旅行に行こう。

そうハルが宣言してから数日後・・・


「え、温泉?」


ハル「そう、一泊だけだけどな。今度の休みに行こう」


夕食を作っている私の後ろで、ビール片手にハルが提案した。


「温泉かぁ・・・。プライベートではもう何年もいってないかも」


ハル「せっかくの旅行だし、あちこち観光してもいいかと思ったんだけど・・・

一日中、二人きり旅館で過ごすのもありだろ?」


「そうね、旅館にいるだけならファンにも見つかる心配もなさそうだし」


野菜たっぷりのコンソメスープの味見をしながらうなずく。

最近、ハルの仕事も落ち着いてきたようで一緒にいられる時間が増えた。

でも、それは逆に言うと日本を発つ日も近いってこと。


ハル「じゃあ、決まりだな。っつーか、実はもう予約しちまったんだけど」


「えっ!?」


ハル「あんたも休みなんだから何も問題ねぇだろ?」


なんて、自信満々の笑み。


(私に予定があるとかも考えてなかったのかな?まあ、ハルらしいけど・・・)


ハル「・・・良い匂いだな。今日、何作ってんの?」


私の背中越しに、ハルがフライパンを覗き込む。


「うん、コンソメスープとサーモンのムニエルだよ。ちょっと焦がしちゃったけど・・・」


ハル「ふぅん・・・」


ハルは私の肩に顎を乗せながら、腰に手をまわしてきた。


「って、ち、とっとハル!?」


ハル「なんだよ、別にいいだろ?」


「よくないよっ!料理中だから、危ない・・・」


慌てて振り向いた私の唇にチュッと軽いキス。


「・・・・・・!」


ハル「なあ、夕飯の前にちょっとだけ・・・」


「な、何言って・・・」


ハルは私の首筋に顔を埋め、ギュッと強く抱き寄せた。

甘えるようなその仕草にドキドキと心臓が高鳴る。


「・・・ハル、もしかして酔ってるわね?」


ハル「酔ってねーよ。全然酔ってない」


「うそ!ビール何缶飲んだの!?」


ハル「・・・・・・・・・」


ハルは完全に黙秘を決め込む。

拗ねたような顔を見る限り、結構な本数をいってるとみた・・・。


「ご飯前は、1缶だけって言ってるのに~!デザートのアイスなしだからね!」


ハル「それはねぇだろ!」


「だめ、ハルが悪いんだから!」


ビシッと私が怒ると、ハルは叱られた子犬みたいにうなだれた。



そして旅行当日。

旅行先に選んだ場所は、温泉地と言うこともあり日本らしい街並みが広がっていた。


「わぁ、なんだか懐かしい雰囲気がする!」


ハル「そうだな。別にこういう所で生まれ育ったわけじゃねぇのに何か不思議だよな

それが日本人として生まれ持った性質なのかもね

・・・向こうでの仕事を終えたら、こういう所で長期休暇を過ごすのも悪くなさそうだ」


ハルは静かな街並みを見回しながら小さく呟いた。


「ねぇ、ハル・・・私、言おうと思ってたことがあるんだけど」


ハル「なんだよ?」


「ハルは一年間、向こうでモデルとしての自分を磨きたいって言ってたけど・・・

きっともっと、やりたいことが見つかると思うんだ

自分の世界が広がって色んなことに挑戦したくなると思うの」


ハル「それは・・・」


ハルは私の言葉になんとも言えない顔をした。

きっと、薄々ハルも思っていたこと・・・。


「そうなったら、我慢しないで思い切り勉強してきて!」


ハル「え・・・・・」


「1年も2年も、変わらないよ!私は私で頑張るから、ハルも頑張ってきて!」


ハル「かなで・・・」


「ハル、言ってくれたでしょ?いつも通りの一生懸命な私でいいって・・・」


ハル「ああ」


「私も、仕事に打ち込む努力家のハルが好きなの

ハルの夢は私の夢だから。・・・後悔しないように、今できる事をやって欲しい」


まっすぐにハルを見つめ柔らかく笑って見せた。


ハル「・・・くやしいけど、やっぱあんたってスゲーな」


「え?」


ハル「俺が言いたくて言えなかったことあんたが全部言ってくれた

