「んー、疲れたぁ。でも、今日の仕事はこれで終わりだ~っ!」
まとめた書類をデスクに置き、大きく伸びをする。
関節がパキパキ鳴ったりして、なんかもう若くないなぁとか実感してしまう。
(帰ってお風呂入ってビール飲みながらテレビ!今日はこれに決定っ)
なんて事を考えながら、帰り支度をしていると・・・・・・・・
真田湊「かなでちゃん!お疲れ様~♪」
「あ、湊さん。お疲れ様です」
真田湊「今日ってこの後空いてる?俺と一緒に美味しいもの食べに行かない?」
「湊さんとですか?・・・構いませんけど、どうしたんですか急に」
真田湊「んー・・・どうしてかな?キミの笑った顔が見たいからっていうのじゃダメ?」
「え・・・・」
湊さんの言葉に、ドキンと心臓がゆれる。
「私、笑ってないですか?」
真田湊「最近、仕事頑張りすぎでしょ?ここ、よくシワ寄ってるよ」
そういって湊さんは私の眉間を軽く突いた。
真田湊「今日ぐらいは、仕事のこと忘れて、俺とパーッと遊ぼうよ!」
「湊さん・・・・」
私に向けられた優しい笑み。
湊さんは、私が仕事に逃げてることに気づいているのかもしれない。
でも、それを口に出すことはしない。
「美味しいワインが飲めるお店がいいなぁ」
なんて少し冗談ぽく言ってみる。
真田湊「ははっ、任せて!・・・・・じゃあ行こうか!」
湊さんは楽しげに笑い、私が席を立つのを待った。
「っ、美味しい~!」
真田湊「でしょ?ここのレストランは良いワインがそろってるんだ」
「でも、高くないですか?」
真田湊「いいのいいの!キミの笑顔が見れるなら安いものさ!」
湊さんはグラス片手にウインクを決めて見せた。
軽くディナー、なんて言いながら湊さんが連れてきてくれたのは高級レストランだった。
落ち着いた雰囲気で、恋人同士で食事をするのにはピッタリの雰囲気。
(・・・ハルもあの彼女とこういう所に、きたりするのかな・・・)
窓下に広がる夜景を見ながら、ぼんやりと考える。
(あの女優さんとはなんの関係もないっていってたけど、あの薬指の指輪は・・・)
真田湊「・・・・・・かなでちゃん?」
「あ、すみません!仕事のこと考えてましたっ」
真田湊「ははっ、もう~!
そこで、俺のこと考えてたとか言ってくれたらうれしいのになぁ」
「うーん、このお肉柔らかくて美味しいですねー!」
真田湊「あっれー、軽く流された~」
こんな感じで、湊さんとの食事は楽しい一時になった。
自然と笑顔もできたし、美味しい食事に幸せな気持ちにもなれた。
それでも、時々ハルのことが頭によぎって・・・
そのたびに、胸の奥がチクチクと痛んだ。
・・・・・・・・・それから数日後。
片倉さんから話があると、急な呼び出しを受けた。
「片倉さん!お待たせしました!」
片倉京太郎「ああ、悪いな。仕事中に呼び出したりして」
「いえ、何かあったんですか?」
片倉京太郎「実は、ハルからあんたに伝言を預かってきた」
「えっ・・・・・・」
片倉京太郎「どういう意味か、俺は分からないが、ハルから聞いたまま伝えるぞ」
(ハルからの伝言って・・・)
「ハルに会ったんですか?」
片倉京太郎「いや、今朝方電話をもらってな。
・・・あいつにしては珍しくあせってるように思えた」
「ハルが・・・・・」
片倉京太郎「どうしても、お前に伝えたいことがあるそうだ
聞いてやってくれるか?」
「・・・・・・はい」
私は片倉さんの顔を見上げ、静かにうなずいて見せた。
片倉京太郎「今日の正午、駅前の巨大ビジョン前に来てくれ・・・・・・・以上だ」
「え?それだけですか?」
片倉京太郎「・・・・・・俺の役目はお前にこの内容を伝えることだけだ
後は自分でどうするか決めろ。・・・・じゃあ、俺はこれで」
片倉さんは軽く手をあげ、去って行った。
「今日の正午・・・・・」
腕時計に目をやると、残り30分もなかった。
(・・・・・私、どうしたいんだろう?
