ハルの海外進出の話はあっという間にニュースになった。

国内外から注目されるようになり、ますます多忙を極める日々。

そんな騒動の中、私達はと言うと・・・


「はあ、ただいまー。・・・・・ハル、帰ってる?」

ヒールを脱ぎながら家の中へと声を掛ける。


ハル「ああ、かなで!良かった会えて・・・

今から契約のことで、ちょっと出てくる。帰りは明け方過ぎになると思う」


急ぎ足でやってきたハルは、出掛ける準備をしていた。


「今からって、もうこんな時間なのに?」


ハル「ああ、ごめんな。先に寝ててくれ」


「一緒に食べようと思ってタコ焼き買って来たのに・・・」


ハル「あー・・・帰ってきたら食う。冷蔵庫に入れといてくれ

やべっ、もう時間ねぇ!じゃあ、いってくる!」


「あっ、ハル!」


パタンと重い音を立てて玄関の扉が閉まった。


「・・・もう、今日もまたすれ違いだなんて

これじゃあ、一緒に住んでる意味ないじゃないのよー・・・・・」


1人残された部屋の中で、深くため息を吐いた。

・・・海外進出が決まり、ハルは私にある提案をした。

日本を発つその日まで、一緒に暮らさないか・・・って。

出来るだけ、私と一緒の時間を過ごしたいと言ってくれた。


(顔が見れても、5分程度だし。一緒にご飯なんて、食べれたためしがない・・・

こんなの、同棲してるって言えないよ・・・)


誰よりも近くにいるはずなのに、日に日に私の気持ちは沈んでいった。




「はーっ、お酒が美味しい!」


細河凜「ねぇ、そんなに飲んでいいの?家で『HAL』が待ってるんでしょ?」

前田優那「そうだよ~。そろそろ切り上げて帰った方がいいんじゃない?」


「大丈夫!今日も仕事で帰れないんだって!」

グイッとワインをあおり、グラスを空にする。

結局、日頃のストレスはこうして女友達と飲んで晴らすしか方法がなかった。


細河凜「かなでが『HAL』と恋人同士だって聞いた時はさすがにびっくりしたけど・・・

その様子じゃ、あんたたちうまくいってないの?」


「そ、そんなことないよ!」


前田優那「同棲したばっかりなのに、かなで、あんまり楽しそうじゃないよね?」


(うっ、二人とも鋭い!)

二人の視線が、チクチクと私の顔に刺さる。

・・・色々悩んだけど、親友二人にはハルとのことを正直に話した。

誰かに頼らないと、私の寂しさは限界だったんだと思う。


「正直に言うと・・・同棲してるのに、全然ハルに会えないのが寂しくって

すれ違ったまま、出発の日だけが近づいてくるのが不安なのよ」


前田優那「ああ、今はあっちからもこっちからも引っ張りだこだもんね・・・」

細河凜「かなで、今がそんな状態で『HAL』が海外に行っても大丈夫なの?」


「それは・・・私、ハルを応援するって決めたから

それだけは何があっても変わらないよ」


前田優那「どんなにさびしくても、『HAL』のために我慢するの?」


「うまく言えないけど、我慢とかそういうのじゃないの

ハルがモデルとして有名になることは、私の夢でもあるから

このチャンスだけは、絶対に掴んでほしいと思ってる」


私は2人の顔を見つめて頷いて見せた。


細河凜「さびしいけど応援したい。・・・複雑な心境ね」

そう言いながらも凜は小さく笑った。


前田優那「・・・ねえ、かなで。私、思うんだけど・・・」


「え?」


前田優那「いま、さびしくて不安で辛いのは『HAL』も同じなんじゃないかな?」

不意を突くような優那の言葉に、グラスに伸ばした手を止めた。


細河凜「そうね、『HAL』もかなでと一緒にいたい気持ちを抑えて

仕事に打ち込んでるかもしれない・・・応援してくれるあんたに

かっこ悪いところ見せたくなくて」


「ハルが私に・・・?」


二人の言葉がスッと胸の奥に入ってきて・・・・・

込み上げてくる不安が、少しずつ消えていくのを感じた。


(私、今まで自分の気持ちばかり考えてたけど・・・二人の言う通りかもしれない

ハルだって、きっと沢山のことを我慢して、海外に行くって決めたはず

そんなハルを応援するって決めた私が、こんなに迷ってていいはずない)


