人を喰う
彼にはそんな言葉がよく似合った

僕に解き方のわからない言葉の魔法をかけて
動けないのをいいことに僕の身体を弄ぶ

行為に耽った、その後に
荒げた息に混じらせて こう、言う


「セブルス、僕を憎んでしまいなよ」


そんなこと、出来るわけがないことを知ってるくせに

知ってるくせに・・・!!


彼はいつもそう呟く表情を見せることはなく
ただ、僕の中で蕩けた声を聞かせた

貴様はいつだって、ずるいぞ ポッター
だから貴様には本当のことなど言ってやるものか


貴様に、だけは


例え憎むことなどしなくとも
喰われた僕の体から貴様が消えることなどないなんて
 それは初夏の朝。陽射しも強くなり明け方になると夜の過ごしやすい空気が一変して暑くなる。暑さの酷い日ともなれば眠りに落ちて居た者の目をも覚まさせる温度にさえなる。
「……あ…っつ……」
 被っていたタオルケットを蹴飛ばし、思わず眠りから覚めた彼もまた、例に洩れずその一人のようだ。夏期休暇にて急に賑わいを得たウィーズリー家の彼の一室は、学校での大人数での共同の部屋と比べると随分と狭く、帰ってくる例年通り、熱気が篭もっていた。
 パーシーはじんわりと汗の滲んだ額を拭いうっすらと目を開ける。何やら今日の暑さはいつもと違う、そう感じた。寝惚けた頭でそう思いながらもまだはっきりとした認識はなかった。しかしぼやける視界が段々とはっきりしていった時、その寝惚けた脳もはっきりと覚め、そのいつもと違う暑さの原因がわかった。顔がぶつかりそうな程の至近距離で、眠る男。
「……!!」
 パーシーは思わず目を疑った。何故この状況になっているのかと色々と記憶を手繰り寄せるが全く覚えなどない。何故こいつが自分の隣で寝ている…?そう疑問に思っても答えが出るわけでもなく。まだ働き切らない脳を動かすことをやめ、パーシーはとりあえず相手を起こしにかかった。
「おい…ジョージ、ジョージ!」
 気持ち良さそうに眠る相手の頬をぺちぺちと叩く。
「ん……」
 叩かれたので気付いたのか規則正しい寝息が乱れ、うっすらと目を開けた。
「起きろ、ジョージ。何でこんなとこで寝て……ぅわあっ…!」
 頬を抓って覚醒を促していたパーシーが頓狂な声を上げる。殆ど目の開いて居ないジョージが寝惚けているのかまるで抱き枕にするかのようにパーシーを抱きすくめたからだ。
「ちょ……寝惚けてんなよっ」
 じたばたとジョージの腕の中でパーシーはもがくが、ジョージは抱いているのが人だと認識しているのかも謎で、力一杯抱き込んで離さない。パーシーは必死に押し剥がし、思い切り蹴飛ばしてジョージをベッドから落とす。その衝撃でやっと目を覚ましたのかジョージはむくりと床から身体を起こしてあたりを見回した。
「あ……ー…れ?此処…何処…?」
「ジョージ、此処は俺のベッドだ。寝惚けて俺の睡眠の邪魔をするな」
 眠りを邪魔されたのが余程不満だったのか最後にまた一蹴りするようにしてパーシーはジョージを部屋から追いやった。
「……ったく…」
 どうにも心拍数が上がってしまい、深呼吸でそれを抑えようとする。ジョージが居なくなり、一人の静けさが漂った部屋は、先程よりも随分と涼しくなった、そんな気がした。興奮を落ち着ける為にもパーシーは再びベッドへ身体を横たえた。興奮に疲れを覚えた所為か、不思議と直ぐに眠気が襲ってきて時間がさして経たない内にまどろみへと身体を委ねて行った。