ハルとの関係を絶ちたいと思いながらも、ハルとの思い出から抜け出せないでいる
今だって、本当は・・・・・)
胸に手を当て、静かに目を閉じる。
(一度だけ、自分に素直になってみよう。それで、これを最後にしよう・・・)
何度か深呼吸を繰り返し、私は駅前へと足を向けた。
正午。
駅前は多くの人でにぎわっていた。
大型のビジョンには、お昼のバラエティ番組が流れている・・・・・。
なんてことのない、いつもと同じ駅前の様子。
(本当にここで良いの?)
辺りを見回し、ハルの姿を探す。
(・・・こんな所に、ハルが来るわけないよね。私、何を期待して・・・)
ふ、と小さく自分を笑う。
女の子たち「ねえ、ちょっとアレ!『HAL』じゃない!?」
(え・・・・?)
ザワザワと周りの人たちが大型ビジョンを見上げ、ざわめきだした。
そこに映っていたのは・・・・・
ハル「・・・・・・・・・・・・」
(ハル!!)
記者「でも、あの熱愛報道はすべて真実ではなかったと言うんですね?」
ハル「はい。ニュースを見て、俺自身が1番驚いてます
あの報道については、俺も事務所も聞かされていませんでした」
重々しい雰囲気の中、カメラのストロボが激しく光る。
(これってもしかして、緊急記者会見の様子?)
記者「しかし、週刊誌の写真やあの指輪についてはどうなるのでしょうか?」
ハル「指輪は確かに俺がデザインしたものですが、
もう必要のないものを欲しがる彼女にあげただけです
彼女だけでなく、他の友人にもアクセサリーを渡したりしてます。
どうぞ調べてみてください」
ハルのハッキリとした回答に報道陣たちは、押されているように見えた。
記者「では、週刊誌の写真は・・・」
ハル「仕事で偶然彼女に会った時、具合が悪いというので、タクシーで送っただけです
写真をよく見れば分かると思いますけど・・・・・
車内に俺のマネージャーも一緒に乗っていますよ
彼女を自宅前で下ろし、俺もすぐに事務所に戻りました。
・・・・・他にも何か質問があれば、遠慮なくどうぞ
俺は何も隠していませんし、分かることはすべてお答えします」
「・・・・・・・・・・」
大型ビジョンに映るハルの姿に、私は釘付けになっていた。
(ハルが私に見せたかったのって、もしかしてこの記者会見のこと?
でも、それならこんなところに呼び出す必要なんてないのに・・・・)
込み上げてくるいろんな感情にとまどっていると・・・
突然、後ろから誰かに抱き締められた。
「・・・・・・!?」
ハル「かなで・・・・・」
TVから流れているはずの声が、耳元で甘く響いた。
「は、ハル!?」
声を聞かなくても、優しいぬくもりでハルだとすぐに分かった。
「こんな所で何してるの!?あの記者会見は!?」
ハル「あれ録画なんだ。今日の朝イチに撮影したヤツ」
『録画・・・」
ハルは私の身体を強く抱き締めながら、首筋に顔を埋める。
ハル「やっとかなでに会えた。ほんの数週間なのに、もう何ケ月も会ってなかった気がする・・・」
「ハル・・・」
どこか切なく聞こえる声にキュッと胸の奥が締まる。
「ダメだよ・・・離して。ファンに見つかったら大騒ぎになるわ」
ハル「かなでが俺の話を聞いてくれるまで離さない」
ハルは腕にギュッと力を込めた。
「・・・・・これじゃあ、ハルの顔が見えないよ?