「・・・・・二人ともありがとう。なんか私、分かった気がする

ハルが頑張ってるんだから私も私で、頑張ってるところ見せなきゃね!」


細河凜「うん、良い顔!あんたはそうでないとね!」

前田優那「アドバイス料として今日はかなでのおごりねっ♪」


「ええ~っ!?」

なんて、大げさに驚いてみせたけど、私達はすぐに顔を見合わせて笑い合った。



それからもハルとはすれ違う日々は続いたけど

さびしさを力に変えて私は仕事に燃えていた。

ハルに情けない私の姿は見せたくない。

編集者として、ハルが認めてくれたそのままの私でいたい。

そんな思いだけで、山積みの仕事に立ち向かっていた。


「はあ、今日もよく働いたぁ・・・」


ヘロヘロになりながら帰宅するも思った通りハルの姿はなかった。


(今日もまた遅いのかな?

1日ぐらい、二人きりでゆっくり過ごしたいのに・・・

なんて、ダメダメ!ハルも頑張ってるんだから私も頑張らなきゃ!)


自分に気合を入れ直し、リビングの明かりをつけた時だった。


グラッ!


「・・・え?」


突然視界が揺れ、激しい目眩に襲われた。


(っ、な、何これ?)


そのまま立っていることができず・・・私はその場に崩れ落ちた。

・・・息が苦しい。体が熱い、頭が痛い。

私・・・どうしちゃったんだろう?


「・・・・・・・・・・・」


ハル「・・・・・・!かなで!」


「・・・・ハル?」


ぼんやりと目を覚ますと、心配そうなハルの顔が見えた。

背中には柔らかなベッドの感触・・・


「私、どうし・・・・・っ!」

身体を起こそうとすると、ズキンッと頭が痛んだ。


ハル「いいから、寝てろ!」

ハルに肩を押され、再びベッドへと倒れる。


ハル「・・・・・帰ってきたらあんたが倒れてるからマジで心臓止まると思った」


「そっか、私・・・倒れちゃったんだ」


ハル「最近、すげー忙しそうだったしな・・・・・疲れが出たんだろ」

私の熱くなった頬を、ハルの手が優しく撫でた。


「ハル、仕事は大丈夫なの?」


ハル「ああ、心配するな。今日はもう全部片づけてきた」

なんて私を安心させるように優しくほほえむ。


「私なら、大丈夫だから、ハルはゆっくり休んで。明日も早いんでしょ?」


ハル「・・・バカ。あんたが苦しんでるのに、俺だけ休めるわけねぇだろ」


「でも、ハルは・・・・・」


ハル「かなで!」


「・・・・・・っ」


ハルは言い返そうとした私の唇を強引にふさいだ。


「んっ・・・」


ハル「・・・・・・・・・・」


一瞬の深いキスから、私をなだめるような柔らかなキスへ変わっていく。

軽く唇をついばみながら私の髪を優しく撫でる。


ハル「・・・たまには、俺にだって心配させろよ

あんたのこと・・・本気で大切に思ってるんだ」


「ハル・・・」


ハル「いつも一人で頑張り過ぎだ。今日ぐらい、俺を頼れ・・・。いいな?」

ハルは愛しげな瞳で私を見つめた。

その大人びた表情にドキドキしながら、私は静かにうなずいてみせた。


ハル「・・・・・こんなんでいいのか?」

ハルはぎこちない手で私の頭に冷えたタオルを乗せた。


「うん、冷たくて気持ちいい」


ハル「そうか、良かった・・・。今、なんか食えるもの持ってくるから、少し待ってろ」


「えっ・・・」


ハル「俺が戻るまで、起き上がったりするなよ!」

ハルは慌ただしく部屋を出て行ってしまった。


(食べれるものって・・・サラダしか作ったことのないハルが大丈夫なのかな?)

