突然店内に飛び込んで来たハル。
私はその姿を、ただ呆然と見つめていた。
浅井誠也「・・・・・なるほどな」
カタンと椅子の音を立てながら浅井さんが立ち上がる。
ハル「・・・・・・!浅井さん?」
浅井誠也「彼女の心の中を占めてたのはお前だったわけか・・・」
「え、2人とも知り合いなの?」
ハル「ああ・・・・・・。仕事の関係で何度か会ったことがある
でも、どうしてここに浅井さんが?」
ハルは私と浅井さんの顔を見比べ疑わしげな顔になった。
「その、色々あって私も顔見知りに・・・」
どう説明しようかと迷っていると、浅井さんはニヤッと嫌な笑みを浮かべた。
浅井誠也「顔見知りじゃないだろ。俺はこいつの許嫁なんだ」
「あ、浅井さん!」
ハル「・・・・・許嫁?」
浅井さんの言葉にピリッとハルの空気が硬くなる。
「違うよ!おじいちゃん同士が勝手に決めただけで・・・
私はそんなつもりないんだから!」
ハル「・・・・・・・・・」
ハルは目を細め浅井さんの顔を睨みつけた。
浅井誠也「へぇ、お前もそんな顔をするようになったのか・・・・・」
ハル「あんたも、似合わねえことしてんだな」
2人の間には、なんだか異様な空気が流れた。
(こ、この感じ・・・前にハルがキレた時と似てる!
まさか、浅井さんを殴るつもりじゃないよね!?)
クラブで男を殴った時とはワケが違う。
相手は、大手書店の社長なんだもの・・・・・。
熱愛報道だけでなく、暴行事件にまでなったら、本当にシャレにならない!
(と、とにかくハルをここから連れ出した方が良いかもっ)
「ハル・・・・」
そっとハルへと手を伸ばした瞬間・・・・
ハル「浅井さん!!」
浅井誠也「・・・・・・!」
「・・・・・・!!」
ハルは私達が見ている前でバッと頭を下げた。
ハル「こいつは俺じゃなきゃダメなんです!」
凜とした声が、私の胸に響く。
「は、ハル・・・・・・?」
ハル「・・・・・・失礼します。いくぞ、かなで!」
「え、き、きゃっ!」
ハルは私の腕をつかむとそのまま強引に店内から連れ出した。
ハルは人通りの少ない道まで来ると掴んでいた私の手を離した。
ハル「・・・・・・・・・・・・・」
「ハル・・・・・」
ハルは私に背中を向けたまま、何も言わない。
『こいつは俺じゃなきゃダメなんです』
ハルの声が耳に残っている。
・・・・・・でも。
トクントクンと高鳴る鼓動を押さえ、一歩踏み出した。
「浅井さんに殴りかかるかと思った・・・よく我慢したね
紳士的な態度だった。えらいえらい・・・」
ポンポンと笑顔でハルの背中を叩く。
ハル「ガキ扱いするなよ・・・。誰のためにやったと思ってんだ」
ハルは不機嫌そうな顔で私を振り返る。
「まあまあ、誉めてるんだから素直に聞いておいてよ」
なんていつもの調子で笑顔を向ける。
・・・・・・私の態度はきっとこれが正解。
(どうしてこんなことしたのなんて、聞いたらダメ・・・・
今よりもっと辛くなるだけ。ハルには、恋人がいるんだもの)
「ハルのニュース見たよ。朝からすごい騒ぎだったね
・・・・・彼女、素敵な人ね?お似合いだと思う」
ハル「・・・あんた、何言ってんだよ!」
ハルは私の顔を見下ろしながら眉間にシワを寄せた。
ハル「あんたも、あれを信じたのか?あんなの、ただの噂だろ!」
「でも、彼女の事務所は交際認めたって・・・・・」
ハル「向こうが勝手に言ってるだけだ!」
「ハル・・・・」
ハル「俺を信じろって言っただろ?」
「信じてるよ!!」
ハル「・・・・・・・!」
「ハルのことは誰よりも信じてるし、尊敬してる!
・・・・・でも、今回のことは私とは関係ないもの・・・
信じるとか信じないとか、そういうことじゃないと思う。・・・そうでしょ?」
ハル「かなで、あんた・・・・」
気持ちを落ち着け、静かに笑って見せた。
ハルは私の顔を見つめ、どこかとまどったように視線を落とした。
「こんな所にいて、また変な噂が流れたらこまるでしょ」
辺りを見回し、私はわざとらしくため息を吐いた。
「送るから、帰ろう?今、タクシーを・・・・・」
ハル「かなで!」
「・・・・・!」
ハルは私の腕をつかむと、そのまま強引に抱き寄せた。
ハル「ちゃんと、聞いてくれ!」
「ハル・・・・・」
ハルは痛いほど強く、私の身体を抱き締めた。
ハル「あの報道は、向こうの事務所が流したガセネタなんだ
俺はあの女と、なんの関係もない!」
「・・・・・・・・・・・・・・」
ハル「・・・・・・言っただろ。俺が世界で唯一信用できるのはあんただけだって
冗談で・・・・・・・キスなんかしたりしねぇよ」
「ハル・・・」
ハルは抱き締める腕の力をゆるめ、私の背中を優しくなでた。
かすかに香るハルの香水。あたたかく大きな胸の感触・・・・・・・・・・。
このままハルに、私のすべてをゆだねていまいたくなる。
でも・・・・
(ハルが私を大切にしてくれればしてくれるほど・・・・
今の関係を壊しても良いのか悩んでしまう
私と一緒にいて、ハルは本当に幸せになれるの?)