ちゃんと話をするならお互いの顔を見て話そうよ」
ハル「・・・・・かなで」
ハルはそっと手を離した。
ゆっくりと振り返り、お互いに視線を合わせる。
「相変わらず、やることがメチャクチャなんだから・・・」
ハル「そんなの、いまさらだろ?」
ハルは私の顔を見つめながら小さく笑った。
「とにかく、ここじゃゆっくり話もできないし、場所を変えよう?」
ハル「ああ・・・・・・」
私とハルは人目を気にしながら静かにその場所を離れた。
落ち着いて話のできる場所ということで、私達はいつものバールへと来ていた。
ピークのランチらタイムを過ぎ、店内に人影は少なかった。
ハル「・・・・・・どこから話せばいいのか」
「どこからでも大丈夫。ハルが話したいこと、全部話して・・・・」
ハルは一呼吸置き、キュッと両手を握り締めた。
ハル「今回の報道は、向こうの事務所があの女優を売り出すために仕組んだことなんだ」
「え・・・・・」
ハル「こっちは完全に巻き込まれて、正直、被害を受けてる・・・
具合が悪くなって、俺に送らせるっていうのも向こうの作戦だったんだよ
しつこく部屋に寄って行けっていうから、あやしとは思ってたんだけどな・・・」
「売り出すために、ハルと恋人のフリをしたの?」
ハル「ああ」
「でも、ハルがあの子を気に入って、CMにキャスティングしたとかって・・・」
すでにテレビで何度も聞いた報道内容をハルに問いかける。
ハル「それは本当だ。でも、プロとしてあの女優がCMのイメージにピッタリだと思ったからだ
商品として、あの女優の顔を使いたかっただけだよ」
ハルは真っ直ぐに私を見つめ、一言一言、ゆっくり話した。
「・・・・・それ、本当?」
ハル「俺を信じろって言っただろ」
「でも・・・・そうなら、もっと早く言ってくれても良かったのに」
ハル「俺だってまさか、こんな報道をされると思ってなかったんだ
・・・・・イヤな予感はしてた。でも、予感だけじゃどうしようもねぇだろ・・・・」
(もしかして、だからあの時俺を信じろって言ったの?
この先何が起きても、大丈夫だって意味で・・・・・)
「・・・・」
ハル「かなで・・・・・・俺を信じられないのか?」
「違う、そうじゃないけど。でも・・・・・・・・」
(・・・・・・私が欲しいのは、キスでも抱擁でもなくてハルの言葉なの
たった一言・・・・・言ってくれたら私と同じ気持ちだって、確かめられたらそれでいい・・・・)
そんなこと、ハルに言えるはずもなくて・・・・・膝の上で両手を握り締めた。
ハル「・・・・かなで
何で俺が、あんたのためにここまでやってるのか分かるか?」
「え・・・・・・」
ハル「俺が一緒にいたいのは・・・」
ハルは真剣な目で私を見つめる・・・
(ハル、本当に私を・・・・・・?)
ドキンドキンと心臓が高鳴り、ハルから視線が逸らせない。
と・・・・・・
石田冬磨「・・・・・ホットコーヒーお待たせいたしました」
「・・・・・・・・・・!」
ハル「・・・・・・・・・!」
なんとも絶妙なタイミングでコーヒーが運ばれてきた。
石田冬磨「ご注文は以上ですか?」
「あ、えーと・・・じゃあケーキセットをひとつ」
ハル「・・・・・俺も同じの」
石田冬磨「はい、かしこまりました」
冬磨くんは良い笑顔を残し去って行った。
「・・・・」
ハル「・・・・・」
「と、とりあえずコーヒー飲みましょうか」
ハル「あ、ああ、そうだな」
・・・・・・なんて。
私の人生において、きっとすごく大事なシーンはうやむやになってしまった。
でも・・・・・・
昨日まで胸の中で渦巻いてた不安が、珈琲の温かさと一緒に
少しずつ溶けていくのが分かった。