・・・・・・ファッションショー当日。

私も湊さんもハルも朝から大忙しだった。


(開演までもう一時間しかない。ハルの準備は大丈夫かな?)


真田湊「あ、かなでちゃん!そっちの調子はどう?」


「湊さん、はい、なんとか開演には間に合いそうです!」


真田湊「そっか、良かった。ハル君は?」


「最終の衣装チェックに入ってると思います」


真田湊「今日のショーは、ハル君の出番にかかってるからね」


「ハルなら大丈夫ですよ。彼、本番に一番強いですから」


真田湊「ふふ・・・。かなでちゃんはハル君のことよく分かってるんだね」


「そ、そんなことないですよ。ハルの担当になって、長いだけですから!」


湊さんの言葉に、思わず頬が熱くなる。

ベストドレッサー賞の授賞式の騒ぎは、すぐにワイドショーで取り上げられた。

でも、私とハルが付き合ってることは私達以外の誰も知らない。


(ハルは隠すことないって言ってたけど、やっぱり色々問題があると思うのよね・・・

内緒で付き合うのは大変だけど、やっと掴んだ幸せだもん。・・・ずっと手放したくない)


真田湊「でも、こんな大騒ぎになると思ってなかったんだよね~」


「えっ、な、何がですか!?」


真田湊「あれ?気付いてなかった?

さっき客席見たら、予想外の珍客が何人も来ててさ~」


「予想外の珍客?」


私が不思議そうな顔をすると湊さんは軽く頭をかいた。


真田湊「有名なデザイナーが何人か見に来てるんだよ、このショー」


「えっ、そうなんですか!?」


真田湊「たぶん、俺たちが思ってるより話題になるんじゃないかな、今日のファッションショー」


「そ、そうなんですか・・・」


(なんだか急に緊張してきた。そんな人達まで見に来てるなんて・・・)


真田湊「まあ、なんとかなるよ!今日のために準備してきたんだし自信持って!」


湊さんはポンッと私の背中を叩いた。


「は、はい!頑張りましょうね!」


私がうなずいて見せると、湊さんはいつものように、ばっちりとウインクを決めた。

ついにショーが開演し、会場は色とりどりのライトに照らされていた。


(はあ、ドキドキする~!どうなんだろ、お客さんの反応!

うーん、客席が良く見えない。・・・有名なデザイナーってどの人のこと!?)

舞台裏から、ソワソワと客席をのぞいていると・・・・・・


ハル「かなで、何やってんだよ」


「あ、ハルっ・・・・・」


出番待ちのハルに声をかけられた。


「こんな所でウロウロしてて平気なの?」


ハル「ああ、俺の出番はまだ先だしな」


そう言って、ニッと口の端を上げて笑った。


「ハル、緊張してる様子はなさそうね?」


ハル「当然だろ。今まで、緊張なんてしたことねぇしな、俺」


「えっ、そうなの?」


ハル「緊張してたら、良い顔なんてできないだろ

・・・あんたも、もう少しリラックスしろよ」


ハルは手を伸ばし、ムニッと私の頬をつねった。


「・・・・・!」


ハル「ふ・・・・・。相変わらずプニプニだな」


「ほっといてよ!」


私がふくれて抵抗するとハルは楽しげに笑った。


スタッフA「『HAL』さん、ちょっと良いですか!?」


ハル「ああ、今行く!・・・じゃあ、また後でな」


ハルは私の頬を軽く撫で、そっと手を離した。


「あ、ハル!」


ハル「ん?」


(出番前に応援の言葉でもかけたいけど・・・)


「がんばってね!」


ハル「ああ、サンキュ。あんたも走り回り過ぎて倒れんなよ」


「うん、分かってる!」


私が拳を握ってみせるとハルは小さく笑った。


・・・・・ショーのラストを飾るハルの登場で、会場は異様な盛り上がりに包まれていた。

ハルがステージを歩くたび、観客はその仕草や表情に目を奪われる。

雑誌やテレビで見る『HAL』とは全然雰囲気が違って・・・・・

今、ここにいる『HAL』は、湊さんのデザインした服を着るために存在している。

そう思わせるような不思議な雰囲気を身にまとっていた。


真田湊「みんな、お疲れ様!!すごく素敵なショーだったよ!

かなでちゃんも、お疲れ様!裏方、大変だったでしょ?」


「・・・・・・・・・・・・」


真田湊「かなでちゃん?」


「あ、すみません!ボーッとしてて・・・・・!」


ショーが終わっても、私はまだ夢の世界にいるような気分に浸っていた。


真田湊「あははっ、『HAL』の魅力にやられちゃった?」


「・・・・・!」


真田湊「やっぱり、ハル君ってすごいよねぇ・・・

あれだけ顔も名前も売れてるモデルになると

何を着ても本人のイメージしか見えてこないのにさ

『HAL』はちゃんと、俺の伝えたいものを仕草や表情で表現してくれた

俺のデザインした服が、あんなに輝いて見えたのは『HAL』のおかげだよ」


湊さんは心底感心したように何度もうなずいた。


(いつもとハルの雰囲気が違って見えたのは、湊さんの洋服に合わせてたからなんだ

そんなことまで考えてるなんて、やっぱりハルってすごい・・・)


真田湊「で、そのハル君にもお礼を言いたいんだけど戻ってきてない?」


「いえ、控え室にいるんはないですか?」


真田湊「そっか~!じゃあ、行ってみるよ!」


湊さんは片手を上げ、足早に去って行った。


(私もハルに声をかけに行きたいけど・・・今は片づけを優先させなきゃ

・・・にしても、本当に素敵だったなぁ)

再び夢の世界に行きかけた時、ハルの姿が目に入った。


ハル「・・・・・・・・」


「あ、ハル!お疲れ様!」


ハル「・・・・・!」


声を掛けると、ハルはビクッと肩を震わせながら顔を上げた。


「いま、湊さんがハルのこと探してたよ」


ハル「あ、ああ、分かった。・・・後で、会いに行く」


ハルは私と視線を合わせず低く呟いた。


「・・・・・・ハル?」


ハル「・・・・・・」


(どうしたんだろう。なんだか元気がない様にみえるけど?)


