「……太陽みたいな奴だな」
目を細めていつものように笑う彼奴の笑顔を見て思わず溢す。
口に出したつもりなんてなかった。
輝くような笑顔はまるでこちらにまで暖かみを与えるようで、
懐かしく心地の良いものだと心から思った、ただそれだけで。

呟いた言葉を拾ったらしい彼奴は一瞬その意味合いを探る表情を浮かべ、
すぐにまた太陽のように笑って云った。

「そうだな……セブルス、君は月のような人だよ」

その笑顔は、僕を照らした。

「……君は僕に狂気をくれるからね」

耳元で囁く声は、灼熱のような熱かった。
熱が体の中まで浸透する感覚。

僕の中の全てを見透かされてるような気がした。


月は太陽なしでは輝けない


なんて思ってしまったことまで。
 その日の空は抜ける青空で、絶好のクィディッチ練習日和。いつもと変わらぬ一日、そんな気がしていた。

 まだまだ遠い先の寮対抗のクィディッチ杯に向けてオリバーによる選手強化プログラムが組まれ、それを消化していく毎日。勿論それが繰り返されれば飽きてくるような輩も出てくるわけで。今日も今日とて皆の顔には疲労の色が強く出ていた。ハリーもそんな選手のうちの一人で、いつも大きく開かれた瞼は少し落ち、心なしか息も上がっている様子だ。
 そんなハリーの様子を地上から眺めている姿があった。ドラコだ。
 スリザリンのチームは練習プログラムを外部に流したくないのか、それとも他のチームと諍いを起こしやすい為か特にグリフィンドールと練習が重なることが殆どない。グリフィンドールはそれとは逆に真っ直ぐなオリバーの性格を表したように練習の様子を隠すことなく、どのような練習が行われているかはドラコの耳にも入っていた。その噂からも今の選手達の様子は容易に予測がついたことだろう。体力の無くなったハリーをわざわざ見に来ていたのか、ドラコは周りにもよくわかるように口元を歪めてせせら笑った。
「毎日大変なご様子だな、ポッター」
 空を飛ぶハリーにきっちり聞こえるように語り掛ける。その声色はハリーだけでなく他の選手をもからかっていた。
「マルフォイめ……」
 力を無くしていた選手達の間に流れる空気が一気に殺気立っていった。ビーターの二人、双子のフレッドとジョージも例に漏れずで、二人は互いの目を見遣り、にやりと笑った。この表情は何かよからぬことを考えているときの表情だ。一人がくるりと得意げにクラブを回して握り直したかと思うともう一人がチェイサーの一人からクアッフルを奪い、構える相手に放り投げる。タイミングよくクラブを振り、それは見事にクアッフルの中心を捕らえ、球はスピードを得て真っ直ぐと目標へ向かう。目標、ドラコへと。
 その様子を見て、瞬間ハリーは箒を握り締め、飛び出した。
「ドラコ…ッ…!!」
 直後、肩に酷い衝撃を感じ、ハリーは地面に叩きつけられ意識を失った。


