分の人生に責任を持つものだ、という考え方に慣れてくるにつれて、私の幸福感も上がったと感じています。

 

多様な文化、人種、宗教の人々が同じコミュニティに暮らすには、偏見をなくし、違いを受け入れる寛容さが必要になります。

 

その寛容さはコミュニケーション能力と直結しています。

 

そのような視野の広さこそが人間として成熟することだと思います。

 

これからも多様性が当たり前の社会から、まだまだ学んでいきます!

 

 

お読みいただきありがとうございました。

 

 

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