ベッドの中でひそかに心配していると、案の定・・・


ガッターン!


ハル「うわっ!危ねえっ!・・・っ、なんだこれ!」


カッシャーン!


「・・・・・・・・・・・・・」


(だ、大丈夫じゃなさそう。様子見に行った方がいいかな?

心配だし、ちょっと見てこよう)


ふらつく身体のまま、ベッドから降りる。


ハル「あっ、コラ!ちゃん寝てろって言っただろ!」

それを運悪く、戻って来たハルに目撃された。


「でも、ハル・・・・・」


ハル「でもじゃねえよ!いいから寝てろ!そんなに俺が信用できねえのか?」


「そ、そうだよね。ごめん」

私が渋々ベッドに戻ると、ハルはヤレヤレって感じでため息を吐いた。


ハル「これ、作ってきた。・・・あんたみてぇにうまくできなかったけどな」


「これって・・・」


ハルがトレイに乗せて持って来たのは、摩り下ろしたりんごのように見えた。


「もしかして、南の島のロケで私がハルに作った・・・」


ハル「ああ、椎名家特製のハチミツリンゴとやらだ」


ハルの作ったハチミツリンゴは摩り下ろし切れてないし、リンゴの皮入りだったけど・・・

すごく優しくて懐かしくて・・・涙が出るほど嬉しかった。


「ふう、ごちそうさまでした」


ハル「おう、うまかったろ?」


(お世辞にも美味しいとは言えなかったけど・・・)

「うん、ハルが作ってくれると思わなかったからすごく嬉しかった」

そう言ってうなずいて見せた。


ハル「まぁな。あの時はあんたにすげぇ世話になったし・・・

今日は俺がかなでを看病する番だ」


「・・・でも、大丈夫なの?明日も仕事なのに」


ハル「それは俺のセリフだよ。・・・どうしたんだ、急に。倒れるまで働くなんて」

ハルはベッドの縁に腰掛け、新しいタオルをオデコに乗せてくれた。


「ハルが頑張ってるのを見て、私も頑張りたいと思ったの

海外に行く前に・・・頑張る私の姿を覚えておいて欲しくて」


ハル「かなで・・・・・・」


そんな私の願いは、結局空回りしてハルに迷惑をかけてしまった。


(こんなんじゃ、海外に行く前に愛想つかされちゃうかも・・・)


ハル「・・・無理しなくたって、俺はあんたが誰よりも一生懸命なの分かってるよ

気が短くておせっかいで強引でそのくせ、打たれ弱いとこがある」


「う・・・」


ハル「そういうの全部わかってるから。

あんたは今まで通り、俺の側にいてくれればいい」


ハルは柔らかく微笑み、指先で私の頬をくすぐる。


ハル「それに、今まで俺がスゲー忙しかったのは、なんつーか、その・・・」


「・・・・・・?」


ハルは口ごもりながら軽く首筋をかいた。


ハル「あんたと一緒に過ごす時間を作るためだったんだよ」


「え・・・・・」


ハル「・・・・・旅行。一緒に行こうぜ

日本で、あんたと最高の思い出を作ってから飛び立ちたい」


「ハル・・・」


照れくさそうなハルの顔が涙でぼやけて見える。

2人で過ごしたいと思っていたのは私だけじゃなかった。


ハル「そのためにも、あんたには早く元気になってもらわねぇと」


「・・・うんっ」


・・・・・その夜は、優しくてあたたかいハルの腕に包まれながら静かな眠りについた。

いつまでも、こんな幸せな時間が続けばいいのにって・・・・・・何度も思いながら。