・・・ありがと。かなでを好きになって良かった」


ハルは手を伸ばし、そっと私を抱き寄せる。


「は、ハル・・・。こんなところで恥ずかしいよ」


ハル「俺が恥ずかしくねぇからいいんだ。おとなしく抱かれてろ」


「な、なにそれぇ~!」


思わず反発すると、ハルはクッとおかしそうに笑った。


ハル「あんた、本当にすぐ怒るよな。真っ赤になって、リンゴみてー」


「・・・・・・・!!」


ハルのその一言で、私が更に赤くなったのは言うまでもない。




仲居「・・・・・こちらのお部屋になります」

旅館の仲居さんに案内されたのは、落ち着いた雰囲気の和室だった。

2人部屋だから、そんなに広くはないけど・・・


「すごいながめ!」


大きな窓から見える景色は本当に素敵だった。

窓の外には夜の海、そこでは寄せつつ返す波が、穏やかに雄大な音を響かせている。


ハル「けっこう良さそうな感じだな」


「うん、温泉も楽しみだね」


私達がウキウキしながら部屋を見回していると


仲居「お二人でご旅行なんて、素敵ですねぇ。新婚旅行ですか?」

と、にこやかな仲居さんの声がかかった。


ハル「・・・・・えっ?」


「・・・・・えっ!?」


一瞬にして、私達の動きが止まる。


「いえ、あのそういうわけじゃないんですけど、えっと・・・」


なんだか変に動揺して口ごもってしまった。


ハル「・・・普通の旅行です。そういうんじゃないですから」


仲居「あら、そうなんですか?失礼いたしました」


私の代わりに、ハルが冷静に答えた。


ハル「・・・ったく、動揺しすぎだ」


「ご、ごめん・・・」


なんて謝ってみたけど、微かにハルの顔も赤くなってるように見えた。

・・・・・それから。

しばらくは夜空に浮かぶ月を見ながら、2人でゆっくりとした時間を過ごした。

ハルの提案により、夕食後に温泉に入ることになったんだけど・・・

どうやらハルは、カップル専用の露天風呂も予約していたらしい。

ふ、2人きりでお風呂なんて大丈夫かな・・・?



「・・・・・・・・・」


ハル「おい、何ボーッと立ってんだよ。こっち来いって」

先に温泉につかったハルが私を手招きする。

当然、上半身裸に腰にタオル一枚という姿だ。

そんなハルを直視出来なくてつい視線をさまよわせてしまう。


(うう、恥ずかしいの私だけ?ハルはなんとも思わないの!?)

胸元で巻いたタオルをさらにギュッと押さえながら、恐る恐る温泉に足をつける。


「あ、あたたかい・・・」


ハル「だろ?今日少し肌寒いし、温泉はちょうど良かったな」

ハルの笑顔になんだかホッとしながらゆっくり温泉へつかる。


「はあ・・・気持ちいい」


ハル「上、見て見ろよ」


「上?・・・・・あ、星が綺麗!」

ハルに言われ視線を上げると夜空には満点の星が輝いていた。


「・・・海外に行っても、こんな星が見えると良いね」


ハル「どうだろうな。こんなに綺麗に見えるのはあんたが側にいるせいかも」

なんて、柔らかな笑顔で私を見つめた。


「・・・ハル、お世辞がうまくなったよね」


ハル「お世辞じゃねーよ。思ったこと言っただけだろ」

照れ隠しにふざけるとハルは少しムッとした顔になった。

でもすぐに小さく笑い、また空を見上げる。


ハル「あんたに出会ってから、色んな物が輝いて見えるようになったんだ

当たり前だと思ってたことさえも今は愛しく感じる・・・

かなでと離れて暮らすことになったら、あんたの存在がどれほどのものだったのか・・・

思い知ることになるんだろうな」


「・・・それは私も同じだよ。今だって、ハルは私の中で何よりも1番大きな存在なんだから」


ハル「かなで・・・」


ハルの大きな手が、そっと私の頬に触れる。


ハル「・・・キスしてもいいか?」


「ふふ、いまさらそんなこと聞くの?」


ハル「い、いいだろ!たまには聞いても

なんか、今のあんた・・・やけに色っぽくて緊張してる」


(緊張って・・・ハルが私に?)