ハル「かなで、ちょっといいか?・・・話があるんだ」


「え?う、うん」


ハル「ここだと話しにくいからこっちに・・・」


真剣な眼差しのハルにドキリとしながら、私はその背中について行った。

私とハルは人気のない場所までやってきた。


「ここなら大丈夫だと思うけど、一体どうしたの?」


ハル「実は・・・・・」

ハルの重々しい雰囲気に嫌な緊張感が流れてくる。



(別れ話・・・とかじゃないよね?もし、そうだったらどうしよう?)


なんて、1人でドキドキしていると・・・


ハル「スカウトされたんだ」


「・・・・・へ?」


ハルの口から、予想もしてなかった言葉が飛び出した。


ハル「今日のショーを、有名なデザイナーが見に来てたみたいでさ

俺と専属契約を結びたいってさっき当人に直接申し込まれた」


(そういえば、湊さんがそんな話をしてたような?)


「今の事務所はどうするの?」


ハル「もし、承諾するなら辞めることになるな

どっちにも所属ってワケにはいかねぇだろうし・・・・・」


「そうだよね・・・・・」


ハルは本当に悩んでいるようで、口元に手を当てたまま黙り込んでしまった。


「・・・・・それで、ハルは何をそんなに悩んでるの?

モデルとして、ステップアップのチャンスだと思うけど」


ハル「そのデザイナーって、Jewel(ジュエル)なんだよ」

ハルは言いにくそうにしながらその名前を口にした。


「えっ、世界的に有名な!?」


ファッション界に関わる人間なら誰でも彼の名前は知っている。

彼のデザインした服を着れることはモデルたちにとっての、最終目標といっても過言ではない。


「悩む必要なんてないじゃない!ジュエルと専属契約なんて、そう簡単にできる事じゃないよ!」


ハル「・・・・・・」


興奮する私とは逆にハルは暗い顔で黙ったまま。


「ハル?」


ハル「契約したら、世界中を飛び回ることになって・・・日本には帰ってこれない」


「・・・・・あっ!」


やっと私にも、ハルがずっと悩んでいる理由が分かった。

海外に行ってしまったら、私とハルは離れ離れになる。

一ヶ月、一年・・・もっと会えない可能性だってある。

お互いに何も言うことができなくて、私達はしばらく黙ったままだった。


ショーの片づけも終わり、私はハルを自宅までタクシーで送り届けていた。


「・・・今日は本当にお疲れ様。ゆっくり休んでね」


ハル「なあ、ちょっと時間あるか?・・・話したいことがあるんだ」


「え、でも・・・」


ハル「大事なことだから」

ハルの真剣な目にわずかの予感をおぼえた。


「うん、分かった・・・・・」

小さくうなずくと、ハルは私の手を取りゆっくりと歩き出した。


「わぁ、綺麗な夜景!眺めの良いところね」


ハル「だろ?8月にはここから花火も見れるんだ」


「あ、じゃあ今度一緒にみようよ!私、浴衣で・・・」


ハル「・・・・・・」


「あ・・・・・」


思いついた提案は、ハルの顔を見てすぐに無理だって分かった。


「ハル、海外に行きたいのね?」


ハル「・・・・・・ああ」


長い間のあと、ハルはゆっくりと頷いた。


ハル「自分の実力がどこまで通用するのか試してみたいんだ

一年でいい。世界の色んな場所でモデル修行がしてみたい

この機会を逃したら、おれ・・・・・絶対に後悔する

やるなら、今しかない。・・・そう思うんだ」


「・・・・・・」

ハルの言葉に迷いはない。

あるのは自分の仕事に対する情熱だけ・・・。


ハル「すげぇ、わがまま言ってると思ってるよ・・・

俺がここまで来れたのは、かなでがいてくれたからだって分かってるのに

・・・俺はあんたを置いて1人で行こうとしてる」


ハルは顔を歪めながらギリッと拳を握った。

仕事か恋か・・・・・・

ハルの気持ちは痛いほど私にもわかった。


「・・・・・ハル」


ハル「・・・・・・!」


私はそっと、ハルの手に自分の手を重ねた。


「わがままなんていまさらでしょ?

それに、私・・・ハルに海外に行ってほしいと思ってるの」


ハル「かなで・・・・・」


「今日のステージ、本当に最高だった!

ハルなら、世界のどこに行っても通用するよ!・・・それを自分の目で確かめてきて!

私・・・・・・待ってるから」


ハル「・・・・・本当に、待っててくれるのか?」


「うん、だって、私にはハルしかいないんだから!」


ハル「かなで・・・・・」


ハルは泣きそうな顔をしながら、ギュッと私のことを抱き締めた。


ハル「ありがとう・・・今よりももっと成長して絶対に帰ってくるから・・・」


「うん・・・・・」


伝えたい言葉がたくさんあるのに・・・

切なさで胸がいっぱいになって、何も言うことが出来ない。

だからせめて、私がハルを本当に好きなんだってことが伝わればいいって・・・

その大きくてあたたかい身体を、強く強く抱き締め返した。