 ……が、そのまどろみもまた時が経たぬうちに壊されることとなる。
 再びの寝苦しさを感じて目を開ける。今度は目の前に寝ている男が居るわけではなかった。代わりに、背中からの気配。
 パーシーは身体を起こそうとするが、背中の存在はぴったりとパーシーにくっつき、手を腰から回され抱かれ、身動きが出来なかった。
「お前もか…フレッド…」
 半ば呆れたような声で呟き、その手から逃れようとパーシーは身じろいだ。しかし逃れようと動けば動くほど逃さないと物語るようにフレッドの手には力が篭められる。逃れようと思えば思う程、引き寄せられ、顔もすぐ横にくる程になり、パーシーはフレッドの呼吸までもが感じられた。
 ジョージ同様、フレッドも寝惚けた様子で抱き込んだパーシーの肩口に頭を埋め、首筋に摺り寄せた。その瞬間、揺れる髪と吐息が、パーシーに擽ったさを感じさせる。
「ちょ…っ……!ね、寝惚けてんな莫迦…っ!!」
 出せる限りの力をフレッドに向け、ジョージと同じようにベッドから突き飛ばす。寝惚け眼で起き上がったフレッドは肩を怒らせるパーシーの姿を見て呟いた。
「あぁごめん…間違えた」
 そう呟くとフレッドは立ち上がり大きな欠伸をしながら覚束ない足取りで部屋を後にした。パタンと扉が閉まっても尚、再び上がった心拍数は中々下がらず。
「あいつら…一体なんだって…」
 なんとか落ち着かせようと深呼吸を繰り返す内に、はっきりとしていく思考。
「……間違えたって…まさかあいつら二人で…」
 ふっと過ぎった考えを、頭を振って否定する。
「まさか…な…」

 二人が本当に寝惚けていたかどうかなんて、彼の考えでは、及ばないことだろう。
 夜も更け皆が寝静まった頃、ハリーはこっそりと、ロンにも見つからないように部屋から抜け出した。透明マントを被り、ハリーには行くところがあった。
 他の子に比べて大人びては居たがハリーもやはり子供であり、両親に対する慕情は消えることはなく、時折それを満たしにハリーはこっそりとベッドを抜け出してあるところへ一人で行くことがいつしか習慣になっていた。トロフィー室だ。そこにはハリーの父、ジェームズ・ポッターの名が刻まれたトロフィーがあり、名シーカーであった彼の存在を神々しく主張していた。ハリーはケースに入ったトロフィーを覗き込み、父の存在を感じた。刻まれた名から懐かしい空気と愛情を得るような、そんな気がしてとても安心するのだった。しかし懐かしさの中に別の感覚があるのもハリーは感じていた。その感覚が一体なんなのか、ハリーは考えあぐねていた。
 そんなある日、その日はいつもと違っていた。ハリーがふと人の気配を感じて顔を上げると、ガラス越しに合う二つの瞳。
「何をしているんだね、ミスター・ポッター?」