 うっすらと目を開けると、もう何度も見上げたことのある天井があった。一瞬何処にいるのかわからなかったが視野がはっきりとしていくと靄がかかっていたような意識も次第にすっきりと晴れていった。
 ああ、医務室か…。
 ハリーはただボーっとした意識の中で呟いた。少し動こうとすると肩に走る激痛。痛む箇所に目を遣ると右の肩から腕にかけて包帯でぐるぐる巻きにされていた。
 そうか、あの時のクアッフルが肩に当たって…
 段々と状況を把握してきて、少し動くと地面に落ちたときにあちこち打った場所が痛むのを堪えてまだ動く左腕を伸ばして手探りで眼鏡を探してかける。視界が更にはっきりとした。
「ハリーが気付いたわ…!」
 目を覚ましたハリーの様子に気付いたハーマイオニーが顔を覗き込む。そしてそれに呼ばれるように横からロンが心配そうな表情を浮かべて顔を出した。
「ハリー、大丈夫かい…?傷は痛む…?」
「ん…大丈夫、…少し痛いけれどね、流石に」
 そういって大袈裟にも見える包帯の塊を見遣って苦笑いを浮かべた。
「あぁ良かった…、こうして胸を撫で下ろすのも一体何度目かしらね。これから先、ないといいわ」
 ハーマイオニーが胸に手を宛てて、ふぅ、と深呼吸する仕草を見せる。その表情からはハリーが目を覚まして居なかった間にどれだけ心配していたのか様子が伺えた。一息ついて安心したのは良かったが、突然何かを思い出したように顔を強張らせた。
「いっけない、私今日マクゴナガル先生に書庫の整理の手伝いを頼まれてるんだった!」
 ハリーの一件ですっかり忘れていた用事を思い出したハーマイオニーはベッドに掛けられていたローブを掴んで急いで医務室を後にした。そんなハーマイオニーの様子を見てハリーとロンは見合わせてくすくすと笑った。
「君も僕につきっきりだったんだろ?何か用事あったりしなかったかい?」
 ハリーの問いにロンは少し肩を竦めて答えた。
「そうだな、用事と言えば、スネイプに呼び出されていたのを忘れてたくらいかな」
 飄々と答える裏には今後彼がどんな目に遭うのかを危惧する表情が隠されていた、いや隠し切れずに居た。ロンもまた、今さっき思い出したというところなのだろう。
「それは…早く行った方がいいんじゃないかな」
 青褪めた表情にみるみるうちに変わっていくロンにハリーはただそう言葉をかけるしか出来なかった。
「…建設的な意見、ありがとう」
 ロンはそう言うとハーマイオニーと同じく慌てて医務室から出ていった。慌てて出て行くロンの様子を見てハーマイオニーの時と同様、くすくすと笑いを浮かべる。二人が出て行った後は随分と静かだった。枕に頭を埋め、ただ天井を見上げてぼーっとするしかすることがなかった。しかし当然そんなことにはすぐ飽きてしまうもの。暇を持て余して居た、そんな時、人の気配がした。そして何やら、いい香り。怪我をしているものの病気とは違うのでお腹が空くのは当然のことで、その匂いに自分が空腹であることをハリーは気付かされた。一体誰が持ってきたのだろうとふと顔を上げる。
「……気がついたのか、ポッター」
 食事を運んで来たのは、なんとドラコだった。
「あ…あぁ。つい、さっき……」
 食事の乗ったトレイをベッドのテーブルに置くドラコの様子をハリーが不思議そうに見る。
「マダム・ポンフリーに頼まれたんだ、お前に食事を持って来るように、と」
「そうなのか………ありがとう」
「……本意じゃあないが、今回のお前の怪我は僕に関わりがないわけじゃあないからな。マダム・ポンフリーに頼まれたから仕方なくだ」
 ハリーに何か誤解を受けたくないかのように必至に言い訳を言うように呟くドラコを見て、ハリーは少し笑いを堪えた。
「君は、怪我はなかったのかい?」
「ああ、おかげさまで。あんな野蛮なチームメイトと一緒とは大変だなポッター」
「そうか…怪我がなかったなら、良かった」
 そうハリーはにっこりとドラコに微笑みかける。その様子にドラコは少し戸惑い、トレイを置いて手持ち無沙汰になった自分の所在に困った。
「……用事は終わった、僕は部屋に戻る」
 ドラコはハリーを目を合わせることなく踵を返してハリーの横たわるベッドから離れようとした。
「…待って」
「………何だよ?」
「…この手じゃ、食べられないんだけど?」
 その言葉にドラコは振り返る。ハリーの顔には満面の笑み。
「……まさか僕に」
「食べさせてよ、ドラコ?」
「何で僕が…」
「僕が居なかったら君がこうなっていたんだよ?」
 笑顔でさらりと言うハリーに、ドラコは絶句した。次の言葉を紡ごうと何度か口を開くが、すぐに今の状況で何を言っても無駄なのだということを理解し、観念したようだった。
「……わかったよ…!」
 ドラコはどかっとベッド脇の椅子に腰を落とし、食事の乗ったトレイを自分の前へ引き寄せた。乱暴にスプーンを握り、スープを一掬いしてハリーの前に突き出す。その様子に笑いを堪えながらも差し出されるスープを口に運んだ。
「美味しいよ、ドラコ」
「…黙って食べられないのか、ポッター」
 微笑むハリーに構わず次の一口を差し出す。乱暴に差し出す為にスープがスプーンを伝って指へと零れて行く。
「ドラコ、零れてるよ」
 ハリーはスプーンの中を飲み下し、そのまま柄を伝う液体を辿り、ドラコの指に零れたスープを舐め取った。
「……っ…ポ、ポッターッ?!」
 ドラコは思わずスプーンを落とす。
「あぁごめん、手が使えないものだから、つい」
 ハリーはにっこりと笑い、悪びれる様子もなかった。そんなハリーにドラコは手をわなわなと震わせてガタッと音を立てて椅子から立ち上がる。
「…ドラコ、何処へ行くの?」
 その場から去ってしまいそうな勢いのドラコを見上げ、ハリーは淋しそうな表情を浮かべた。その顔にドラコは脱力する。
「…スプーンを、洗ってくる」
 溜息をつくようにそう言い、スプーンを拾い上げて水場へと足を向ける。
「戻って来たら、次はこのポテトが食べたいな」
「わかったよ、好きにするといいさ…」
 にっこりと嬉しそうに言うハリーにドラコはもう何か言う気力を失っていた。
「…明日も、こうしてドラコに食べさせて貰えるのかな」
 くすりと漏らすその言葉は、ドラコの耳には届いてないようだったが、嬉しそうな笑顔は、ドラコも気付いていたようだった。その笑顔の理由をドラコが知っているかは、定かではないが。
俺が目に入っていないことなんて、そんなこと知っていた


「セブルス、何処行くんだよ」

「僕の勝手だろ、構うな」

真っ直ぐ前を向いて歩調を休めることなく歩く
俺のことなど目もくれず

少し悔しくて
手を伸ばして長めの髪を軽く引っ張る

「…ジェームズと一緒なら、いつだって見てるくせに」

ほんの小さく呟いた
聞かれたいけど言いたくない、そして聞かせたくないけど口に出てしまった言葉

「煩いな、僕に構うなって言ってるだろう」

髪を引く手を払いのけ振り返る
少し逆上した表情を浮かべながら


嗚呼、やっと俺を見た


凛と輝く瞳に俺の姿が映る
綺麗な瞳だと思った

「………俺を見ろよ、セブルス」

その言葉に動じる様子など、欠片もなかった

「莫迦を言うな。誰が貴様なんぞを」

瞳の輝きは衰えず
その奥には強い強い想い

その瞳に、ぞくぞくした

俺が目に入っていないことなんて、そんなこと知っていた
だからこそ、その瞳が愛しかった