思わず目を瞬かせる。

でも、赤くなったハルの顔を見たら、本心だって分かった。


「・・・うん、していいよ」


なんだかそれが嬉しくて・・・私は小さくうなずき返した。


ハル「かなで・・・」

ハルがそっと私の名前を囁くながら、唇を重ねる。

静かに流れるお湯の音、遠くに聞こえる虫の音・・・。

2人だけの甘い空間を感じながら、ハルに身をまかせた。



ハル「・・・露天風呂でキスとかなんか変な気分になるな」


「変な気分になっても、変なことはしちゃダメだからね?」


ハル「・・・・・ダメか?」


「ダメ」


ハル「じゃあ、キスだけで我慢する」

ハルは小さく笑い、チュッと私の唇に吸いつく。


「んっ・・・」

お互いの唇の感触を確か笑めるように、何度も何度もキスを交わす。

胸の奥に沸き上がる、甘くて熱い感情にのぼせそうになった。


「はあ、良いお湯だったね・・・どうする?もう寝る?」


ハル「そうだな・・・まだ少し早い気もするけど・・・」

と、突然に何かに気付いたようにバッと顔を上げた。


「どうし・・・」


どうしたの、そう聞く前にハルの手でバチンと部屋の電気が消える。

一瞬で目の前が真っ暗。


(え、な、なんで?まだ寝ないんだよね!?)


予想外の行動に、胸がドキドキと早鐘を打つ。


ハル「かなで、ほらあれ」


ハルに肩を叩かれ窓の外へと視線を向ける。

そこには、青白く光る満月が浮かんでいた。


「わぁ、綺麗・・・」


ハル「だろ?こんだけ光ってるんだ。部屋の電気なんて必要ねぇよ」


「・・・うん、本当に」


ぼんやりと部屋に差し込む幻想的な光。

その光景に思わず目を奪われた。


(綺麗すぎて、なんだか少し切ない・・・)

胸の奥がキュッと苦しくなってハルの肩に寄り添った。


ハル「・・・かなで?」


ハルは不思議そうに私の名前を呼んだ。

でも、すぐに何かを察したのか優しく私の肩を抱き寄せる。


ハル「・・・なあ、かなで、あんたの作る料理を・・・本当に俺たちの家庭の味にする気ねーか?」


「・・・・・え?」


ふいにこぼれたつぶやき。

その意味が分からなくて、ハルの方を向く。

ハルは真剣な目つきでまっすぐに私を見ていた。


ハル「俺がこっちに戻ってきたら、結婚して欲しいんだ」


「・・・・・・・・!」


ハル「あんたを守れるだけの男になって帰ってくるから・・・俺を待っててくれ」


「ハル・・・・・」


トクントクンと静かに胸が高鳴る。

私はハルを見つめたままゆっくりうなずいてみせた。


ハル「・・・・・・!マジで、いいのか?」


「うん、私・・・ハルがいい。帰ってくるの、待ってるから」


ハル「・・・・・じゃあ誓いのキス」


ハルは私を抱き寄せるとチュッと唇に口づけた。


「それは・・・結婚式でするものじゃないの?」


ハル「いいんだよ。俺がしたいときにする」


「もう・・・相変わらず、わがまま」


ハル「あんたも相変わらず・・・プニプニしすぎ」


「・・・・・!」


ハルはニヤッと笑いながら私の頬をつねった。


「す、少しはやせたのよ!?」


ハル「そうなのか?そんなに抱き心地変わってねぇ気がするけど」


「アチコチ、引き締まってきたのに~・・・」


ハル「・・・ふぅん、どのあたりが?」

ハルは浴衣の上から私の身体を撫で上げた。


「ち、ちょっとハル!どこ触って・・・」


ハル「どこが変わったのか、確かめようとしてるだけだろ?

向こう行く前に、あんたのことを全部焼きつけておきたいから」


「・・・・・っ、ハ、ハル」

首筋にかかる熱い吐息に、ドキンと心臓が大きく跳ねる。

腰に回されたハルの手がしゅるりと私の帯紐を解いていく・・・


「お風呂に入ったばかりなのに・・・」


ハル「また二人で入ればいいだろ?どうせ今夜は眠れねぇんだし」


「・・・なっ」


真っ赤になった私が何かを言う前に、ハルは強引に口ぶりを奪った。

優しく素肌に触れる、ハルの指先、熱い吐息。

その甘い刺激に何も考えられなくなって・・・

私はただ、ハルの腕の中に身をまかせた。

どんなに遠く離れていても、ハルが私をすぐに思い出せるように

私がハルをすぐに思い出せるように・・・

何度も何度もキスして、何度も何度も深く抱き合った。