 その黒い眼はいつもと同じ鋭い視線をハリーに向けていた。授業中でも、廊下ですれ違う時も、彼はいつでもハリーを鋭く捕らえていた。彼の、セブルス・スネイプの部屋に呼ばれ、彼の座る机の前に立たされて居る今現在も、その視線は変わりはない。
「一体あそこで何をしていた?」
「……トロフィーを見ていた、だけです」
 嘘は言ってない、やましいことは何もなかった。時間帯を除けばの話だが。
「ほう、こんな時間にわざわざかね」
「僕はただ…っ」
「言い訳はいい、ミスター・ポッター」
 ぴしゃりとスネイプは言い放ち、溜息混じりにお得意の厭味を漏らす。
「下らん規則破りをするのも、お父上によく似ているな」
 その物言いはどうやらハリーの癪に障ってしまったようでハリーは眉をしかめてスネイプを睨む。
「……父さんと僕を、比べないで下さい」
 父と似ていることはいいことでも悪いことでも嬉しいといつもなら思うのだが、何故か今回は違った。歯向かうハリーの姿にスネイプは鼻で笑う。
「ほぉ…嬉しくないか。よく似ているぞ?外見、話し方、行動、どれをとってもそっくりだ。入学してきたのを見てすぐお前がポッターだとわかったからな」
 ハリーは気付いた。スネイプからずっと投げ掛けられていた視線。あれはハリーを見る視線ではなく、ハリーを通して父のジェームズに向けられた視線であったことを。
「先生。僕は父さんじゃありません」
 ハリーは今までに感じたことのない悔しさを感じた。父を知っている者は皆、ジェームズの息子であるということはわかってはいたが、誰しもがハリーを「例のあの人」に勝った少年だという目で見ていた。ホグワーツに来てからは誰しもがハリーを知っていて特別視する人も少なくない。彼を特別扱いこそすれ、彼自身ではない他の存在として見るものなど魔法界には居なかった。今目の前に居るスネイプを除いては。
「そっくりだ、と言ったまでだ」
「先生は僕を見ていない」
 ハリーの言葉にスネイプは一瞬言葉を詰まらせた。
「……言っている意味がわからんな、ポッター」
「ポッターと呼ばないでくれ!」
 ハリーは思わず目の前の机を叩いて叫んだ。ポッター、父をそう呼んで居たのだろうかと思うと堪らない気分になった。
「何を言っている、ポッターだろう?」
「僕はハリーだ。ジェームズ・ポッターじゃない……」
 スネイプはハリーの言葉の意味を理解したのか眉を寄せて表情を顰める。
「……当然だ、お前がジェームズであるわけがないだろう」
 一瞬瞳の強さを失い呟いたその言葉はまるでスネイプが彼自身に呟いているかのようだった。ふと洩らしてしまったその言葉に気付き、切ないとも取れる表情に緩んだ顔を再び強張らせ、ハリーから視線を外す。
「もういい、寮に帰りたまえ。グリフィンドールは20点減点。教師に向かって失礼な言葉遣いをしたことは免除しておいてやる」
 スネイプはそう言うとハリーに出てけと言わんばかりに椅子から立ち上がろうとした。その瞬間ハリーは机を回り込みスネイプの目の前に立ちはだかる。
「先生、父さんはもう居ないんだから」
 ハリーの言葉にスネイプは一瞬動きを止める。
「………下らん話はするな。そんなに減点されたいか」
 そう言いながら鼻で笑うスネイプの姿は些か無理をしているかのように見える。早々に話を切り上げたい様子で立ちはだかる少年の肩を押しのけようとしたその時、ハリーは伸ばされた手首を掴み思い切り引き寄せる。いくら大人と少年と体格の差が有ろうとも突然のことにスネイプはバランスを崩し力のままに引っ張られてしまった。足元を保って小さな安堵を洩らしたのも束の間、視線を上げると其処には射るような少年の瞳。
「先生、僕を見るのが怖いの?」
 少年の瞳は痛い程に、強かった。あまりの強さにスネイプは言葉を失い、何か言いかけては口を噤むことを何度か繰り返した。
「……先生、僕を…」
「っ…ポッター!」
 息を詰まらせながらも精一杯の力で叫ぶようにハリーの言葉を遮る。暫しの沈黙。
「…………先生、もう父さんを見ないでよ」
 そう呟くハリーの瞳は切なさと哀しみを併せた色をしていた。
「我輩は別に…っ…」
「もう、父さんは居ないんだ!」
 言葉を制するハリーの言葉の強さにスネイプは少し身を竦めた。
「今先生の目の前に居るのはこの僕だ、ハリーだ!」
 語調を弱めることなくハリーは言葉をぶつける。その強さから本能的に逃げようとスネイプは身を退こうとしたがハリーは彼の腕を掴む力を更に強め、離そうとしない。
「先生……何を怖れているの…?」
(怖れてる…?我輩が……?)
 スネイプは心の中で自分に問い掛ける。答えは見えない。
「……僕は父さんみたいに、居なくなったりしない」
 その言葉に、スネイプは微かに唇を震わせた。最早彼の目にいつもの強さはなく、ただ映し出される目の前の少年の姿で一杯だった。
「僕は何にだって負けやしない。貴方の前から消えやしない。……だから、怖れないで、先生」
 ハリーは身動きの取れないスネイプを解放し、彼の腕を捕らえていた自らの指に口付けをしてその指を震えるスネイプの唇へ触れさせた。
 解放されても尚四肢を動かせずに居るスネイプからハリーは身体を離し、踵を返して扉へ向う。
「それじゃあ、おやすみなさい、先生」
 少年が静かに部屋から去った後もスネイプは呆然と立ち尽くして居た。
 震える指でハリーの指の温もりの残る唇に触れる。スネイプはまるで魔法にかけられた、そんな感覚を覚えた。