いろいろな感情が、私の中で渦巻いていく。
ハル「かなで、俺はあんたのことが・・・・」
「・・・・・・・・・・!」
ハルはグッと私の肩をつかんだ。
「は、ハル、待って私っ・・・・・」
ルルルル~♪
ルルルル~♪
「・・・・・・あ」
絶妙なタイミングで、ハルの携帯が鳴り響く。
ハル「事務所からだ。何も言わねェで来ちまったから・・・・・」
「ええっ!?それは、マズイよ!
前にも一度、失踪事件になりかけたことがあるし・・・・・・
タクシー拾ってくるから、待ってて!!」
ハル「おいっ、かなで!」
「・・・・・・・・・・」
私はハルを残し、急いでタクシーを捕まえに行った。
嫌がるハルをタクシーに押し込み、私も家路へと着く。
酔いはすっかりさめて、冷静にこれからのことを考えられた。
(私が望めば、ハルはそれに応えてくれるかもしれない
でも・・・ハルの将来のためには私は一緒にいない方がいい
ちゃんとしよう。今迄通り編集者とモデルだけの関係に戻らなきゃ・・・
きっとそれが、お互いにとっても1番だと思うから・・・)
翌日。
私は朝イチで編集長の元に向かった。
編集長「『HAL』の担当を下して欲しい?どうしてまた急に・・・」
「彼と仕事をして色んな知識や経験を身につけられたと思うんです
それをもっと色んな仕事に活かしてみたい・・・自分の力を試してみたいんです
偉そうなこと言ってるって分かってます。でも、やってみたいんです!
編集長、お願いします!」
私は勢いよく頭を下げた。
(こんな公私混同なお願い、ダメだってわかってる
でも、ハルと一緒にいたら私、いつまでもこの想いを引きずってしまう・・・・
ハルとは良い仕事相手だったなって思えるように、
今は別の仕事に全力で取り組みたい)
「・・・・・・ダメでしょうか?」
編集長「まあ、いいだろう。『HAL』も以前に比べて穏やかになったし
別の担当でもやれるかもしれん」
「編集長!」
編集長「それに、他のチームからも君を使いたいという声が多くてな・・・
今よりもっと、忙しくなると思うが・・・・・それでもやってみるか?」
「はい!やります!」
編集長「分かった。じゃあ、次の担当を誰にするか相談しないとな」
「はいっ!」
『HAL』の仕事は後輩に引き継ぎ私はそれ以外の仕事を積極的に回してもらうことになった。
時々、ハルから携帯に連絡が入ることもあったけど・・・・・
私が電話に出ることはなかった。
この日から私は完全に、ハルとの繋がりを絶つようになった。
「はい、では今日中に資料をメールでお送りさせていただきますね
それから、例の企画についてですが・・・・・」
テーブルの上には、今日のランチセットとノートパソコン、そして仕事の資料・・・・・・・
ここ数日間は、ずっとこんな昼休みの過ごし方が続いていた。
(忙しいのは良いことだけどお昼ぐらいは、ゆっくり食べたいな・・・
でもまぁ、これが編集の仕事ってヤツだし、私が選んだ道なんだもん、
泣き言は言わないっ!)
颯太「かなでちゃん、ここ空いてる?ランチ一緒にしてもいいかな?」
「あ、颯太先輩!はい、いいですよ。っていうか、狭くてすみません・・・・・」
慌てて、パソコンや資料をカバンの中へと詰め込む。
颯太「なんか最近、バリバリのキャリアウーマンって感じだねー」
「そうですか?」
颯太「前から、仕事熱心だとは思ってたけど最近は特にだね?
そんなに頑張ってどうしたの?何か心境の変化でもあった?」
「それは・・・・・今は、仕事が楽しくて仕方ないんですよ
頑張る自分が、ちょっと好きっていうか・・・・」
颯太「ああ、なんとなくわかるかも。でも、無理はしすぎないようにね?」
「はい、わかってます!」
私は笑顔と一緒に頷いて見せた。
颯太「そういえば、新しく『HAL』の担当になった子が言ってたよ」
「え?」
颯太先輩の口からこぼれた名前に、ドキンと胸が高鳴る。
颯太「かなでちゃんの残してくれた資料のお陰で、『HAL』との仕事が、やりやすいってさ
細かい注意点まで書いてあるから、今のところなんの問題も起きてないみたいだよ
僕も見せてもらったけど、よくあそこまで『HAL』のこと理解できてるなって思った
・・・・・きっと『HAL』もかなでちゃんが担当降りて寂しいだろうね・・・・・」
先輩はそう呟いて、コーヒーを一口飲んだ。
何も返す言葉が見つからなくて・・・・・
ただ曖昧に微笑むことしかできなかった。
(寂しいのは私の方。何でもないふりしてたって、ハルのことばかり考えてる・・・
でも、もう決めたことだから。どんなに辛くても・・・・・今は耐えるしかないんだ)
喉まで込み上げてきそうになる気持ちを、冷めたコーヒーで押し流した。